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レッドバロン創業者・杉浦斉氏の遺族に約28億円の申告漏れ指摘 追徴は約16億円、遺族は「見解の相違」 生前の会社再編と株の評価が焦点に

レッドバロン創業者・杉浦斉氏の遺族に約28億円の申告漏れ指摘 追徴は約16億円、遺族は「見解の相違」 生前の会社再編と株の評価が焦点に

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バイク販売大手「レッドバロン」(愛知県岡崎市)の創業者で、2023年に82歳で亡くなった杉浦斉(齊)氏の遺族が、名古屋国税局の税務調査で相続財産約28億円の申告漏れを指摘されたと11月5日に報じられた。追徴税額は加算税を含めて約16億円で、遺族はすでに修正申告を済ませている。遺族側は「国税局との見解の相違」と説明し、重加算税は課されていないという。創業者の歩みと、2024年に発表された米投資ファンドによる買収の経緯もあわせてまとめる。

創業者・杉浦斉氏の遺族が指摘された申告漏れの中身

報道によると、名古屋国税局は相続税の調査で、杉浦氏の遺族が相続した財産について約28億円の申告漏れを指摘した。加算税を含む追徴税額は約16億円に上り、遺族は指摘を受けて修正申告と納税を終えている。

焦点になったのは、杉浦氏が生前に行ったグループ会社の再編だった。関係者の話として、再編後には会社同士で貸し借りの取引が行われていたと伝えられている。国税局はこの取引に合理的な理由がないと判断し、会社の財産状況などを踏まえて、遺族が相続したグループ会社株式の評価を見直したもようだ。

指摘を受けたのは遺族の相続税の申告で、会社としてのレッドバロンが対象になったとは報じられていない。

遺族側は取材に対し、次のように説明した。

「国税局との見解の相違によるもので、誠実に協議し、修正申告と納税を完了した」

申告は税理士の助言に従い、国税庁の通達に沿った評価で行ったとしている。財産を隠したり偽ったりしたものではないため、重加算税は課されていないとも説明した。国税当局は富裕層に対応する専門の部署を整え、課税の公平に力を入れていると報じられている。

「相続した株の評価」で何が問題になったのか

上場していない会社の株は市場で値段がつかない。そのため、相続税を計算するときは、国税庁の財産評価基本通達が定める方法で1株あたりの価値を出す。

国税庁の案内によると、経営に影響力を持つ同族株主が相続する場合、会社の規模に応じて評価方法が変わる。大きな会社は原則として、同じ業種の上場企業の株価と、配当・利益・純資産を比べる「類似業種比準方式」、小さな会社は原則として、会社の資産と負債を相続税の基準で計算し直す「純資産価額方式」を使い、中くらいの会社はその2つを組み合わせる。どの方法でも、会社の利益や財産の中身が株の値段を左右する仕組みだ。

国税局は、この評価の前提になる会社の財産状況などを踏まえて、株式の評価を見直したと伝えられている。ただ、どの会社のどの取引が、評価額にどの程度響いたのかは報じられていない。11月5日時点で、国税局や遺族側から詳しい内訳は明らかになっていない。

遺族は通達に沿って評価したと説明し、国税局は取引の合理性を認めなかった。受け止めは食い違ったが、遺族が修正申告と納税を済ませたことで手続きは終わっている。

創業者・杉浦斉氏の歩み 岡崎の1軒から全国300店超へ

杉浦氏は1941年7月12日生まれ。1972年、愛知県岡崎市で「ヤマハオートセンター」を立ち上げた。会社の設立は同年1月で、3月16日に1軒のバイク販売店として開業している。いまの会社概要にも、旧社名として「ヤマハオートセンター株式会社」の名前が残る。

その後、輸入車の取り扱いや自社の整備体制を広げていく。会社の沿革によると、1976年に貿易部を設けて輸入車の販売を始め、1980年には名古屋陸運局から、日本で初めての二輪専用車検工場の指定を受けた。1995年には「150km無料ロードサービス」を始め、2004年には回数制限のない「全国ツーリングロードサービス」、2007年には距離無制限の「ツーリングサービス」へと広げている。

年主な出来事
1972年岡崎市で「ヤマハオートセンター」を設立、3月16日に開業
1976年貿易部を設け、輸入車の販売を始める
1980年日本初の二輪専用車検工場の指定を受ける
1989年100店舗を達成
1998年直営200店舗網が完成
2002年全店舗を直営化
2004年社名を「株式会社レッドバロン」に変更
2009年300店舗を達成
2023年8月1日杉浦氏が死去(82歳)
2024年9月24日米ベインキャピタルによる株式取得を発表

2002年に全店を直営とし、2004年には社名を店の名前にそろえて「株式会社レッドバロン」に改めた。人口の少ない地域でも全店直営でサービス網を築き、一代で会社を育てた人物として、杉浦氏はバイク業界のメディアでも紹介されている。2000年代から2010年代初めまでの同社の発表資料には、代表取締役として杉浦氏の名前が載っていた。

会社の公式サイトによると、店舗数は2026年6月末時点で国内306店、海外に3つの事業所・店舗がある。2025年10月期の連結の総売上高は884億円だった。

関連記事:杉浦斉氏の経歴。岡崎のヤマハオートセンターからレッドバロンを全国300店超のバイク販売大手に育てた経緯

死去の公表は約4か月後 「繁忙期に迷惑を掛けてはならない」

杉浦氏は2023年8月1日、82歳で亡くなった。葬儀は近親者だけで済ませ、会社が死去を公表したのは同年11月末になってからだ。

公表が遅れた理由について、会社は「業界の繁忙期に皆様へご迷惑を掛けてはならない」という故人の強い遺志に従ったと説明した。お別れの会は2024年2月6日に、創業の地の岡崎市にある竜美丘会館で開かれると案内された。

2024年の米ファンドによる買収の経緯

創業者の死去から約1年後の2024年9月24日、米投資ファンドのベインキャピタルが、レッドバロンの親会社であるレッドバロンプロパティーズの株式の過半数を、同年12月末までに取得すると発表した。創業家などから株を買い取り、創業家は一部の株式を持ち続けると報じられた。買収額は公表されていない。

当時の報道では、創業者の死去で事業承継が課題になっていたことが背景として挙げられた。ベインキャピタルは、投資で培った経営のノウハウを生かし、事業の基盤づくりと中長期の成長を支えるとしていた。

買収の発表時に社長を務めていたのは石岡直樹氏で、会社の公式サイトでも現在の代表取締役は石岡氏となっている。

今回の申告漏れの指摘と、ファンドによる買収との関係について、報道では触れられていない。

会社の事業への影響は 11月5日時点の状況

指摘を受けたのは遺族の相続税で、遺族は修正申告と納税を終えたと説明している。レッドバロンの店舗の営業やロードサービスなど事業への影響について、11月5日時点で会社側からの発表は確認できない。

岡崎市の1軒の店から始まった会社は、半世紀あまりで国内306店を構えるまでになった。創業者が亡くなって3年余り。相続をめぐる国税局との協議は、遺族の修正申告と納税で区切りがついた。

[文/構成 by ライター 飯田タツヤ]

寄稿者

飯田タツヤ
時事ニュースを中心に、社会の動きから芸能・スポーツの話題まで幅広く書いているWebライターの飯田です。ライター歴は6年。心がけているのは、発表や報道で確認できたことと、まだ分かっていないことを分けて書くこと。「何が起きて、暮らしにどう関わるのか」を最初に整理しています。休日はラジオを流しながらの散歩とサウナ。

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