矢後が引退、「ひざが一番の決め手」 元幕内・中大時代にアマチュア横綱、最後の一番は千代雷山に白星

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大相撲の元幕内・矢後(32)=押尾川=が秋場所13日目の9月25日、日本相撲協会に引退届を提出し、受理された。この日、三段目の千代雷山(九重)を寄り切った一番が現役最後の相撲になった。中央大4年でアマチュア横綱となり、幕内には4場所在位。長く抱えたひざのけがを理由に挙げ、「ひざが一番の決め手」と語った。
秋場所13日目に引退届、最後の一番は寄り切りで白星
矢後は西三段目22枚目で秋場所を迎えていた。序盤は4連敗と苦しんだが、そこから3連勝。7番目の相撲となった13日目、東京・両国国技館で三段目15枚目の千代雷山と対戦した。
立ち合いで相手を受け止めると、左を差して前へ出続け、そのまま寄り切った。左四つからの寄りを得意としてきた矢後らしく、最後まで前に出る相撲を貫いた。3勝4敗で場所を終えると、取組後に引退届を出し、協会が同日に発表した。
「これですっきりしました。やりきった」。取組後、矢後はそう話した。花道の奥で押尾川部屋の仲間に迎えられると、目に涙を浮かべた。最後の一番について「いつも通りの朝で、いつも通りに体を動かして、いつも通りの相撲」と振る舞いを変えなかったことも明かしている。
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「ひざが一番の決め手」引退を選んだ理由
決断の理由は、はっきりしていた。
「ひざが一番の決め手。頑張っていればいつか元に戻れるんじゃないか、もっと上に行けるんじゃないかと思っていましたが、ケガが悪かったので、潮時だと思いました」。矢後は引退の理由をこう説明した。
ひざの痛みは中学時代から抱えていた。プロ入り後は両ひざの半月板の手術も経験している。2024年夏場所の後には右ひざを手術し、名古屋、秋、九州と3場所続けて全休した。番付は幕下12枚目から序二段まで下がった。
それでも土俵に戻る。2025年初場所に序二段で復帰すると、7戦全勝で序二段優勝を飾った。その後は幕下16枚目まで番付を戻したものの、2026年は夏場所と名古屋場所でいずれも1勝6敗と大きく負け越し、秋場所は三段目に下がっていた。
引退を考え始めた時期について、矢後は「ずっと何年もそういう(引退)思いはあった。先場所の途中くらいから意識した」と明かした。悔いについて問われると、「悔いは100%ないことはない」と言葉を絞り出した。
中大でアマ横綱、デビューから2場所で関取に
矢後は北海道芽室町の出身。相撲の強豪・埼玉栄高から中央大に進み、4年生だった2016年、全日本相撲選手権で優勝してアマチュア横綱のタイトルを手にした。学生時代の実績を引っさげ、角界入りを選ぶ。
入門先は、元大関琴風の尾車親方が率いる尾車部屋だった。アマ横綱の実績で幕下15枚目格付け出しの資格を得て、2017年夏場所に初土俵を踏んだ。翌名古屋場所では幕下を7戦全勝で制し、所要2場所で十両昇進を決める。新十両は同年秋場所で、初土俵からわずか4カ月で関取の仲間入りを果たした。
十両で力をつけ、2019年初場所で新入幕。東前頭13枚目で9勝6敗と勝ち越すと、続く春場所で西前頭10枚目まで番付を上げた。これが最高位になる。ただ、その後は春場所、夏場所と6勝9敗が続き、東前頭15枚目で迎えた名古屋場所は4勝11敗。3場所続けて負け越して十両へ下がり、幕内在位は4場所、通算25勝35敗で終わった。
幕内に戻る道も険しかった。2019年秋場所は十両4枚目で8勝7敗と勝ち越したが、九州場所から3場所続けて4勝11敗に終わり、2020年春場所の後に幕下へ落ちる。以後は十両と幕下を行き来する時期が続いた。
十両で20場所、押尾川部屋へ移って再起を期す
幕内から落ちた後も、矢後は長く十両で戦った。十両在位は通算20場所で、138勝162敗。2022年初場所には十両で11勝4敗の好成績を残し、優勝決定戦にも進んでいる。
所属部屋の事情も変わった。師匠の元琴風が協会の定年を控えて部屋を閉じたことに伴い、2022年2月、元関脇豪風の押尾川親方が新たに興した押尾川部屋へ移った。現在の師匠のもとで、関取として再び番付を上げることを目指した。
だが、ひざの状態は上向かなかった。2022年は夏場所、名古屋場所と十両で4勝11敗が続き、秋場所に幕下へ落ちる。ここから関取に戻ることはできなかった。十両から陥落してちょうど4年、最後まで関取復帰を目指した土俵人生だった。
プロでの通算成績は56場所で274勝290敗21休。左四つからの寄りを持ち味に、32歳まで土俵に立ち続けた。
今後は中大相撲部のコーチに、26日に引退会見
今後は東京都内の飲食店で働きながら、母校・中央大相撲部のコーチとして後輩の指導にあたる予定だ。年寄名跡の襲名は発表されていない。断髪式の日程は、9月25日時点で明らかになっていない。
秋場所14日目の9月26日には、両国国技館で師匠の押尾川親方が同席して引退会見を開く。アマ横綱からプロの幕内へ進み、ひざのけがと向き合いながら9年余りを戦った。次の舞台は、アマ横綱の称号をつかんだ中大時代を過ごした母校の土俵になる。
[文/構成 by スポーツライター 疾風(HAYATE)]









































































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