西勇輝、今季限りで現役引退 阪神が発表、本人はインスタで「現役を引退することを決断しました」

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阪神タイガースは9月25日、西勇輝(35)=阪神=が今季限りで現役を引退すると発表した。同じ日、西は自身のインスタグラムを更新し「今シーズン限りで現役を引退することを決断しました」とファンに報告している。三重・菰野高から2008年ドラフト3位でオリックスに入り、2018年オフにFAで阪神へ移籍。プロ18年でNPB通算351試合に登板し、127勝113敗、防御率3.10の成績を残した。引退会見は近日中に開かれる。
球団は25日に発表、本人は「悔いはありません」
球団は公式サイトの球団ニュースに「西勇輝選手が今季限りで現役を引退することになりましたのでお知らせいたします」と載せた。発表はこの一文だけだった。
球団の発表に先立ち、複数のスポーツ紙が引退の意向を伝えていた。西は6月の時点で今季限りの引退を決め、球団の了承も得ていた。球団は慰留したが、本人の意思は変わらなかったという。
25日のインスタグラムの投稿は、報道を受けての報告から始まる。
「皆様、いつも温かい応援をありがとうございます。報道にもありました通り、今シーズン限りで現役を引退することを決断しました。」
投稿では監督やコーチ、チームメート、スタッフ、スポンサー、そしてファンへ順に感謝をつづった。「調子がいい時だけではなく、苦しい時も、結果が出ない時も、変わらず届いた声援に何度も背中を押してもらいました」と書き、「18年間の野球人生を振り返って、悔いはありません」と言い切っている。
ただし、まだシーズンは終わっていない。阪神はセ・リーグ首位に立ち、球団史上初のリーグ連覇へ向けて最終盤を戦う。西も投稿の後半で、こう決意を示した。
「今、チームは史上初の連覇に向けて突き進んでいます。僕にもまだ、やるべきことがあります。最後の一球まで全力で腕を振ります。最後の最後までチームのために、自分にできることをすべてやり切ります。」
投稿には「18年間現役生活お疲れさまでした」「阪神でプレーしてくれてありがとう」といったコメントが寄せられた。昨季まで阪神でプレーしたデュプランティエもメッセージを寄せ、「いつかまた道が交差することを願っています」と再会を願った。
顔面神経麻痺を越えて7度の2桁勝利、ノーヒットノーランも
プロ入りの動機は明快だった。親孝行をしたい一心で、「早く1軍で投げて、お金を稼ぎたかった」という。高卒1年目の2009年9月21日、楽天戦で早くも1軍のマウンドを踏んだ。
最初の壁は2年目に来た。2010年に特発性顔面神経麻痺を発症し、何を食べても味がしない日々が続く。「もう投げられへんのかな」と引退すら頭をよぎったが、発症から約2カ月後、かすかに右目が動くのに気づき、やがて医師から完治を告げられた。
翌2011年、プロ初勝利を含む10勝7敗を挙げ、先発ローテーションに定着した。2012年10月8日には、敵地・福岡でのソフトバンク戦で3-0のノーヒットノーランを成し遂げた。NPBの記録では史上87度目の無安打無得点試合で、1990年生まれの西は平成生まれの投手として初めての記録となった。21歳の右腕が、チームの柱へ駆け上がった瞬間だ。
オリックスでは2014年の12勝をはじめ、2015年、2016年、2018年にも2桁勝利を記録。2015年には防御率2.38をマークしている。18年オフ、国内FA権を行使して阪神へ移った。
移籍1年目の2019年は10勝8敗、防御率2.92で、自身初のゴールデン・グラブ賞を手にした。翌2020年は11勝5敗、防御率2.26。移籍から2年続けて2桁勝利を挙げ、通算では7度のシーズン2桁勝利となった。
| 年 | 所属 | 登板 | 勝敗 | 防御率 | 主な出来事 |
|---|---|---|---|---|---|
| 2011 | オリックス | 25 | 10勝7敗 | 3.03 | 初勝利、初の2桁勝利 |
