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水谷八重子さん87歳で死去「愛しているから別れます」流行語を生んだ大女優の波乱万丈すぎる人生

水谷八重子さん87歳で死去「愛しているから別れます」流行語を生んだ大女優の波乱万...

劇団新派の女優・二代目水谷八重子さんが8月28日、肺炎のため87歳で死去。ジャズ歌手として紅白に4年連続出場し、「愛しているから別れます」の離婚会見は流行語に。歌舞伎と新派のサラブレッドと呼ばれた大女優の70年の芸歴と、盟友・波乃久里子の追...

水谷八重子さん87歳で死去「愛しているから別れます」流行語を生んだ大女優の波乱万丈すぎる人生

水谷八重子さん87歳で死去「愛しているから別れます」流行語を生んだ大女優の波乱万丈すぎる人生

時間がない人向けの30秒で理解ゾーン

劇団新派の女優・二代目水谷八重子さんが8月28日、肺炎のため87歳で亡くなった。松竹が31日に発表し、葬儀は近親者で済ませたという。ジャズ歌手、紅白出場者、映画スター、新派の看板女優、日本俳優連合理事長と、70年にわたり日本の芸能界を駆け抜けた生涯だった。

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8月28日、都内の病院で息を引き取る

劇団新派の女優・水谷八重子(みずたに・やえこ)さんが8月28日午後0時18分、都内の病院で肺炎のため亡くなった。87歳。松竹が31日に発表し、葬儀・告別式は近親者で執り行ったと説明した。後日、お別れの会を開く予定だという。

水谷さんは今年3月、新派・松竹新喜劇の合同喜劇公演「明日の幸福」(5月、新橋演舞場)の記者会見に出席していた。だが4月22日、松竹が公式サイトで体調不良による休演を発表。代役は久本雅美が務め、ファンの間では回復を願う声が広がっていた。

最後の舞台は2025年2月、南座で上演された新派喜劇公演「三婆」。波乃久里子、渡辺えりと共演した作品だった。

“歌舞伎と新派のサラブレッド”が歩んだ70年

1939年4月16日、東京・青山に生まれる。父は歌舞伎俳優の14代目守田勘彌、母は文化功労者にも選ばれた初代水谷八重子。芸能界では「歌舞伎と新派のサラブレッド」と呼ばれた。

16歳だった1955年、歌舞伎座の新派公演「相続人は誰だ」「八月十五夜の茶屋」で水谷良重の名で初舞台を踏む。同時にビクターレコードからジャズ歌手としてもデビューし、ハスキーで洗練された歌声が人気を集めた。NHK紅白歌合戦には1958年から4回連続で出場している。

テレビの創成期には黒柳徹子、横山道代と並んで「テレビ三人娘」と呼ばれた。日本画の大家・伊東深水の娘である朝丘雪路、洋画家・東郷青児の娘の東郷たまみとは「七光会」を結成し、自ら”七光り”を名乗るユニークさでも話題を集めている。

映画では1957年の「青い山脈」を皮切りに、「悪名」シリーズや「妖刀物語 花の吉原百人斬り」に出演。後者ではNHK映画賞最優秀助演女優賞を手にした。テレビでは「あなたとよしえ」の司会を務め、お茶の間の人気者に。舞台、映画、テレビ、歌、さらには70年代後半に日刊スポーツで競馬コラムを連載するなど、”マルチタレント”の先駆けと評される存在だった。

「愛しているから別れます」──流行語になった離婚会見

人気絶頂の1959年、ジャズドラム奏者の白木秀雄と結婚する。スター同士のカップルとして世間の注目を浴びたが、1963年に離婚。劇作家の菊田一夫が立ち会う中、二人そろって開いた離婚会見の場で発した「愛しているから別れます」は流行語となった。

舞台でも年々、演技の深みを増していく。「滝の白糸」「祇園の女」などの大役を好演し、1978年に菊田一夫演劇賞を受賞。1988年には松尾芸能賞大賞、1993年には芸術選奨文部大臣賞と、新派の看板女優としての評価を不動のものにした。

1979年、母の初代水谷八重子が乳がんのため74歳で世を去る。以後は波乃久里子らとともに「新派四本柱」として劇団を支え、1995年に二代目水谷八重子を襲名した。名実ともに新派の座頭となり、瀬戸内寂聴訳の「源氏物語」朗読ライブや、樋口一葉「大つごもり」の毎年12月の定期上演をライフワークとした。2001年に紫綬褒章、2009年に旭日小綬章を受けている。

盟友・波乃久里子が追悼「本当にほんとうにありがとう」

訃報を受け、60年来の盟友である波乃久里子(80)が追悼コメントを寄せた。

「おねえちゃまに初めて出会ってから66年…家族よりも長く本当の姉妹のようにたくさんの喧嘩もしました」「なのに一旦舞台に上がると阿吽の呼吸…後にも先にもこれはおねえちゃま以外にはいないと思ってます」。コメントは、こう締めくくられた。「面と向かって一度も言ってないかも知れない『お疲れ様でした。本当にほんとうにありがとう…』」

波乃は2023年4月に水谷さんとテレビ朝日系「徹子の部屋」に出演した際、「おねえちゃまに初めて出会ってから66年」と語り、初共演の思い出を振り返っている。2026年4月放送の「徹子の部屋」にも二人で出演し、長年の舞台人生を語り合ったばかりだった。

西田敏行の後を継いだ理事長、わずか2年で

水谷さんにはもう一つ、重い肩書きがあった。2024年10月17日に急死した西田敏行の後任として、同月21日に日本俳優連合の第6代理事長に就任していた。約2500人の俳優が加入する団体のトップが、就任からわずか2年足らずで世を去ったことになる。

今年に入り、芸能界では大物の訃報が続く。水谷さんの死去は、新派の将来を担うリーダーの不在という現実を突きつけている。

70年にわたる芸歴の中で、歌手、女優、司会者、エッセイスト、競馬の馬主、そして俳優連合のリーダーと、いくつもの顔を持ち続けた人だった。お別れの会の日程は後日発表される。

[文/構成 by さとう つづり]

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