甫木元空とは何者か 夏帆の結婚相手で映画監督×音楽家×小説家”三刀流”の多才すぎるプロフィールと経歴を徹底解説

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甫木元空(ほきもと・そら)は1992年埼玉県生まれの映画監督・音楽家・小説家で、バンド・Bialystocksのボーカルを務める。2026年9月15日には俳優の夏帆が甫木元との結婚を発表した。7月には初の日本武道館公演で約1万人を動員し、菅田将暉の初監督映画に脚本で参加することも発表されている。
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夏帆が結婚を発表、お相手は甫木元空
俳優の夏帆(35)が2026年9月15日、自身の公式サイトで甫木元空(34)との結婚を発表した。夏帆は東京都出身で、スターダストプロモーションに所属する。
発表文には自筆の署名が添えられていた。「これからは家族としてお互いの健康を第一に考え、一つ一つのご縁を大切にしながら、より一層創作活動に励んでまいります」。夏帆はそうつづり、「皆様には温かく見守っていただけますよう、今後ともよろしくお願い申し上げます」と結んでいる。
二人の出会いの時期やきっかけは、発表では明かされていない。ただ、甫木元が監督を務めた映画『BAUS 映画から船出した映画館』(2025年公開)には夏帆も出演している。
夏帆の結婚相手となった甫木元は、映画監督、音楽家、小説家の三つの顔を持つ。その歩みを、生い立ちからたどっていく。
舞台演出家の父とピアノ講師の母のもとで
甫木元空は1992年2月、埼玉県に生まれた。育ったのは人口約1万人の越生町(おごせまち)。父は舞台演出家、母はピアノ講師で地元の合唱団も指導していた。
創作の現場は幼い頃から日常だった。母が小学校で子どもたちに読み聞かせをする際にはついていき、ケーブルをさばいたりマイクを取り付けたりした。父が海外で舞台演出の仕事をするときにも同行し、「フェーダーはこのときに上げろ」と指示を受けながら音響スタッフとして働いた。J-WAVEのインタビューで甫木元は「完全に裏方として働かされていました」と笑っている。
思春期には反抗心も芽生える。「またこの演目か」「親に指示されるのはイヤだ」と感じるようになった。だが中学1年のとき、父が初めて中国で上演する現場に同行したことが転機になる。「異国でものを届けるために、違う国のひとたちとものづくりをする大変さを目の当たりにした。反抗なんてしていられない現場だった」。同じインタビューでそう振り返った。
屋久島のマンゴー農園から美大へ
大学受験のエピソードがまた独特だ。多摩美術大学に、”旅をして得たものをゆうパックで送って、受かったら合格”という入試方式があることを知り、受験を決める。周囲の受験生は美大予備校で準備を重ね、「猫にとっての旅」を知るために近所の猫を追いかけてその動線を地図にするような企画性の高い作品を仕上げていた。甫木元は屋久島に行ってマンゴー農園で働き、撮った写真を送った。「たまたま受かってしまったんです」とJ-WAVEの番組で語る。
入学後に映像演劇学科を選択。3年生のとき、講師として赴任してきた映画監督・青山真治と出会う。このとき甫木元は父と死別していた。亡き父が生まれてから幼稚園の頃まで毎日撮り続けたホームビデオの膨大な素材を再編集し、最後に現在の自分が登場して歌う卒業制作『終わりのない歌』を制作。2014年の第26回東京学生映画祭で準グランプリを受賞した。
青山真治という恩師
甫木元のキャリアを語るうえで、映画監督・青山真治の存在は欠かせない。
卒業制作を見た青山は甫木元にこう言った。「卒業した後、どうするんだ」。「監督か……バイトっすかね」と答えると、「何も決まっていないなら脚本と劇伴を持ってこい」。ここから二人の師弟関係が始まる。