| 2012 | オリックス | 19 | 8勝3敗 | 2.78 | 10月8日にノーヒットノーラン |
| 2014 | オリックス | 24 | 12勝10敗 | 3.29 | 自己最多の12勝 |
| 2019 | 阪神 | 26 | 10勝8敗 | 2.92 | 移籍1年目、ゴールデン・グラブ賞 |
| 2020 | 阪神 | 21 | 11勝5敗 | 2.26 | 2年連続の2桁勝利 |
| 2023 | 阪神 | 18 | 8勝5敗 | 3.57 | チームがリーグ優勝と日本一 |
| 2026 | 阪神 | 8 | 3勝4敗 | 3.29 | 6月4日に通算1500奪三振 |
| 通算 | ― | 351 | 127勝113敗 | 3.10 | 投球回2107回1/3、1506奪三振 |
2023年は18試合で8勝5敗を挙げ、チームの38年ぶりの日本一に加わった。オリックスとの日本シリーズでは、古巣の本拠地・京セラドーム大阪での第2戦に先発。4回途中4失点で敗戦投手となったが、チームは第7戦を制して頂点に立った。
306試合連続先発、先発へのこだわり
西の代名詞は、コーナーを突く制球力と先発マウンドへのこだわりだった。2011年から2024年まで14年続けて開幕ローテーションに入り、2011年10月13日のロッテ戦から積み上げた連続先発登板は306試合に達する。ヤクルトの石川雅規に並ぶ歴代2位タイの記録だ。
「先発で終わりたい」。西はそう語っている。2024年6月21日のDeNA戦では、通算2000投球回に届いた。
歯車が狂ったのは藤川球児監督の1年目、2025年だった。右膝内側側副じん帯の変性と診断され、1軍登板はわずか1試合、4回2/3にとどまった。プロ17年目で初めての大きな故障になる。リハビリを終えても投球の感覚が戻らず、狙ったコースに球がいかない。「ケガがなかったら、多分やめるっていう気持ちになってないと思う」と西は胸の内を語る。
今季は8試合で3勝、節目の1500奪三振
今季は開幕ローテーションを逃したが、4月30日のヤクルト戦で初登板初先発し、5回2失点で617日ぶりの白星を挙げ、この白星から自身3連勝とした。6月4日の西武戦では通算1500奪三振に到達し、NPB史上61人目、阪神の投手では1972年の江夏豊以来となった。
その後は6月14日のオリックス戦を最後に1軍を離れる。8月25日の中日戦で再昇格したものの5回2失点で黒星、9月2日のヤクルト戦は4回途中7安打4失点で降板して敗戦投手となった。これが現時点で今季最後の1軍登板だ。
今季は8試合すべて先発で3勝4敗、防御率3.29。数字の上ではまだ戦える成績でも、本人の判断は変わらなかった。
「大台といわれている数字もある程度獲れたから。後悔はない」。西はそう話している。
引退試合と会見は、連覇争いの最終盤に
引退会見の日時はまだ発表されていない。引退試合は、追加日程として10月6日と7日に組まれた甲子園での広島戦で行われる見込みだ。本拠地最終戦での引退セレモニーも検討されている。球団は今後、西に何らかのポストを打診する方向だという。
今季限りでユニホームを脱ぐ投手、野手はほかにもいる。ドラフト6位から18年を戦った辛島航、日本ハム一筋18年の中島卓也も、同じ時期に引退を表明した。
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「高卒でドラ3から入ってきて、うまくいった方なんじゃない?」。西は自身の18年をそう振り返った。チームのリーグ連覇が懸かる終盤、背番号16が最後にどのマウンドに立つのか。会見での本人の言葉を待ちたい。
[文/構成 by スポーツライター 高瀬翔吾]








































































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