MEDIA DOGS

永島龍さん、9月10日に永眠と家族が報告 志尊淳が追悼「天国でゆっくり休んでね」

永島龍さん、9月10日に永眠と家族が報告 志尊淳が追悼「天国でゆっくり休んでね」

時間がない人向けの30秒で理解ゾーン

小腸がんステージ4を公表し、SNSで闘病の日々を発信してきた永島龍さんが9月10日に亡くなった。28歳だった。家族が本人のInstagramで報告し、2025年の「24時間テレビ48」で永島さんを取材した俳優の志尊淳(31)は、Instagramのストーリーズで追悼の言葉を寄せている。

↓ 詳細が気になる方は、このまま下へ ↓

家族が本人のInstagramで「安らかに永眠」と報告

訃報が明らかになったのは9月15日。永島さんのInstagramに「家族一同」の名義で声明が掲載され、ファンや支援者に向けて亡くなったことを伝えた。

声明は「いつも応援してくださっている皆さまへ。」で始まる。「突然のご報告となりますが」と前置きしたうえで、9月10日の7時47分に「永島龍が安らかに永眠いたしました」とつづった。

続く文面では、永島さんが病気と向き合いながら家族との時間を大切にし、多くの人に“生きること”や“家族の大切さ”を伝え続けてきたと記している。「ここまで頑張ることができたのは、皆さまからいただいた温かい言葉や応援があったからこそです」。応援への感謝を本人に代わって伝え、「本人に代わり、家族一同、心より御礼申し上げます」とつづっている。

終盤には短い一文がある。

「最後まで彼らしく、精一杯生き抜きました」。声明は最後に、これまで永島さんを応援してきた人たちへもう一度礼を述べて終わる。死因や葬儀の日程には触れておらず、家族からそれ以上の説明は出ていない。

26歳で小腸がんステージ4と診断

永島さんは1998年7月11日生まれ。「ながっしー」の名前で、YouTubeやInstagramなどのSNSに闘病生活の様子を投稿していた。

病気が分かったのは2025年2月だった。当時26歳で、診断は小腸がんのステージ4。そこから約2カ月後の同年4月には第1子が生まれ、父親になったばかりの日々と治療を並行する生活が始まる。闘病の現実を前向きに伝えながら、家族と過ごす“今”を大切にする。多くの人に少しでも勇気と希望を届けたいという姿勢が、見る人の共感を集めていた。

小腸がんはどんな病気なのか。

国立がん研究センターのがん情報サービスによると、小腸は胃と大腸の間にある長さ6〜7メートルほどの消化管だ。小腸がんは人口10万人あたり6人未満しか診断されない「希少がん」に分類される。多くの場合、早期には症状が出ない。十二指腸より奥は通常の胃カメラでは観察できないため早期発見が難しく、進行した状態で見つかることが多いと説明している。

亡くなる約2週間前の2026年8月27日にも、永島さんはInstagramを更新していた。家族旅行を楽しんで帰宅したあと、旅行前から出ていた吐き気が旅先で強まり、鼻から管を入れることになったと報告。処置のつらさを率直に明かしながら、「頑張った。いつこの管が抜けるかわからないけどね」と書き添えている。発信はその後も続いた。亡くなる2日前の9月8日には、自身のYouTubeチャンネルに「今のカラダの状態は?」と題したショート動画を公開し、体のだるさで寝込む日が続いていることや、呼吸がしづらい状態にあることを明かしていた。体調が厳しい時期にも、自分の言葉で近況を伝えていた。

志尊淳「龍くんが残したもの、忘れません」

訃報を受け、志尊は9月15日にInstagramのストーリーズを更新した。家族による永島さんの報告投稿を引用し、「龍くん」と呼びかけてメッセージをつづった。

「龍くんの頑張る姿に、言葉に、笑顔に何回も背中を押されました」。取材する側だった志尊自身が、永島さんから励まされてきたことを明かす一文だ。前を向き続ける姿に心配になる時もあったと打ち明けつつ、「戦い続ける龍くんが残したもの、忘れません」と書き、「本当に本当にありがとう」と感謝を重ねた。

