安青錦、名古屋場所の巴戦を制し3場所ぶり3度目の優勝 大関特例復帰と同時のVは史上初

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安青錦(22)=安治川=が7月26日の名古屋場所千秋楽、優勝決定巴戦を制して3場所ぶり3度目の幕内優勝を果たした。大関特例復帰の資格がかかる場所での優勝は史上初めてのケースとなる。ウクライナ出身の関脇が、けがによる陥落からわずか1場所で頂点に戻った。
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巴戦2連勝、3場所ぶり3度目のV
名古屋場所千秋楽の本割で、熱海富士が安青錦を押し出しで下した。押し出しは相手の体を土俵の外へ押し切る決まり手で、この一番までもつれ込むほど両者は互角の攻防を続けていた。これで両者は12勝3敗で並んだ。同じ星取りで追いついたのが大関の霧島で、この日は琴桜との一番を制していた。3人が横一線に並ぶ優勝決定巴戦は、9場所ぶりの一戦となった。
巴戦は3人が入れ替わりで対戦し、先に2連勝した力士がその時点で優勝を決める方式だ。まず熱海富士と霧島の一番から始まった。先に勝ち上がったのは熱海富士、押し出しでの白星。続く二番目は安青錦と熱海富士、本割のリベンジとなった一戦を安青錦が寄り切りで制した。寄り切りは相手のまわしを引きつけながら土俵の外まで運び切る技だ。三番目の安青錦対霧島も同じく寄り切りで勝負がつき、安青錦の2連勝で優勝となった。
安青錦にとっては3場所ぶり3度目の幕内優勝だ。初優勝は2025年11月の九州場所、2度目は新大関として迎えた2026年1月場所。今回の3度目は、負け越しが続いて陥落した関脇の地位からつかんだ一冠だった。優勝インタビューで安青錦は「やり切ったなって感じです」と短く語った。骨折と全休で長期の戦線離脱を経験しただけに、感慨のこもった一言だった。
骨折と全休、大関から陥落した半年
安青錦は初土俵からわずか14場所で大関に昇進した。大関は横綱に次ぐ地位で、限られた力士しか到達できない番付の上位だ。十両を経て幕内に入り、小結、関脇と番付を駆け上がったスピードは、1958年に現在の年6場所制が始まって以降、最も早い出世だった。
だが、大関の座は長くは続かなかった。2026年3月場所の最中に左足の小指と尾てい骨を骨折し、7勝8敗で負け越した。5月場所は左足首の負傷で全休となり、2場所連続の負け越しが確定する。大関は2場所連続で負け越すと関脇に降格する規定があり、安青錦もこの規定に従って番付を落とした。わずか1場所で駆け上がった頂点から、けがで短期間のうちに陥落した。
もっとも、大関経験者には復帰の道も残る。陥落から2場所以内に10勝以上を挙げれば、大関に戻れる特例復帰の制度だ。名古屋場所は、安青錦にとってその資格がかかる最初の場所だった。関脇として迎えたこの一番に懸かっていたのは、番付の行方そのものだった。
ウクライナから土俵へ、安治川部屋入門までの道
安青錦の本名はダニーロ・ヤブグシシン、ウクライナ中部ヴィンニツァ州の出身だ。来日の転機は2022年2月、ロシアによるウクライナ侵攻だった。「やるなら今しかない」。安青錦はそう考え、ドイツへの一時避難を経て来日を決断したという。
きっかけは2019年、堺市で開催された世界ジュニア選手権にさかのぼる。この大会で関西大学相撲部主将だった山中新大氏と知り合ったことが縁となる。関大相撲部での稽古を経て、安治川部屋に入門した。まわしの締め方も土俵の作法も一から学ぶ環境で、角界の道を歩み始めた。
角界に入ってからの歩みも速い。2023年秋場所で初土俵を踏むと、2024年九州場所で新十両、2025年春場所で新入幕、同年秋場所で新小結、同年11月の九州場所で新関脇に昇進すると同時に初優勝を果たした。十両を経て幕内へ、そして小結、関脇を経て大関へと、ウクライナ出身の一人の力士がわずか数年で駆け抜けた。2026年初場所では新大関としての初陣を迎え、その場所でいきなり優勝を果たしている。
特例復帰と優勝、史上初の組み合わせ
大関特例復帰の制度は、以前からある仕組みだ。ただし、陥落からすぐに大関の力を取り戻せる力士は多くない。この制度で大関に復帰した力士は過去に6人、7例を数え、複数回この特例復帰を果たした力士もいる。だが、その復帰がかかった場所で優勝まで果たした例は、これまで一度もなかった。安青錦は、これを史上初めて成し遂げた。
2場所連続の負け越しで陥落してから、わずか1場所での優勝は、安青錦の地力の高さを示す。けがの回復途上だったが、千秋楽の本割で熱海富士に敗れてもなお、巴戦の2番を寄り切りで連取した。勝負どころでの集中力の高さが、そのまま結果に表れる。大関を退いてからの1場所で番付を戻すだけでなく、優勝までたどり着いた力士は、これまでいなかった。
番付発表は9月、大関としての再出発
安青錦は今回の結果で、大関への復帰を確定させた。番付への反映は9月場所からとなる。陥落からわずか1場所での復帰は、大関という地位の重みをあらためて示した。
初土俵からおよそ3年で幕内優勝3回、大関昇進、そして陥落からの特例復帰と優勝。ここまでの道のりを、ウクライナから来日した一人の若い力士が駆け抜けた。関大相撲部での稽古を経て角界に飛び込んだ安青錦は、けがを乗り越えて番付の頂点に近い場所へ戻ってきた。次の番付で、その名は再び大関の欄に並ぶ。
[文/構成 by スポーツライター 久遠(KUON)]






























































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