村田吉弘、『水野真紀の魔法のレストラン』を卒業 後任は村田知晴、21日3時間SPが最後

時間がない人向けの30秒で理解ゾーン
京都の料亭「菊乃井」主人の村田吉弘(74)が、MBSテレビの『水野真紀の魔法のレストラン』を卒業する。最後の出演は10月21日(水)午後7時から9時58分まで放送する番組初の3時間スペシャル。2002年2月の初登場から料理コーナーを支え、後任は娘婿で菊乃井の次期四代目にあたる村田知晴が務める。
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10月21日の3時間SPがラスト出演に
MBSが10月20日に発表した。村田吉弘は番組の”マホレスレギュラーシェフ”として長く出演してきたが、21日の放送をもって番組を離れる。
21日の3時間スペシャルは「食のプロ50人が選ぶ 関西ホンマに美味しい駅ランキング2026」。関西にある約1000の駅から、一流料理人やグルメライター、百貨店の担当者らが”ホンマに美味しいグルメ駅”を選ぶ企画だ。MBSの番組表によると放送は10月21日午後7時から9時58分までで、関西ローカルの番組になる。
最後の料理コーナーで村田吉弘が披露するのは、松茸の吸い物の素を使った「村田流 まるで松茸他人丼」。家庭で手軽に作れる一品で、番組が長く続けてきた”一流料理人が教える家庭料理”の路線そのままの締めくくりとなる。
番組からは、もう一つの企画も届く。村田親子が”番組最初で最後の親子合作料理”として、和・洋・中のスターシェフと監修した「関西オールスターおせち2027」の開発ストーリーだ。おせちには「菊乃井」「萬亀楼」「神戸北野ホテル」「イル ルォーゴ ディ タケウチ」「中国菜エスサワダ」の5店6人が加わり、知晴はおせちの試食コーナーに登場する。
スタジオには水野真紀、長野博、ロザンの菅広文と宇治原史規、三ツ廣政輝アナウンサーのレギュラー陣に加え、ゲストとして藤原紀香とSUPER EIGHTの横山裕が並ぶ。VTRにはACEesの浮所飛貴と那須雄登、ハイヒールモモコ、くっきー!(野性爆弾)らが出演する。
「バラエティーは出えへんで」から始まった出演
『水野真紀の魔法のレストラン』は2001年4月12日に始まったMBSのグルメ番組で、2026年3月4日に放送1000回を迎えた。この春で放送25周年。村田吉弘が初めて登場したのは2002年2月14日で、それから10月21日の放送まで約24年8か月、本人の言葉では「25年間」の出演になる。
出演のきっかけを、本人は番組を通じたコメントで明かした。プロデューサーから頼まれた当初は「いや、バラエティーは出えへんで」と断ったという。ところが「バラエティーと違う、ちゃんと料理を教える番組です」と説明され、それならと引き受けた。
実際に出てみると、ディレクターからは無茶な注文が続く。「揚げへん天丼はできへんか」。そんな課題に、料理人たちはどう向き合ったのか。
村田吉弘はコメントで、時間も手間もかけられない家庭の主婦が、よりおいしいものを作るにはどうしたらいいかを「料理人みんなが真剣に考えて」きたと語っている。最終収録の取材では、無茶ぶりをするディレクターと「半分ケンカしながら」やってきたと笑い、料理にラムネ菓子やカンロ飴を使ったこと、揚げない天丼を作ったことを懐かしんだと報じられた。
テレビとの縁は、この番組より長い。取材会では、同じMBSの料理番組『あまからアベニュー』から数えると「35年間お世話になりました」と話し、40歳のときから出演してきたと明かしている。
和食の無形文化遺産登録を支えた料理人
村田吉弘は、京都・祇園の老舗料亭「菊乃井」の長男として生まれた。菊乃井は大正元年(1912年)の創業で、村田吉弘は三代目主人にあたる。
立命館大学に在学中、フランス料理の修業のため渡仏。大学卒業後は名古屋の料亭「か茂免」で修業を積み、1976年に「菊乃井木屋町店」を開いた。1993年に株式会社菊の井の代表取締役に就任し、2004年には東京に「赤坂菊乃井」を出している。
2013年には「和食:日本人の伝統的な食文化」のユネスコ無形文化遺産登録に力を尽くした。MBSは村田吉弘を登録の中心人物と紹介し、菊乃井本店はミシュランガイドで17年連続の三つ星を受けている。2018年には黄綬褒章を受け、文化功労者にも選ばれた。
日本料理界の第一人者が、関西の夜7時のグルメ番組で家庭向けのアイデア料理を作り続ける。その組み合わせが、四半世紀近く続いた。
水野真紀が語った「料理番組の軸」
MCの水野真紀は、番組を通じて感謝のコメントを出した。料理コーナーでは番組からさまざまな難題を投げかけ、そのたびに村田吉弘がアイデアを出してきたという。
水野は「料理って、いろんなものを入れて良いんだな」ということを一流の料理人が示してくれたと述べた。そのうえで、現場で経験を積んできた村田吉弘がいたからこそ「ちゃんと”料理番組”であるという軸を保つことができた」と明かしている。
取材会では、2026年春に亡くなった番組立ち上げのプロデューサー・本郷氏の名前も挙げた。本郷氏は当初「12年間はやりたい」と話していたといい、それが倍以上まで来たのは「村田さんをはじめとするスターシェフの皆さまのプロのクオリティがあってこそ」と語った。
後任の村田知晴は元商社マンの次期四代目
村田吉弘は卒業の理由を、コメントの中で「僕も75歳になりますので」と説明した。12月で75歳を迎える。続けて「息子も一人前になりましたので、息子にバトンタッチして、僕はそろそろ引退させていただこうかなと」と話し、「まだ余生というには早いので、もうちょっと頑張りますけどね」と笑いを添えた。
その”息子”が村田知晴だ。村田吉弘の長女の夫にあたる娘婿で、菊乃井の次期四代目。京都出身でも料理人出身でもなく、大学を出て商社に就職し、約10年の会社員生活を経て2015年に菊乃井へ入った。入社後すぐには厨房に立たず、玄関で客を迎える下足番から仕事を始めたことを過去のインタビューで明かしている。
知晴は番組を通じ、「大将」と呼ぶ村田吉弘から番組の話を聞く機会は多く、テレビでも見ていたとコメントした。それでも、自分がバトンを受けるとは「まったく想像していませんでした」という。
「一人前になった」と言われたのは今回が初めてで、「すごくうれしいです」と喜びを口にした。一方で「自分ではまだまだ至らない点だらけ」とも語り、「皆さんの足を引っ張らないように、何とか頑張って、精進して務めさせていただければ」と結んでいる。
21日の3時間スペシャルは、親子が同じ放送回に並び、料理コーナーのバトンが渡される回になる。番組公式サイトでは、最新回をTVerで見逃し配信している。
[文/構成 by エンタメライター 真柴 ことね]









































































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