クワッガ・スミス、静岡ブルーレヴズ退団 移籍先は南アのブルズか、現地報道を整理

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ラグビー・リーグワンの静岡ブルーレヴズは10月20日、南アフリカ代表NO8クワッガ・スミス(33)との選手契約を双方合意で終了すると発表した。2018年にヤマハ発動機ジュビロへ加入してから8シーズン、チームの中心にいた選手だ。移籍先について、南アフリカの現地報道ではURC(ユナイテッド・ラグビー・チャンピオンシップ)のブルズが有力と伝えられている。ただし10月21日時点で、ブルズからの正式な発表はない。
静岡ブルーレヴズが10月20日に契約終了を発表
クラブは公式サイトに「クワッガ・スミス選手 契約終了のお知らせ」を掲載した。発表文は、スミスとの選手契約を「終了することで双方合意に達しました」と伝え、在籍した8シーズンの実績を並べている。トップリーグ時代にベストフィフティーン2度、リーグワンでも3度。2022-23シーズンには選手間投票で選ばれるプレーヤー・オブ・ザ・シーズンに輝いた。
発表文の締めくくりには、クラブの思いがにじむ。スミスを「クラブの歴史を築いた重要な存在であり、名実共にリーグをも代表する功労者」と位置づけ、「これまでの功績に最大限の敬意と感謝を表するとともに、今後のさらなる活躍をクラブ一同、心より祈念いたします」と結んだ。
一方で、スミス本人のコメントは10月21日時点で発表文に掲載されていない。退団の理由や今後の所属先についても、クラブは触れていない。
公式プロフィールによると、生年月日は1993年6月11日で、身長180cm、体重99kg。南アフリカのHTSミッデルバーグ高校からゴールデンライオンズ、ライオンズを経て来日した。クラブでの公式戦出場は、リーグ戦とカップ戦を合わせて81試合を数える。
8シーズンで国内ベストフィフティーン5度、2022-23年はリーグ最優秀選手
フランカーやNO8として、相手のボールを奪いに行くブレイクダウン(倒れた選手の周りでのボール争奪)での強さが持ち味だった。身長180cmと、FW第3列としては大柄ではない。それでも運動量と低い姿勢でボールに絡み続け、日本のトップリーグとリーグワンの両方で長く存在感を示した。
クラブの公式プロフィールに載る国内リーグの受賞歴は次のとおりだ。
| シーズン | 受賞 |
|---|---|
| トップリーグ時代 | ベストフィフティーン2回 |
| 2022 | リーグワン ベストフィフティーン(初) |
| 2022-23 | リーグワン プレーヤー・オブ・ザ・シーズン(初)、ベストフィフティーン(2年連続2回目) |
| 2024-25 | リーグワン ベストフィフティーン(2年ぶり3回目) |
トップリーグがリーグワンへ移行した際、チーム名も「ヤマハ発動機ジュビロ」から「静岡ブルーレヴズ」に変わった。スミスは名前の変わった新チームでも中心選手であり続け、2022-23シーズンからはキャプテンとしてチームを率いた(就任時は奥村翔との共同キャプテン)。
プレーヤー・オブ・ザ・シーズンは選手間投票で選ばれる賞だ。同じリーグで戦う選手たちから、そのシーズンで最も活躍した選手として認められたことになる。
7人制からW杯連覇へ 南ア代表63キャップの歩み
スミスが最初に国際舞台で実績を残したのは、7人制だった。7人制南アフリカ代表「ブリッツボクス」の一員として、2014年のコモンウェルスゲームズ(英グラスゴー)で金メダル、2016年のリオデジャネイロ五輪で銅メダルを手にしている。
15人制では、スーパーラグビーのライオンズで頭角を現した。ライオンズは2016年と2017年に2年続けて決勝へ進み、スミスは2017年の決勝に出場した。2018年に南アフリカ代表(スプリングボクス)デビュー。同じ年、活躍の場を日本へ移した。
日本でプレーしながら代表に呼ばれ続けたことが、スミスの経歴の特徴だ。2019年の日本大会、2023年のフランス大会とW杯2大会で優勝メンバーに名を連ね、南アフリカの連覇に加わった。2019年大会では、ナミビア戦とカナダ戦に先発出場。2023年大会では決勝のニュージーランド戦でリザーブに入っている。
南アフリカ代表のキャップ数は、クラブ発表の10月20日時点で63。その大半は静岡に籍を置いたまま積み上げた数字で、ブルーレヴズにとっても誇れる実績となった。
移籍先はブルズか 現地報道で分かっていること
退団発表と同じ10月20日、南アフリカのラグビー専門メディアは相次いでスミスとブルズの関係を報じた。報道によると、クラブとの契約が双方合意で終わったことで、スミスはブルズへ移る障害がなくなったという。別の現地報道は、プレトリアを本拠地とするブルズとの交渉は最終段階にあり、1〜2週間以内に加入が発表される見通しだと伝えた。
ただ、契約期間や加入時期など具体的な条件を伝えた報道は見当たらない。ブルズ側からも、10月21日時点で正式な発表は出ていない。現時点では「移籍が有力」と報じられている段階にとどまる。
ブルズの関心そのものは、9月の時点で明らかになっていた。ブルズのヨハン・アッカーマン監督は9月中旬、スミスと、同じく日本でプレーする南ア代表HOマルコム・マークス(クボタスピアーズ船橋・東京ベイ)の獲得を検討していると認めている。その際は「まだ交渉は続いている。2人の名前は検討の対象に入っているが、まだ終わっていないし、先は長い」と話し、獲得が近いかを問われると「イエスともノーとも言えない」と答えるにとどめた。
アッカーマン監督とは旧知の間柄
アッカーマン監督とスミスの縁は深い。アッカーマン監督はライオンズを率いて2016年と2017年のスーパーラグビー決勝に進んだ指揮官で、スミスはその下で若手時代を過ごした。
2025年7月にアッカーマン監督のブルズ就任が決まった際、スミスは南アフリカのラグビー専門メディアの取材に「若いころに一緒に仕事ができて楽しかったし、長い間彼の下でプレーした」と語り、ブルズを優勝に導ける監督だと期待を寄せていた。移籍が実現すれば、ライオンズ時代以来、再びアッカーマン監督の下でプレーすることになる。
5月の膝の大けが 復帰時期と2027年W杯
移籍の行方を考えるうえで外せないのが、膝のけがだ。スミスは2026年5月、静岡ブルーレヴズでのプレー中に膝を痛めた。7月中旬に南アフリカで取材に応じたスミスは「日本で前十字靱帯と半月板を痛めた。手術は7週間前に受けた」と明かしている。
このけがで、スミスはニュージーランド代表を南アフリカに迎えた8月からのテストシリーズを含め、2026年の南ア代表の活動を欠くことになった。7月の時点では、少なくともあと4カ月は戦列を離れる見通しと報じられた。
次のW杯は2027年、オーストラリアで開かれる。34歳で迎える大会に向けて、どこで実戦に戻るのかは本人にとっても大きな意味を持つ。スミスは7月の取材で、焦らず回復に専念し、復帰するときはキャリアの最後の時期を戦い抜ける状態で戻りたいという考えを示していた。
静岡で8シーズンを過ごしたスミスの次の所属先は、ブルズの正式発表を待つことになる。リーグワン2026-27シーズンは12月に開幕し、静岡ブルーレヴズのホーム開幕戦は12月20日に予定されている。
[文/構成 by スポーツライター TAKU]









































































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