オールドユニクロ研究家・mihra(ミフラ)さんとは何者? 本業はシューズデザイナー、リサイクルショップの1着から約1000着を集めるまで

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オールドユニクロ研究家のmihra(ミフラ)さんは、1998年生まれで山梨県出身。2025年9月の取材記事では、本業はシューズデザイナーとされている。約5年前、リサイクルショップで古いタグのユニクロを見つけたことから収集と研究を始め、2026年10月の文春オンラインの取材では約1000着を集めてきたと紹介された。発信の場はInstagramとnoteにある。
10月31日の文春オンラインで「研究家」として登場
文春オンラインは10月31日、昔のユニクロの服を古着として楽しむ「オールドユニクロ」を2本の記事で取り上げた。インタビューに答えたのが、オールドユニクロ研究家のmihraさんだ。記事はmihraさんを、タグや資料、服の仕様からユニクロの歴史を追う人物として紹介している。
オールドユニクロに決まった定義はない。mihraさんは取材に「明確な定義はありませんが、僕の場合は、ユニクロがオリジナル商品の開発を始めた1987年頃から2009年頃までの商品だと考えています」と答えた。記事に載った年代ごとのタグの写真には「©mihra」のクレジットが入り、自身の所蔵品や資料をもとに取材に応じたことがうかがえる。
年代ごとのタグの見分け方や古着店での相場、買える場所は、別の記事で詳しくまとめている。
関連記事:古着「オールドユニクロ」、フリースは高いもので9000円に 紺タグなど年代の見分け方と相場、買える場所を整理
mihraさんのプロフィール 本業はシューズデザイナー
ZOZOグループのウェブメディア「fashion tech news」は2025年9月1日、mihraさんのインタビュー記事を公開した。プロフィール欄には「1998年生まれ、山梨県出身」とあり、「普段はシューズデザイナーとして働く」と書かれている。服の研究は、本業とは別に続けてきた活動だ。
公表されている情報を整理すると、次のとおりになる。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 名前 | mihra |
| 生年・出身 | 1998年生まれ、 |
| 本業 | シューズデザイナー |
| 居住地 | 福岡 |
| 肩書き | オールドユニクロ研究家 |
| 発信の場 | Instagram「ミフラ|mihra」 |
本名や勤務先は公表していない。年齢は2025年9月の記事で当時27歳とされ、Instagramのプロフィールにも「98’」と生まれ年が書かれている。
監修や取材協力の実績
ファッション情報サイトのFASHIONSNAPが公開している、ユニクロのタグの変遷と見分け方をまとめた記事(最終更新2026年8月21日)では、mihraさんが監修を務めた。同サイトは紹介文で、ネット上に体系的な資料が少ないことから一次資料を集め、年代ごとのタグや商品の変遷を独自に調べて発信している人物だと説明している。
fashion tech newsでは、オールドユニクロがなぜ今注目されるのかを語るコレクターとして登場した。
原点は親の部屋着 セカンドストリートで見つけたグレーのフリース
子どもの頃のmihraさんにとって、ユニクロは身近だが特別な店ではなかった。fashion tech newsの取材では「小さい頃、ユニクロは“親に連れていかれる服屋”というイメージで、特に思い入れがあったわけではありませんでした」と話し、文春オンラインでも「親についていく服屋という印象でした」と語っている。
意識が変わったのは大人になってからだ。文春オンラインによると、最初の1着は5年ほど前にセカンドストリートで見つけた2000年頃のグレーのフリースだった。紺色の地に太い書体で「UNIQLO」と入った、今とは違うタグが付いていたという。値段も安く、最初は普段着になればいいという軽い気持ちだった。
そのタグを見たとき、親が昔、部屋着にしていたユニクロの記憶がよみがえる。fashion tech newsには「あ、このタグ、親が部屋着にしていたやつだ」と思い出したのがきっかけで、少しずつ掘り下げるようになったと明かした。もともと古着が好きだったこともあり、調べ始めると年代ごとにロゴや服の仕様が大きく違うと分かり、集めるようになった。
2022年のnoteに残る、もう一つの入り口
本人のnoteには、少し違う角度からの話も残る。2022年1月28日に公開した連載「オールドユニクロに幸あれ」の前編で、mihraさんは「古着屋(というよりセカストとか)で昔のユニクロを買うのを、趣味の一つにしている」と書いた。当時は23歳。
オールドユニクロという言葉を知った経路は、ファッションではなかった。趣味の「商業施設研究」で昔のユニクロの店舗を調べていたとき、X(当時のツイッター)で「#オールドユニクロ」のハッシュタグを検索し、服としてのオールドユニクロを語る投稿に気づいたという。