甫木元は毎週のように青山の事務所にCDを持参した。ただし青山はデータで音楽を聴かない人だったため、目の前で一緒に聴くしかない。TOKYO FMで甫木元は「あれは地獄の空間でした」と笑いながら打ち明けた。聴き終わると青山は「あー」と言って、「まあ、とりあえず違う曲聴くか」。否定でも肯定でもない、独特の距離感だった。「負の感情も含め、青山さんもどういう言葉をかけたらいいか、いろんなことを考えてくれていたのだと思います」。
この指導のもと、2016年、青山真治と仙頭武則の共同プロデュースで長編映画『はるねこ』が完成する。監督・脚本・音楽のすべてを甫木元が手がけた監督デビュー作だ。翌2017年にはロッテルダム国際映画祭のコンペティション部門に出品され、オランダでは「今年一番の変わり種」と紹介された。北米最大の日本映画祭「ジャパン・カッツ」にも招待される。
三本の映画、三つの死
甫木元の映画には、すべて”誰かの死”がテーマとして横たわる。
1本目の『はるねこ』は父の死。2本目の『はだかのゆめ』(2022年公開)は母の死。2017年に母の余命宣告を受け、祖父と母が暮らす高知県四万十町に移住した経験が原点になった。J-WAVEで甫木元はこう語る。「母が亡くなる直前、もうカメラを向けられなくなってしまって。死にゆくさまを撮ることは、自分にはできなかった。だから、個人的な話だけれど、少しでも風通しがいい”作り物”にしたかった」。
3本目の『BAUS 映画から船出した映画館』(2025年公開)は恩師・青山真治の死。2022年3月に青山が逝去し、青山が温めていた脚本を甫木元が引き継いだ。吉祥寺に実在した映画館「バウスシアター」の約100年を描くこの作品は、染谷将太、峯田和伸、夏帆が出演し、2026年の第39回高崎映画祭で新進監督グランプリを受賞した。
「青山さんだったらこう撮るかな、ということはいったん忘れて、自分だったらどうできるかを考えた。中途半端になることがいちばん失礼だと思った」。甫木元はJ-WAVEのインタビューでそう話す。
“臨時メンバー”から武道館へ
音楽家としてのキャリアは、映画から生まれた。
2019年、『はるねこ』の劇伴を生演奏で再現するイベントを企画した際、半年前に知り合ったキーボーディストの菊池剛に声をかけたのがBialystocks結成のきっかけだ。「最初は臨時メンバーだった」と甫木元はTOKYO FMで振り返る。「やってみたら楽しかったので、もうちょっと延長しようという軽いノリで」。音楽業界の知識はゼロに近く、「アルバムを作らないと話題にならないらしいぞ」「シングルの後にアルバムを出すのがいいらしい」と周囲に聞きながら、ゼロから学んだ。
2022年11月、ポニーキャニオンのレーベルIRORI Recordsからメジャー1stアルバム『Quicksand』をリリースしてメジャーデビュー。ここから快進撃が始まる。
2025年には全国19カ所を巡る「二人編成ツアー 2025」を開催し、全公演ソールドアウトを記録。年末から年始にかけてはサポートメンバー5名を迎えた7人編成の「2+5 ツアー」も成功させた。
2026年に入ると大型タイアップが続く。1月にはTVアニメ『違国日記』のエンディングテーマ「言伝」、2月にはフジテレビ水10ドラマ『ラムネモンキー』の主題歌「Everyday」を配信リリースし、劇伴も担当。5月にはテレビ朝日の報道番組『サタデーステーション』のテーマ曲「一瞬」を発表した。
そして2026年7月15日、初の日本武道館公演。ステージ後方まで客席を開放した360度レイアウトの会場に約1万人を動員し、チケットは先行受付の段階で予定枚数に達した。ポニーキャニオンが公式に発表している。
ライブの特徴も話題を呼んだ。MCは最後の挨拶のみ。映像演出もない。約2時間、ひたすら演奏だけが続く。音楽メディアReal Soundのライブレポートは「MCや映像に頼ることなく、巧みな照明技術とアンサンブルで絶景を作り上げていく」と伝えている。
