関蓮太郎、巨人入団の意思を表明 甲子園でなくプロを選んだ理由、4月から寮生活で高校に通う進路と契約金の扱い

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巨人から育成ドラフト5位で指名された中学3年の関蓮太郎捕手(14)が11月4日、指名あいさつを受けて会見し、入団の意思を表明した。この記事では、甲子園でなくプロを選んだ理由と、来年4月から始まる寮生活と高校との両立、育成契約での契約金の扱いに絞って伝える。
学ラン姿で会見、入団の意思を表明
関は4日、川崎市内のホテルで巨人の指名あいさつを受けたあと、所属する多摩川ボーイズの大森剛代表と並んで会見に臨んだ。学ラン姿での登場で、報道陣はおよそ60人に上ったと報じられている。
第一声は「みなさんどうもおはようございます」。すぐに「みなさんどうもこんばんは」と言い直し、会場の笑いを誘った。冒頭のあいさつの締めくくりには「中学生ですのでご質問はお手柔らかにお願いします」と付け加えた。
入団の決断について、関は「自分の目標であるプロ野球選手や一流選手になりたいという考えから、このような道を選ばせていただきました」と説明した。指名直後の心境は「最初はビックリしましたが、だんだん頑張っていくぞという気持ちに変わっていきました」と明かしている。
川崎市立向丘中学校の3年生で、2011年12月26日生まれ。179cm・82kgの右投げ右打ちの捕手だ。10月22日のドラフト会議で、巨人が育成5位で指名した。14歳9か月での指名はドラフト史上最年少で、中学生の指名は育成ドラフトを含めて史上初となった。
小学6年でジャイアンツジュニアに選ばれ、中学では巨人のジュニアユースにあたる多摩川ボーイズで主将を務める。今年のU-15野球ワールドカップでは日本代表に入り、捕手部門のベストナインに選ばれた。
関連記事:関蓮太郎、巨人が育成5位で指名した14歳の中学生捕手 辻本賢人の15歳を更新する史上最年少指名、U-15W杯で主将・4番の経歴
甲子園でなくプロへ進路を決めた理由
高校野球に進む道もあった。関自身、その選択肢を考えていたと会見で認めている。
「小6の時にジュニアで初めてジャイアンツのユニホームを着ました」と振り返ったうえで、「甲子園を目指すことも考えたが、ジャイアンツに入るという選択が大きかった」と語った。
決め手に挙げたのは、指導と練習の環境だった。関は「各部門のプロのコーチ、練習環境が整っているなかで、これからの成長を図りたいという思いからこのような道を選ばせていただきました」と語っている。
前例のない道への不安も隠さなかった。
「誰もしたことがないことで不安がありますが、その不安は次の高いハードルだということを考え、周りに相談しながら一歩一歩前に進んでこれからも頑張りたいと思います」。指名後はSNSのフォロワーが5000人ほど増え、知らない人から「凄いね」と言われたというエピソードも披露している。
気持ちを前向きにしたのは、2日にあった指名選手の集まりだった。「先輩方が『お兄ちゃん感覚で来ていいよ』とか、そういう優しい言葉をかけていただいたので、ワクワクという気持ちが今は大きいです」と、緊張が期待に変わった様子を明かした。
4月から寮生活、高校に通いながらプロの練習へ
プロ野球選手としての生活は、中学を卒業した来年4月から始まる見通しだ。報道によると、関はジャイアンツ寮に入り、寮から高校に通いながら、平日は放課後に球団の施設で練習し、土日は3軍に合流するプランだ。来年1月の新人合同自主トレや2月の春季キャンプには参加しない見通しとなっている。
高校に通いながら育てる方針自体は、10月22日の指名直後から球団が示していた。寮から通う形や4月からという時期は、4日の会見で示された。巨人の榑松伸介スカウトディレクターは指名後に「高校には通います」と説明し、「初めてのケースですから手探りの部分はもちろんあると思いますけど」とも話していた。球団も指名後、最終的には1軍の正捕手を狙う人材として長期的に育成していく目標を掲げている。
| 項目 | 4日時点で分かっていること |
|---|---|
| プロとしての活動開始 | 中学卒業後の来年4月からの見通し |
| 住まい | ジャイアンツ寮に入る |
| 学業 | 寮から高校に通う |
| 練習 | 平日は放課後に球団の施設で練習し、 |
| 1月の新人合同自主トレ・ | 参加しない見通し |
| 進学先の高校名 | 明らかになっていない |
高校名のほか、週ごとの具体的な練習日程も、4日時点では明らかになっていない。
育成契約の契約金と年俸はどうなるのか
育成ドラフトで指名された選手は、支配下登録の選手とは契約の仕組みが異なる。
| 項目 | 育成選手の扱い |
|---|---|
| 入団時のお金 | 契約金ではなく支度金が支払われる |
| 背番号 | 3桁の番号をつける |
| 1軍の公式戦 | 支配下選手として登録されるまで出場できない |
| 支配下への切り替え | シーズン中の支配下登録 |
| 契約期間の区切り | 3年以内に支配下登録されなければ、 |
関の支度金と年俸の額は、4日時点で公表されていない。会見に同席した大森代表は「義務教育が終わるまでは、契約を承認する申し出ができないという規定、規約がある」と説明しており、契約の承認を申し出られるのは中学卒業後になる。
育成選手は支配下登録を勝ち取れば1軍の舞台に立てる。一方、登録されないまま3年がたつと自由契約となり、球団と改めて育成契約を結ぶかどうかが判断される。高校生活と並行して、プロのコーチの指導を受けながら支配下の枠を目指す日々が始まる。
目標は阿部慎之助氏とバレンティン、松井監督も「責任を持って」
会見で色紙に書いた言葉は「バレンティン超え!」。ヤクルトでプレーし、シーズン60本塁打のプロ野球記録を持つウラディミール・バレンティンを目標に挙げ、「昔の選手ですが、バレンティン選手。ホームランを60本打ったり長打を打てる選手が目標で尊敬しています」と語った。
捕手として目指す姿は、巨人で長く正捕手を務めた阿部慎之助氏だ。「自分は将来的に打てるキャッチャーになりたいので、阿部慎之助さんが目標という形になります」と話している。
10月に就任が発表された松井秀喜監督の印象も聞かれた。関は「僕が小さい頃にすごい選手と思ってたので、いざ監督になったときはビックリしました。打席で考えて打っていたりしていて、魂がこもった人という(印象)はあります」と答え、「これから時間があればプレーとか打撃とか聞きたいなと」と続けた。
松井監督は同日、秋季キャンプの練習後の取材で「彼にとってこの選択が、ここでプロの中に入っていく決断が、数年後に良かったなと言える形になると良いし、我々が責任を持ってそうなるようにしたい」と話した。
来年3月の中学卒業まで、残りは4か月余り。12月には15歳の誕生日を迎え、来春からジャイアンツ寮で高校とプロの練習を両立する生活が始まる。
[文/構成 by ライター 凪]








































































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