横浜高校、甲子園1回戦で沖縄尚学に7-2で勝利 昨夏優勝校が初戦敗退となった試合経過を整理

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第108回全国高校野球選手権大会第6日の8月10日、横浜(神奈川)が1回戦で沖縄尚学(沖縄)を7-2で下した。横浜のエース織田翔希(3年)は9回2死まで投げ、6安打2失点で12個の三振を奪っている。昨夏の王者は連覇に挑む前に、初戦で甲子園を去った。
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二回・三回・六回に挙げた7点、織田翔希が12奪三振
阪神甲子園球場の第2試合。スコアボードには横浜が0・2・1・0・0・4・0・0・0の7点、沖縄尚学が0・1・0・0・0・1・0・0・0の2点と並んだ。安打数は横浜10本、沖縄尚学6本。失策は両校1つずつで、本塁打は出なかった。試合時間は2時間8分を数えた。
先に動いたのは横浜だった。二回表、5番・江坂佳史(3年・左翼)の中前打から好機をつくり、2死二塁とした。ここで8番・脇山魁音(2年・捕手)が左前へ適時打を放ち、二塁の田島陽翔(2年・二塁)が生還して先制点となった。さらに9番・千島大翼(3年・右翼)が続く。左中間への打球がイレギュラーバウンドして野手が後逸し、記録は三塁打。その間に走者が生還して2点目が入った。
沖縄尚学もその裏に反撃した。2死一、三塁から8番・秋江駿斗(3年・一塁)が左前へ適時打を運び、1点差に詰め寄る。ところが三回表、江坂が2打席続けて快音を響かせた。中前へ落ちた適時打で横浜が3点目を挙げ、再び2点差となった。
試合が大きく傾いたのは六回表だった。打者一巡の攻撃で、千島の左越え適時二塁打、主将の小野舜友(3年・一塁)の中前2点適時打、川上慧(2年・三塁)の左前適時打が続き、この回だけで4点。沖縄尚学は守備の乱れと死球も絡み、7-1と引き離された。その裏、沖縄尚学の主将・山川大雅(3年・捕手)が左中間へ適時打を運んで1点を返したものの、追い上げはここで止まった。
織田翔希の139球と、沖縄尚学が並べた3投手
横浜の先発・織田は8回3分の2を投げ、6安打2失点、12奪三振で139球を数えた。三回には今大会最速となる154キロをマークし、100球に迫った六回にも153キロを計測している。スライダーやフォークも交えて八回まで毎回三振を奪い、ネット裏には12球団のスカウトが顔をそろえた。九回2死で2番手・小林鉄三郎(2年)にマウンドを譲ると、自身は右翼の守備へ回った。小林は最後の打者を中飛に打ち取り、試合を締めた。
対する沖縄尚学は、昨夏の優勝を支えた3投手をつぎ込んだ。先発は6番・指名打者を兼ねたエース左腕・末吉良丞(3年)。一回から三回まで投げ、6安打3失点、66球で降板した。四回を引き継いだ2番手の久髙大瑚(3年・左腕)は、六回2死までの2回3分の2で4安打4失点(自責点2)。3番手の新垣有絃(3年・右腕)は六回2死からマウンドに上がり、3回3分の1を無安打無失点に抑えた。七回以降はいずれも三者凡退に封じたものの、打線が点差を縮めることはできなかった。
昨夏の初優勝から一年、沖縄尚学が背負ったもの
沖縄尚学は2025年夏、決勝で日大三を3-1で下し、夏の全国大会を初めて制した。沖縄県勢の夏の優勝は2010年の興南に続く2校目。決勝は新垣が先発し、八回途中から末吉が引き継ぐ継投だった。センバツでは1999年と2008年に頂点へ立っており、長らく届かなかった夏の全国制覇にようやく手が届いた。
指揮を執る比嘉公也監督は、その1999年センバツで沖縄県勢初の全国制覇をもたらした左腕エース、その人だった。大学時代に肘を痛めて選手の道を離れ、教員免許を取って指導者へ進む。24歳で母校の監督に就いた。2008年センバツ、2025年夏と、選手と監督の両方で優勝旗を手にしている。
今夏の沖縄大会では決勝でエナジックスポーツを4-3で振り切り、2年連続12度目の夏の甲子園を決めた。センバツを含めれば4季連続の出場となる。夏の連覇が実現すれば史上7校目。8月5日の開会式で深紅の大優勝旗を返還してから5日後に、その挑戦は終わった。
昨春センバツ2回戦の8-7、互いを知る両校
両校が甲子園で顔を合わせるのは、2025年春のセンバツ2回戦以来だった。このときは横浜が沖縄尚学を8-7で振り切っている。横浜は初回に当時の主将・阿部葉太の3ランで先制し、三回までに5-0とリードを広げた。しかし三回裏に沖縄尚学が一挙4点を返し、織田はこの回でマウンドを降りる。沖縄尚学は末吉が二回から7イニングを投げ抜き、終盤に1点差まで迫った。センバツを制した横浜が最も苦しんだ相手が、この沖縄尚学だった。