このnoteの時点では、佐藤可士和氏が今のロゴをデザインした2006年より前のロゴが付いた服を目安としていた。それが2025年の取材では「1987年から、ロゴが大きく変わる前の2009年頃まで」と、自分なりの線引きがはっきりしていく。2022年3月に公開した中編では、タグを年代順に並べて商品番号の形式まで推測しており、趣味が研究へと深まっていった跡が読み取れる。
研究の方法 チラシやカタログ、出品者へのメッセージまで
ネット上にまとまった資料がない分野を、mihraさんは一次資料で埋めてきた。FASHIONSNAPの監修記事では、当時のチラシやカタログ、ファーストリテイリングの有価証券報告書などを手がかりにしたと紹介されている。
文春オンラインの取材では、年代を見分ける最もわかりやすい手がかりを襟のブランドタグだと説明した。ただ、タグだけで決めつけることはない。「当時のカタログや広告、品質表示タグ、素材、縫製なども照合して判断します」と話している。
調べる相手は売り手にも及ぶ。fashion tech newsによると、フリマアプリで見つけた古く情報のないスウェットについて、ダメ元で「いつ、どこで手に入れたものですか?」と出品者にメッセージを送った。商品とともに届いた手紙から、そのスウェットが「ファーストリテイリング」になる前の「小郡商事」時代のものだと分かったという。mihraさんは「ここまで深い物語を持つ一着は初めてで、本当に心に残っています」と振り返っている。
足を使った収集もある。幻のブランドと呼ぶ「ファミクロ」のスウェットは、大阪の古着屋「十四才」と岡山を拠点とする古着屋「cultureclub」が開いたオールドユニクロだけのポップアップで手に入れた。このスウェットのことを知った瞬間、福岡から夜行バスに飛び乗って大阪へ向かったそうだ。
2025年に200着超、今回の取材では約1000着 主なコレクション
所蔵数は取材の時期によって表記が違う。fashion tech newsが2025年9月に伝えた時点では200着を超えるコレクションで、2026年10月の文春オンラインでは約1000着を収集してきたと紹介された。
文春オンラインの続編では、手元のコレクションを1着ずつ解説している。年代はいずれもmihraさんの見立てだ。
| アイテム | 年代 | mihraさんの説明 |
|---|---|---|
| 旧ロゴのスウェット | 1992年頃までと推定 | 店舗オープン時のノベルティだった可能性があり、 |
| ピッグスキンのスエードブルゾン | 1988〜 | 本革で、 |
| デニムジャケット | 2000〜 | 「リーバイス」のサードタイプを思わせる王道のデザイン。ボックス型のシルエットにアメリカンカジュアルの雰囲気が残る |
| ヤマサ醤油とのコラボTシャツ | 2003年 | 「ユニクロTシャツプロジェクト」で作られた |
| テックパーカ | 2005年 | 綿とポリエステルの混紡で、 |
| 旧ロゴのヘンリーネックTシャツ | 創業期 | 偶然知り合ったコレクターから譲り受けた |
値上がりした服を追いかけるわけではない。旧ロゴのTシャツについては「基本的に高騰しているものには手を出さないのですが、これはユニクロ創業期の貴重な資料として入手しました」と話した。衿にボタンが付いたタイプは現存例をほとんど確認できず、資料としての価値を重く見た1着だ。
買う人へのすすめも、同じ考え方に立つ。「将来値上がりするからではなく、自分が面白い、いま着たいと思うものを残すのが一番です」。
発信の狙いと、現行のユニクロへの見方
研究家として名前が知られるようになっても、相場づくりには関わらない立場だ。文春オンラインには「僕は価格を決めたいわけでも、市場を大きくしたいわけでもありません」と語った。個人で調べられることには限りがあるため、オールドユニクロを知ってもらうことで当時を知る人から情報が寄せられたり、未知の商品や資料が見つかったりする可能性に期待している。それが一番の狙いだという。
昔の服を追う一方で、今のユニクロを否定しているわけでもない。歴史を調べてきたからこそ、店舗へ行くたびに「本当にすごい企業になったな」と感動を覚えるという。現行のユニクロUやユニクロCも、普通の消費者として楽しんでいる。
fashion tech newsでは、ユニクロを「“太陽”のように大きくて奥深い存在です」と表現した。身近でありながら、まだ探る余地が大きいという意味だ。日々、恋人のようにユニクロのことを考え続けている、と笑いながら話していた。
なぜ新品より高くなっても古いユニクロを手に入れるのか。文春オンラインの記事の最後で、mihraさんは「その一着でしか知ることのできない歴史があるからです」と答えた。大量生産された日常着は、作った当時に将来の資料になるとは誰も考えていなかった。だからこそ今残っている服に価値がある、とmihraさんは考える。リサイクルショップで手に取った1着のフリースが、約1000着の資料につながった。
[文/構成 by ライター 小川 そら]







































































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