永田丈晶、現役中に日商簿記2級合格の元日本フライ級王者 現在は協栄ジムのトレーナー

時間がない人向けの30秒で理解ゾーン
プロボクシングで日本フライ級王座に2度就いた永田丈晶(じょうすけ)(28)が、会社員と兼業していた現役時代の2022年4月に日商簿記検定2級に合格していたことが、10月26日に配信されたインタビュー記事で分かった。2025年12月に現役を退き、今は所属していた協栄ボクシングジム(東京都新宿区)でトレーナーを務める。勉強の場は電車の中だった。
試験はプロ3戦目の12日後、勉強は往復約2時間の電車
合格したのは2022年4月。報道によると、受験日は大阪でのプロ3戦目から12日後だった。
その3戦目は2022年4月17日、大阪市の住吉区民センターで行われたスーパーフライ級8回戦。永田は日本同級11位の峯佑輔(六島)を2-1の判定で破った。引退時の取材で「あの試合が分岐点」と語った一戦で、ランカーに勝った自信がその後の飛躍を支える。その12日後、今度は簿記の試験に臨んでいた。
勉強時間は仕事とボクシングの合間から作った。本人は「家でするより、僕の場合は電車の中でした」と語っている。最初はテキストより先に、YouTubeで無料公開されている講義動画を一通り見て試験の全体像をつかむ。そのうえで「ひたすら問題集を解きました」といい、往復で計約2時間の電車での勉強を習慣にした。
下地は高校時代にあった。報道によると、熊本県立熊本工業高等学校の在学中に、高校生としては難関の危険物取扱者甲種に合格している。そのときに培った試験勉強の感覚が、社会人になっても残っていた。
簿記を始めたきっかけは読書だった。社会人になってから、世の中のことをもっと知るべきだと考えて本を読むようになる。その流れで「どんな仕事にも役に立つ」と考え、簿記の勉強に手を伸ばした。
日商簿記2級とはどんな試験か
日商簿記検定は日本商工会議所と各地の商工会議所が行う検定で、1954年に始まった。2級の試験科目は商業簿記と工業簿記(原価計算を含む)で、試験時間は90分、70%以上の得点で合格となる。
受け方は2通りある。年3回の統一試験と、各地のネット試験会場が独自に日を決める随時のネット試験だ。2022年の統一試験は2月27日(第160回)、6月12日(第161回)、11月20日(第162回)で、4月には行われていない。ネット試験は試験が終わるとすぐに合否が表示される。統一試験の次回は第174回で、11月15日に行われる。
日本商工会議所が公表している受験者データでは、2022年4月から2023年3月までのネット試験2級の合格率は37.1%だった。受験者10万5289人のうち、合格者は3万9076人。報道で示された「当時の合格率は約37%」は、この数字と合う。統一試験の2級は回によって合格率の振れ幅が大きく、2023年11月の第165回は11.9%、2024年11月の第168回は28.8%だった。
同じ報道では、2級の合格には300時間以上の勉強が必要とされると紹介されている。日々の練習と会社勤めを抱えたボクサーにとって、電車での往復約2時間を習慣にしたことが、その時間を生み出す方法になった。
5戦目で日本王者、2度の戴冠と11戦8勝3敗
永田は1997年12月11日生まれ、熊本県熊本市の出身。幼いころから空手に親しみ、熊本工業高校でアマチュアボクシングを始めた。3年生だった2015年、紀の国わかやま国体(第70回国民体育大会)の少年ライトフライ級で優勝。それまで全国的に無名だった選手が、優勝候補を次々に破っての頂点だった。
スポーツ推薦で中央大学法学部へ進み、アマチュアでは58戦38勝20敗の戦績を残した。大学卒業後は求人広告会社に就職し、一度はボクシングから離れる。だが高校時代のライバルたちがプロで活躍する姿に刺激を受け、会社の近くにあった協栄ジムの門をたたいた。2020年10月にB級プロテストを受け、2021年6月21日にデビューしている。
勤めは辞めなかった。試合の報酬だけで暮らせるのは世界王者など一握りで、職場の理解を得て残業のない部署に移してもらったという。
転機は2023年4月1日。後楽園ホールでの日本フライ級王座決定戦で、元WBOアジアパシフィック王者の山内涼太(角海老宝石)に3-0(96-94×3)の判定で勝ち、プロ5戦目で日本王者となった。前年の11月に父を亡くしており、試合後は「親父が去年の11月に亡くなって、この姿を見せたかった」と喜びを語った。
しかし同年7月1日の初防衛戦で、アマチュア時代に4度戦った同学年の飯村樹輝弥(角海老宝石)に0-2の判定で敗れ、王座を失う。12月の再起戦も中国のルオ・チェンハオに1-2の判定で敗れて連敗となったが、2024年4月に再起し、同年12月の最強挑戦者決定戦を制した。
2025年4月8日、山内との2年ぶりの再戦となった王座決定戦に2-0の判定で勝ち、王座に返り咲く。ところが8月12日の初防衛戦で、プロ6戦目の野上翔(RK蒲田)に0-2の判定で敗れた。プロ通算は11戦8勝3敗で、KO勝ちは一度もない。強打で倒すタイプではなく、豊富なスタミナで後半に抜け出し、競り合いを拾うボクサーだった。
「ここまでだな」と引退、トレーナーとして描く次の夢
野上戦の後、永田は「ここまでだな」と引退を決めた。28歳の誕生日を迎えた2025年12月11日、自身のSNSで現役引退を発表している。
プロ入り後に続けた日課がある。年長の選手をまねて始めたノートだ。「思ったこと、トレーナーに言われたことを殴り書きして、頭の中を整理するんです」と明かし、それが計画・実行・評価・改善のPDCAサイクルになっていたのかな、と自己分析する。リングでも机の前でも、良い習慣を丁寧に積み重ねる姿勢は変わらなかった。
引退を発表した2025年12月の時点では、育児休業中だった勤務先に復職する予定と報じられていた。その後、会社を退職し、協栄ジムのトレーナーに転身している。転職のタイミングで「お金のことをきちんと学びたい」とファイナンシャルプランナー(FP)2級も取得している。2カ月弱、集中して勉強したという。家族は妻と1歳7カ月の長男だ。
協栄ボクシングジムの公式サイトのトレーナー欄には、元日本フライ級王者(11戦8勝3敗)として名前が載る。紹介文には「ボクシングの楽しさが伝わればうれしいです!気軽にジムにお越しください!」と一言を寄せた。
夢は自分のジムを持つことだ。「まだまだ先の話ですけど」と前置きしつつ、必要と感じたことは学び、どんな相談にも乗れる指導者になりたいと話す。パンチ力ではなく積み重ねで日本王者に2度上りつめた元ボクサーは、今度はトレーナーとして協栄ジムに立っている。
[文/構成 by スポーツ担当ライター 久遠(KUON)]










































































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