小須田潤太、新幹線で隣の東ちづるが「アスリートさんですか?」 義足のスノーボーダーの経歴

時間がない人向けの30秒で理解ゾーン
俳優の東ちづる(66)が10月20日、自身のXとインスタグラムを更新し、新幹線で隣の席に座った男性がパラスノーボードの小須田潤太(36)=オープンハウスグループ=だったと明かした。義足に気づいた東が「アスリートさんですか?」と声をかけたのが始まりで、2人の会話はその後も弾んだという。小須田は2025年の世界選手権で日本人パラスノーボーダー初の金メダルを手にし、2026年3月のミラノ・コルティナ冬季パラリンピックでは2種目で入賞した選手だ。
品川からの新幹線で「アスリートさんですか?」
東のXへの投稿は10月20日午前11時6分(日本時間)。品川駅から新幹線に乗り、先に窓側の席にいた若い男性に「失礼します」とあいさつして隣に座ると、短パンの裾から「ニョキッと輝いている義足」が目に入ったとつづった。
すぐには声をかけなかった。男性が朝食の弁当を食べ終え、落ち着いたところを見計らって「アスリートさんですか?」と話しかけたという。返ってきた答えは、義足のスノーボーダー、小須田潤太。東は所属先オープンハウスグループの選手紹介ページも添えて投稿している。
話は小須田の経歴から、東が手がける「まぜこぜ一座」、日本の障害者ゴルフへと広がった。東は小須田から日本の障害者ゴルフについて教わり、日本障害者ゴルフ協会のサイトを添えて「夫ホリに共有しよう!」と書き添えた。
偶然の縁は新幹線の車内で終わらない。小須田はその後、大阪高島屋で開かれていたポップアップにも足を運び、買い物をしていったという。東は「なんて素敵なご縁」と喜び、ご縁をつなげる妖怪「つなげるん」のおかげだと結んだ。投稿には写真4枚が添えられ、Xでは10月21日時点で6800件を超えるいいねが付いている。
21歳で右脚を失い、陸上からスノーボードへ
小須田は1990年10月5日生まれ、埼玉県所沢市出身。クラスはスノーボードがSB-LL1、陸上がT63。どちらも脚に障害がある選手の区分で、小須田は義足を着けて競技に臨む。
転機は2012年3月だった。引っ越し業者のドライバーとして働いていた21歳のとき、仕事中の交通事故で右脚の太ももから下を失う。事故に遭うまでは、やりたいことも特になく「目標がなかった」と本人は過去の取材で語っている。
流れが変わったのは2015年夏。義肢装具士と理学療法士に勧められ、義足で走る初心者向けのランニングクリニックに参加した。講師の一人がパラ陸上走り幅跳びのメダリスト、山本篤。約2か月後、その山本から直接連絡が入り、一緒に練習するようになる。走るための競技用義足も山本から借りた。2016年4月から大会に出場し始め、同年9月には東京パラリンピックを目指してオープンハウスへ転職する。
入社後しばらくはフルタイムで働きながら、平日の夜と週末に練習を積む生活だった。2019年4月には山本の近くで練習するため大阪の拠点へ異動し、競技に充てられる時間を増やしている。
2021年の東京2020パラリンピックでは男子走り幅跳び(T63)で7位に入った。記録の5m95は自己ベスト。男子100m(T63)は予選で敗退している。
スノーボードとの出会いも山本がきっかけだった。2017年2月、山本が国内の障がい者の選手権でスノーボードクロスを制したことをニュースで知り、その年の末に友人と初めて雪山へ。日常用の義足で滑った後、競技用の義足をそろえ、2018年2月に初めて出場した国内大会は最下位だった。それでも日本代表のコーチから声がかかり、同年末から海外の大会を転戦するようになる。2021-22シーズンからはスノーボードに軸足を移した。
世界一、そして2大会連続のパラリンピック
夏冬の二刀流で臨んだ2022年の北京冬季パラリンピックは、男子スノーボードクロス7位、男子バンクドスラローム10位。翌2023年1月には、フィンランドで開かれたワールドカップのスノーボードクロスで初優勝を果たした。
大きな成果は2025年に出る。カナダで開かれたFISパラスノーボード世界選手権の男子バンクドスラローム(SB-LL1)で優勝し、日本人パラスノーボーダーとして初めて世界選手権の金メダルを手にした。2025年には文部科学大臣顕彰も受けた。
世界王者として迎えたのが、2026年3月のミラノ・コルティナ冬季パラリンピックだ。2月12日に都内で開かれた日本選手団の結団式では、車いすカーリングの小川亜希とともに旗手に選ばれ、主将を置かない選手団について「主将っぽく盛り上げよう」と呼びかけた。
男子スノーボードクロスでは4人で争う決勝に進んだ。3番目にゴールしたものの、日本チームによると走路妨害と判定されて最下位の扱いとなり、結果は4位。レース後は「自分のミスが出た。申し訳ない」と話し、「受け止めるしかない」と結果を受け入れた。続く男子バンクドスラロームは5位で、2種目とも入賞は果たしたが、メダルには届かなかった。3月15日の閉会式では、小川とともに日本の旗手として行進している。
夏冬のパラリンピック成績
| 大会 | 種目 | 結果 |
|---|---|---|
| 東京2020(2021年) | 陸上 男子走り幅跳び T63 | 7位(5m95) |
| 東京2020(2021年) | 陸上 男子100m T63 | 予選敗退 |
| 北京2022 | スノーボード 男子スノーボードクロス | 7位 |
| 北京2022 | スノーボード 男子バンクドスラローム | 10位 |
| ミラノ・コルティナ2026 | スノーボード 男子スノーボードクロス | 4位 |
| ミラノ・コルティナ2026 | スノーボード 男子バンクドスラローム | 5位 |
東ちづるが続ける「まぜこぜ」の活動
声をかけた東の側にも、この出会いを喜ぶ理由がある。広島県出身の東は、俳優やタレントとして活動する一方、長く社会活動にも取り組んできた。2011年に仲間と活動を始め、2012年10月に法人化したのが、アートや音楽、舞台などのエンターテインメントで、だれも排除しない「まぜこぜの社会」を目指す一般社団法人Get in touchだ。東は代表を務める。
その看板企画が、障害のあるパフォーマーやマイノリティーの表現者が舞台に立つ「まぜこぜ一座」だ。2017年に東京・品川プリンスホテルで旗揚げした。10年目の2026年は、8月9日に東京都渋谷区の渋谷区文化総合センター大和田 伝承ホールで「月夜のからくりハウス~ぴーすあんどらぶ」の公演を組み、Get in touchはこの公演を日本公演の一区切りと位置づけた。今後は海外での展開を計画しているという。新幹線の車内で、義足で夏冬のパラリンピックに挑んできた小須田と東が盛り上がった話題の一つが、この「まぜこぜ一座」だった。
新幹線の隣の席で交わした一言が、障害者ゴルフの話題や大阪高島屋のポップアップへの来店につながった。義足に気づいても、相手が食事を終えるまで待ってから声をかけた東の気遣いも、投稿からは伝わる。雪上で世界一をつかんだ小須田と、まぜこぜの舞台を作り続ける東。2人の縁は、新幹線の隣り合わせの席から始まった。
[文/構成 by スポーツライター 南條楓]









































































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