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岡田武史、JFA副会長を任期途中で辞任 W杯めぐる対応と「スポーツは高潔であるべき」の信条に隔たり 2度の日本代表監督からFC今治会長の現在まで

岡田武史、JFA副会長を任期途中で辞任 W杯めぐる対応と「スポーツは高潔であるべき」の信条に隔たり 2度の日本代表監督からFC今治会長の現在まで

時間がない人向けの30秒で理解ゾーン

日本サッカー協会(JFA)は10月28日、元日本代表監督の岡田武史氏(70)が10月24日付で副会長を辞任したと発表した。任期は2028年3月末までだった。岡田氏は北中米W杯をめぐる一連の対応について、自身の信条との間に「大きな隔たり」があったと説明した。現在はFC今治の運営会社の会長を務める。

岡田武史がJFA副会長を辞任、10月24日付で任期途中の退任

JFAが辞任を公表したのは10月28日だった。岡田氏は2016年3月から2018年3月まで副会長を務めたのち、2022年3月に4年ぶりに同じ職へ戻っていた。2026年3月にも再任が決まり、任期は2028年3月末まで残っていた。

辞任の日付は10月24日。東京都内でアジアサッカー連盟(AFC)の臨時総会が開かれた翌日にあたる。発表の時点で、後任の副会長は明らかにされていない。

岡田氏は日本代表を2度W杯に導いた監督で、愛媛県今治市でクラブ経営と高校の運営にも携わる。2度目の副会長職は、約4年7か月で終わった。

辞任理由は「W杯をめぐる一連の対応」 岡田武史のコメント

岡田氏はJFAを通じてコメントを出した。全文は次のとおりだ。

「誠に勝手ながら、このたび、副会長の職を辞させていただくこととしました」

「私はこれまで、スポーツは高潔であるべきだという信条のもと、その社会的価値を大切にしてきました」

「しかし、今回のFIFAワールドカップをめぐる一連の対応については、私自身の信条との間に大きな隔たりがあり、それを一人のスポーツマンとして受け入れることができず、このたびの決断に至りました」

「アジアサッカー連盟(AFC)との関係や日本サッカーへの影響を踏まえれば、AFCと歩調を合わせる方向性には現実的な理由があるものと理解しております」

「任期の途中で職を退くこととなり、大変申し訳なく思っておりますが、熟慮を重ねた末の決断としてご理解いただければ幸いです」

コメントは、JFAがAFCと歩調を合わせることに一定の理解を示しつつ、一人のスポーツマンとしては受け入れられなかったという構成になっている。協会を批判する言葉は見当たらない。

一方で、「一連の対応」が具体的に何を指すのかについて、岡田氏は明らかにしていない。

同じ時期にあったこと AFC臨時総会とFIFA会長選

辞任の前日、10月23日に東京都内でAFCの臨時総会が開かれた。前日に来日した国際サッカー連盟(FIFA)のジャンニ・インファンティノ会長も出席し、AFCのシェイク・サルマン会長は、2027年3月のFIFA会長選で4期目を目指すインファンティノ会長を全面的に支援すると表明した。報道によると、サルマン会長は「あなたとあなたのリーダーシップを全面的に支援することを改めて表明する」と述べ、壇上でインファンティノ会長と握手を交わした。

総会の後、JFAの宮本恒靖会長は取材に応じ、サルマン会長が「アジアとして足並みを」と言及したことに触れたうえで、AFCに合わせるのが「基本的な立ち位置」と答えた。最終的な立場は、会長選での投票で示すとしている。

FIFAをめぐっては、2026年に入って議論を呼ぶ出来事が続いた。

  • 7月の北中米W杯で、米国代表FWフォラリン・バログンが退場処分を受けたが、FIFAは次戦の出場停止の執行を1年間猶予すると発表した。トランプ米大統領がインファンティノ会長に処分の見直しを求めたことを明らかにし、欧州サッカー連盟(UEFA)は「レッドラインを越えた」と反発した。インファンティノ会長は、処分の手続きは独立していると主張した。
  • 夏には、W杯などの商業権を扱う新会社に外部の投資家が出資できる構想「FIFAフォワード・エンタープライズ」が強い反発を受けて撤回された。FIFAは構想に誤りがあったと認め、加盟協会に文書で謝罪した。それでも8月10日には、AFC、UEFA、北中米カリブ海サッカー連盟(CONCACAF)が共同声明を出し、「単なる手続き上のミスではなく、信頼を損なう重大な誤りだ」と批判している。

8月の共同声明に名を連ねたAFCは、10月の臨時総会では会長の続投を支える立場をとった。ただ、岡田氏の言う「一連の対応」がこれらのどれを指すのかは、本人のコメントからは分からない。