10日後の7月25日にはFUJI ROCK FESTIVAL ’26のグリーンステージに初出演。J-WAVEの番組で甫木元は「大学生のころに一度、友人と車でフジロックに行ったことがある。そのときは音楽をまったくやっていなかった」と明かした。
MVで繋がる菅田将暉との縁
甫木元と菅田将暉の関係は、一本のミュージックビデオから始まった。
2023年、日本テレビ系ドラマ『最高の教師 1年後、私は生徒に□された』の主題歌「ユアーズ」のMV監督を甫木元が務める。菅田は公式YouTubeで「最高の監督・甫木元空くん」とコメントした。
翌2024年7月には菅田のアルバム『SPIN』に甫木元が「二つの彗星」を作詞・作曲で提供。音楽メディアBezzyに寄せたコメントで、甫木元は制作を「どんな図形を描いても面白がってくれる菅田くんに甘えさせてもらいながら、西田修大さん、タイヘイさん、みんなでワイワイ曲を制作する事ができた贅沢な時間でした」と振り返っている。
この関係が、さらに大きなプロジェクトへつながる。
菅田将暉の初監督映画に脚本で参加
2026年9月7日、菅田将暉が長編映画の初監督と主演を務める『死の谷’95』の制作が発表された。共同監督は演出家の山田健人で、2027年公開予定。原作は、2022年に逝去した青山真治が遺した長編小説だ。脚本には甫木元空が参加する。
菅田は発表に寄せたコメントで「青山真治監督は、僕の人生を変えた人です。また一歩思わぬ方向へ、人生を変えられてしまいそうです。嬉しいやら悲しいやらもうぐっちゃぐちゃです」と明かし、「そんな想像を絶する旅に、山田健人を巻き込み、元々、青山真治に人生を翻弄されている甫木元空も巻き込み」と続けた。
甫木元にとっても青山真治は大学時代からの恩師にあたる。MVの監督、楽曲の提供、そして映画の脚本。甫木元と菅田の接点には、青山真治という一人の映画監督の存在が重なっている。10月にクランクインの予定だ。
小説家としての顔
映画と音楽に加え、甫木元は文筆の分野にも足を踏み入れている。
2023年、文芸誌「新潮」3月号に初の小説「はだかのゆめ」を発表。同年10月には新潮社から単行本として刊行された。高知県の四万十川のほとりで祖父と暮らす青年を描く物語で、母の余命宣告を受けて移住した自身の体験が出発点になっている。
2026年4月からは中日新聞カルチャー面のコラム「エンタ目」の執筆も担当する。映画監督、音楽家、小説家。三つの肩書を同時に持つクリエイターは日本の芸能・文化シーンでも珍しい。
「答えはない」、それがおもしろい
「映画を作っているときに音楽のアイデアが浮かんだり、音楽を作っているときに映画のアイデアが浮かんだりする。それぞれが俯瞰するための道具になっている感覚がある」。J-WAVEの番組で甫木元はそう話した。
年内には4枚目のアルバムをリリース予定。12月からは全国8都市9公演のホールツアー「Bialystocks New Album Tour 2026-2027」が控える。J-WAVEの別の出演回では「実はアルバムが全然できていなくて、タイトルがまだで」と笑っていた。
高畑充希の12年ぶりのアルバム『I’m All Yours』(11月発売予定)への楽曲提供も決まった。甫木元と菊池剛が作詞、菊池が作曲を手がけた「マニー」が収録される。
あいみょんの「ざらめ」、松村北斗(SixTONES)の「憧憬のアーチ」のMV監督も手がけており、仕事の幅は広がり続ける。
創作の原点を問われたとき、甫木元はこう答えた。「”答えはない”ということが、僕は学生の頃、いちばん背中を押された。誰も正解ではないし、このとおりにやったら成功するというものもない。それがおもしろい」。
[文/構成 by さとう つづり]

































































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