あの1点差の記憶は、沖縄尚学の側にも残っていた。今回の再戦へ向けてチームが掲げた合言葉は「借りを返す」だった。屈指の好投手をどう攻略するか、その一点に絞って調整を重ねてきた。前年の春夏王者が初戦でぶつかる巡り合わせは、2年続けてのことでもあった。
一方の横浜は、昨春のセンバツ決勝で智弁和歌山を11-4で下して全国を制し、今夏は神奈川大会の決勝で桐光学園を11-1で退けて2年連続22度目の甲子園出場を決めた。7試合で64得点という打線に、織田を軸とした投手陣が加わる陣容だった。
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村田監督が並べた織田評と、比嘉監督が明かした誤算
横浜の村田浩明監督は試合後、エースの投球と表情の両方に触れた。
「負けない投手ということを追求してきた。織田が笑顔でいれば選手もスタッフもスタンドもみんな笑顔になる。ヒマワリのような人間。もっと笑顔が出るような試合にしたい」
チーム全体については「しっかり選手たちが準備してくれたのでこのような結果が生まれた。選手に感謝したい」と語った。
当の織田は、この日の自分の出来を手放しでは喜ばなかった。「投球がよくなかったけれど、悪いなりに捕手の脇山と会話しながら打者を見て配球を組み立てることができた」。154キロという数字についても「球速よりも変化球でしっかりと空振りを取れたので、そっちの方が満足です」と口にしている。末吉との投げ合いには「昨年の優勝投手で、学ぶところもありましたし、お互い投げていてすごく楽しかった」。主将の小野は「あまり意識せず、今日は通過点に過ぎないという思いで自分たちのやるべきことに集中した」と話した。
敗れた沖縄尚学の比嘉監督は、3投手が打ち込まれた現実を率直に受け止めていた。
「うちの3人のピッチャーが、ここまで捉えられると勝ち目はないかなというのが率直な感想です」
「ベンチから見ていても、真っすぐは速いですが、それ以上に変化球の速さや落差があって…これまで対戦した中では見たことがない球筋というか、変化の軌道というか。凄いピッチャーだなと思いました」
三回での交代は、当初の想定どおりだったのか。比嘉監督は末吉について「長いイニングは投げられないと思っていたので、なんとか1巡ないし2巡……長くても5回というイメージでした。3回で交代というのは、考えとは異なったかなと思います」と説明した。そのうえでチームには「プレッシャーがある中で、またこの甲子園に戻って来られただけでも凄く評価できることだと思います」と言葉をかけている。
14日は日南学園戦、28年ぶりの夏の頂点へ
横浜は2年続けて初戦を突破し、8月14日の大会第10日第3試合で日南学園(宮崎)と当たる。日南学園は同じ10日の1回戦で明徳義塾(高知)を相手に、九回2死走者なしから3連打をつなぎ、2番・豊丸蒼大(2年・内野手)の適時打で2-1とサヨナラ勝ちを収めた。宮崎県勢の夏の白星は2018年以来8年ぶりで、令和に入っては初めてとなった。
横浜の夏の全国制覇は、エース松坂大輔を擁して春夏連覇を果たした1998年までさかのぼる。28年ぶりの夏の頂点へ、初戦は小野の言葉どおりの通過点だった。織田自身も「今も疲れはあるんですけど、しっかりとここからコンディションを整えて次戦へ向けて準備したい」と次の登板へ気持ちを向けている。139球を投げた右腕をどう休ませ、どこで再び送り出すかが、ここから先の日程を左右しそうだ。
今大会は熱中症対策として、2部制の編成が見直された。実施日数は昨夏と同じ6日間で、今大会は大会第3日〜第8日(8月7〜12日)にあたる。ただし、昨夏の「午前2試合・午後2試合」から、今大会は「午前1試合・午後3試合」に変更されている。日本高野連は、過去の熱中症疑い事案が正午前後の第2試合に集中していたことを理由に挙げた。連日の暑さの中、投手をどう起用するかは各校に共通した宿題となった。
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沖縄尚学は連覇の懸かった夏を、初戦の1敗で終えた。末吉、新垣、久髙の3投手と主将の山川はいずれも3年生で、この夏のマウンドと本塁を守った顔ぶれは今大会が最後となった。比嘉監督は「負けはしましたが、自分たちの力を一人一人出すことはできたんじゃないかなと思います」とナインをねぎらった。優勝旗を返しに来た一年の重みは、そのまま次の代へ渡る。
[文/構成 by スポーツライター 高瀬翔吾]





































































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