関連記事:アジアカップのサウジ開催、JFA宮本恒靖会長「現時点では開催は簡単じゃないと思っている」 11月のAFC理事会で判断へ

岡田武史の経歴 現役時代から2度の日本代表監督まで

岡田氏は1956年、大阪府生まれ。大阪府立天王寺高等学校から早稲田大学政治経済学部へ進み、卒業後は古河電気工業サッカー部(現在のジェフユナイテッド市原・千葉)でプレーした。現役時代には日本代表にも選ばれている。

指導者としての転機は1997年に来る。フランスW杯アジア最終予選の途中で加茂周監督が更迭され、コーチだった岡田氏が監督に昇格した。11月16日、マレーシア・ジョホールバルでのイランとのアジア第3代表決定戦は延長にもつれ込み、岡野雅行の決勝ゴールで日本は初めてW杯の出場権を手にした。

だが、翌1998年のフランス大会では3戦全敗に終わる。本大会の直前には、予選を戦ってきた三浦知良をメンバーから外す決断を下し、大きく報じられた。

その後はクラブの監督として実績を重ねた。コンサドーレ札幌を経て横浜F・マリノスを率い、2003年と2004年にJ1を連覇した。2007年末、イビチャ・オシム監督が病に倒れると再び日本代表監督に就き、2010年の南アフリカW杯でチームをベスト16へ導いた。

年出来事
1997年日本代表監督に昇格、W杯初出場決定
1998年フランスW杯で指揮(3戦全敗)
2003〜04年横浜F・マリノスでJ1連覇
2007年日本代表監督に再就任
2010年南アフリカW杯でベスト16
2012〜13年中国・杭州緑城の監督
2014年今治.夢スポーツの株式の過半数を取得
2016〜18年JFA副会長(1度目)
2022年JFA副会長に復帰
2023年学校法人今治明徳学園の学園長に就くことが発表される
2024年FC今治高等学校里山校が開校、FC今治がJ2昇格決定

岡田武史の現在 FC今治のクラブ経営と育成・教育への取り組み

南アフリカW杯の後、岡田氏は中国の杭州緑城で2012年から2013年まで監督を務めた。そして2014年11月、愛媛県今治市のクラブ・FC今治を運営する株式会社今治.夢スポーツの株式の過半数を取得し、オーナーとしてクラブづくりを始める。現在は同社の代表取締役会長だ。

岡田氏が今治で取り組んだのが「岡田メソッド」と呼ばれる育成の考え方だった。日本では16歳ごろまで自由にプレーさせ、その後に戦術を教えるのが一般的だった。岡田氏はこの順番を逆にし、型を先に教えてから自由にさせれば、自分で判断できる選手が育つと考えた。本人はインタビューで「守破離的に型を16歳までに教えてその後を自由にさせるような教え方」と説明している。

地域との関わりは、今治に住んでから深まった。岡田氏は「いざ今治に家を借りて住んでみたら、市街の中心地であるドンドビ交差点に更地はある、商店街には人がほとんど歩いていない、これは大変だと感じました」と語っており、クラブ運営と並行して地域を元気にする活動にも力を入れる。

チームは四国リーグから一歩ずつ階段を上がった。2016年に全国地域サッカーチャンピオンズリーグを制してJFLへ昇格し、2020年からJ3に参戦。2023年には民間の資金で建てた「アシックス里山スタジアム」(開業時の名称は今治里山スタジアム)が開業した。2024年はJ3を2位で終えて初のJ2昇格を決め、2025年からJ2で戦っている。

関連記事:中井卓大、FC今治へ完全移籍 CDレガネスからJ初挑戦、元レアル下部“ピピ”22歳の新天地

教育にも活動の場を広げた。2023年4月、学校法人今治明徳学園の学園長に就くことが発表され、2024年4月に同学園が開いたFC今治高等学校里山校で、学園長として次の世代のリーダー育成に取り組む。2026年4月には3期生が入学し、全学年がそろった。

JFAの副会長は退いたが、今治.夢スポーツの会長と学園長の職について、変更は発表されていない。FIFA会長選は2027年3月に行われる予定で、JFAは投票で最終的な立場を示す。

[文/構成 by ライター 凪]

寄稿者

凪
凪(なぎ)です。時事ニュースからスポーツ、社会の話題まで、その日いちばん気になる出来事を短く分かりやすく整理しています。Web記事を書き始めて7年。結果や数字は公式の発表で確かめてから書き、見出しだけで誤解されない記事を心がけています。好きなものは朝のコーヒーと、深夜のスポーツ中継。

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