沖縄の新知事・古謝玄太の昭和薬科大附属高→東大→総務省の経歴とルーツ 父は宮古島出身の医師、実家は老舗「古謝そば屋」…”沖縄を、前に。”を掲げるエリート官僚の原点を辿る

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沖縄県知事選が9月13日に投開票され、元那覇市副市長の古謝玄太氏(42)が現職の玉城デニー氏(66)らを破り初当選を確実にした。那覇市首里生まれ、昭和薬科大学附属高校から東京大学、総務省官僚を経て那覇市副市長に至った経歴を軸に、父の郷里・宮古島とのルーツを辿る。学歴・職歴の年表と、老舗そば店に連なる家のルーツを整理する。
本土復帰後生まれ初・最年少の知事誕生、辺野古は容認の立場
沖縄県知事選は9月13日に投開票され、自民、維新、国民民主、参政、保守に公明党沖縄県本部を加えた6党が推薦した無所属新人の古謝玄太氏が、3選を目指した現職の玉城デニー氏ら5人を破り初当選を確実にした。当選確実の一報が出たのは投票締め切り直後の午後8時だった。
古謝氏は1983年10月23日生まれ、那覇市首里石嶺町の出身。1972年の沖縄本土復帰後に生まれた世代として初めて知事の座に就く。県政史上最年少での就任でもある。任期は9月30日から4年間となる。
選挙戦では「沖縄を、前に。」を掲げ、観光・健康・環境・海洋・起業の5分野を軸に県民所得の底上げを訴えた。米軍普天間飛行場の名護市辺野古への移設は容認する立場を示し、2014年7月の埋め立て着手以降、現行計画を容認する候補が知事選で当選するのは初めてとなる。当選後、古謝氏は「146万県民の思いをしっかり受け止める」と述べ、政府には普天間飛行場の返還期日の明確化を求めていく考えを示した。
首里で育ち、野球部で過ごした昭和薬科大附属高時代
古謝氏は那覇市立石嶺小学校、石嶺中学校を経て、昭和薬科大学附属高校に進んだ。在学中は野球部に所属し、部活動に打ち込んだ。高校卒業後は東京大学理科二類に合格し、上京する。
東京での学生生活では、学業と並行して故郷とのつながりづくりにも取り組んだ。在学中の2002年、古謝氏は東京大学沖縄県人会を立ち上げ、初代会長を務めた。故郷を離れた沖縄出身の学生同士がつながる場を、自らの手でつくった。2006年に東京大学薬学部を卒業した。
総務省入省から那覇市副市長まで、18年間の歩み
薬学部を出た古謝氏が選んだのは、製薬業界でも医療現場でもなく総務省だった。公式サイトによると、薬学部出身者としては初めて、沖縄県出身者としては50年ぶりの入省だったという。以来、中央省庁・地方自治体・民間企業を渡り歩くキャリアを積んだ。
| 年 | 出来事 |
|---|---|
| 2008年 | 総務省入省、岡山県庁(市町村課)に出向 |
| 2010〜2012年 | 総務省 情報流通振興課・調整課 |
| 2013年 | 内閣官房副長官補付 |
| 2014〜2018年 | 長崎県庁で観光・国際・文化・財政の各課長を歴任 |
| 2019年 | 復興庁参事官補佐 |
| 2020年 | NTTデータ経営研究所でスタートアップ育成事業を立ち上げ |
| 2022年 | 参院選沖縄選挙区に出馬するも落選 |
| 2022年12月〜2026年2月 | 那覇市副市長 |
| 2026年9月13日 | 沖縄県知事選で初当選確実 |
長崎県では複数の課長職を経験し、地方行政の実務を積んだ。2019年の復興庁勤務では東日本大震災からの復興業務に携わり、2020年には民間のシンクタンクへ転じてスタートアップ支援の枠組みづくりに取り組んだ。国・地方・民間を横断したこの経歴が、選挙戦で掲げた経済政策の土台になっている。
2022年の参院選沖縄選挙区では27万1347票を集めたが及ばず、その年の12月に那覇市副市長に就任した。副市長時代には、第5子の誕生に合わせて1カ月の産後パパ育休を取得している。特別職には本来この制度は適用されないが、那覇市が制度を準用する形で取得を認めた。知念覚市長は「当然ですよ」と述べ、取得を後押しした。知事選出馬のため、古謝氏は2026年2月に副市長を退いた。
父は宮古島出身の医師、実家は老舗「古謝そば屋」
那覇市首里で生まれ育った古謝氏だが、ルーツをたどると宮古島に行き着く。琉球新報によると、父は医師で、実家は宮古島市の老舗そば店「古謝そば屋」だという。母は広島県の出身で、両親の出身地が異なる家庭で育った。
古謝そば屋の歴史は古い。公式サイトによると、創業は1932年。創業者の古謝将功が宮古島・平良で手打ちそばの食堂を始めたのが始まりだ。1943年には戦禍を避けて台湾へ疎開して一度閉店したが、1946年に宮古島へ戻り、友人の支援を受けて営業を再開した。当時は小麦粉を家庭への配給品と交換して仕入れていたという。将功の長男・古謝将和が1953年に下里通りへ支店を出すと、ジュークボックスを置いた新しさもあって繁盛したと伝わる。1978年に製麺と食堂を分業化し、2004年に新店舗を構えて現在に至る。
宮古島への思いは、古謝氏自身の言葉にも表れている。2022年に参院選へ出馬した際、宮古毎日新聞の取材に「本日、墓参りから始めさせてもらい、ご先祖に挑戦を報告した。改めて宮古のルーツを感じた」「宮古は私の古里として非常に大切に思っている」と語った。今回の知事選でも宮古島入りし、支持者に手を振る姿が報じられている。
家族は鳥取県出身の妻・亜希子さんと、四女一男の7人家族。子育てと公務の両立に取り組んできた歩みや、選挙戦での妻の応援演説については妻・亜希子さんの”熱すぎる応援演説”を追った記事に詳しい。
就任は9月30日、問われる”経済前面”の実行力
古謝氏の任期は9月30日に始まり、4年間続く。総務省・長崎県・復興庁・民間企業という異色の経歴を持つ知事の誕生は、沖縄の県政運営にどのような変化をもたらすのか。
辺野古移設を容認する知事の誕生は、政府と沖縄県の関係にとって節目となりそうだ。一方で、選挙戦で掲げた「県民所得の底上げ」をどう実現するかも問われる。宮古島にルーツを持つ官僚出身の知事が、離島振興や地域経済の立て直しにどう向き合うのか。
[文/構成 by さとう つづり]





































































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