最後は「天国でゆっくり休んでね。ご冥福をお祈りします」と結ばれている。

「龍くん」「淳くん」と呼び合った24時間テレビの取材

2人を結びつけたのは、2025年8月30日から31日にかけて日本テレビ系で放送された「24時間テレビ48-愛は地球を救う-」の企画だった。志尊は同年6月6日、番組のチャリティーパートナーに就任したと発表されている。チャリティーパートナーは、災害復興や障がい者支援などそれぞれのテーマで番組の企画に参加し、現地取材に取り組む役割。同じ年には俳優の浜辺美波もこの役を務め、総合司会は前年に続いて上田晋也、羽鳥慎一、水卜麻美アナウンサーが担当した。番組テーマは「あなたのことを教えて」だった。

志尊が参加を決めた背景には、自身の大病がある。就任発表の4年前、26歳だった2021年に前触れなく心臓の病気である急性心筋炎を患い、一時はICUに入るほどの入院生活を送った。その経験を踏まえ、「自分が経験したことも含めて、番組を通して何か皆さんの力になれたら」と就任時に語っている。

26歳で命に関わる病気と向き合った俳優と、26歳でがんを告げられた青年。番組が志尊の取材相手に選んだのが永島さんだった。就任発表の時点で、永島さんはSNSで闘病のありのままを前向きに発信し、「命の尊さ」と向き合いながら生きる26歳の男性として紹介されている。志尊は闘病中の本人と向き合い、ロケやインタビューを行っている。

初めてのロケは永島さんの自宅で行われた。2人は“龍くん”“淳くん”と呼び合い、同年代で野球とキックボクシングという共通点もあって、和やかな雰囲気でインタビューが進む。志尊が冒頭で、話したくないことがあれば教えてほしいと気づかうと、永島さんは「むしろうれしいんですよ。話を聞いてもらえることが」と応じた。

志尊は当時、永島さんについて「本当にとても明るい人」と語り、「全力で生きている彼に、僕も全力で向き合って」伝えたいことを手助けしたいと意気込んでいた。「闘い続けている龍くんに、何か少しでも力になれることがあれば」。就任発表のころ、志尊は自身のInstagramにも永島さんとの2ショット写真を載せ、取材への思いをつづっている。

発信を続けた約1年7カ月

2025年2月の診断から亡くなるまでは約1年7カ月。その間には全国放送の番組で闘病の姿が紹介され、本人もSNSでの発信を続けた。

家族の声明にあった“生きること”と“家族の大切さ”という言葉は、永島さんが画面の向こうに届けようとしてきたテーマと重なる。2025年春に父親となり、亡くなる直前の夏にも家族旅行に出かけた。その一方で、治療のつらい場面も自分の言葉で伝えている。

志尊が引用したのは、その家族からの報告だった。番組の取材で出会い、互いを“龍くん”“淳くん”と呼んだ2人。志尊は最後のメッセージでも、その呼び名で永島さんに語りかけた。

[文/構成 by MEDIA DOGS編集部]

寄稿者

MEDIA DOGS 編集部
メディアドッグス株式会社のMEDIA DOGS 編集部チーム。インターネットマーケティングに約10年携わるメンバーで編成し、企画・取材・執筆から公開後の改善まで一貫して担当。「出会いを、設計する。」のもと、人と企業が正しく出会える場をつくるために、一次情報の確認とファクトチェックを徹底。情報をわかりやすく誠実に届け、読者の疑問を解決します。

コメントはこちら

*
*
* (公開されません)

日本語が含まれない投稿は無視されますのでご注意ください。(スパム対策)

ライフハック/実用

More

グルメ

湯気の立つホットケーキ風の蒸しまんを割った断面から、つぶあんとバター色のフィリングがのぞく様子

ホットケーキまん、あんバターが9月15日発売 ファミマ全国約1万6500店で税込...

ファミマの「森永製菓監修ホットケーキまん(あんバター)」が9月15日に全国約1万6500店で発売された。税込190円。井村屋のつぶあんとバターフィリングを包んだ中身、6年目・累計700万食のシリーズの歴代価格、今季の中華まんとの価格比較をま...
More

エンタメ

More

社会/ニュース

More

旅行/スポット

More

ファッション/ビューティー

More
Return Top