小川淳司、広島の球団副本部長として会見 元ヤクルト監督・GMは来年1月から関東拠点

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広島東洋カープの球団副本部長編成担当に招かれた元ヤクルト監督・GMの小川淳司氏(69)が10月28日、広島市南区のマツダスタジアムで就任会見を開いた。球団は26日に招へいを発表していた。小川氏は来年1月から関東を拠点に活動を始める予定で、会見では「感謝の気持ちでいっぱい」と語り、まずはチームの現状を知ることから始める考えを示した。
69歳での決断、マツダスタジアムで就任会見
会見の場所は、マツダスタジアム内にある球団事務所だった。ヤクルトのGMを2025年限りで退いてから1年足らずで、プロ野球の編成の仕事に戻る。小川氏はオファーへの思いを問われ、「感謝の気持ちでいっぱい」と答えた。
広島から最初に打診があったのは5月だという。小川氏は今季からゴールドジム女子硬式野球部の監督を務めており、就任から間もない時期の話だった。数カ月にわたって悩んだと明かしている。
それでも、この年齢で声をかけてもらえる機会はまずないと考え、受諾を決めた。「この一言に尽きる」。決断の理由を、小川氏はそう言い表した。こうして小川氏は、プロ野球の編成という仕事にもう一度向き合う道を選んだ。
会見では、やるからには必死になってチームと球団の力になれるよう活動したいとも述べ、69歳で新しい球団に身を移す覚悟をにじませた。
26日に発表された「球団副本部長編成担当」
正式な肩書きは「球団副本部長編成担当」だ。広島は10月26日に小川氏の招へいを発表し、あわせて28日に会見を開くと明らかにしていた。球団の編成部門を担う立場で、来季に向けたチームづくりにフロントの側から関わる。
広島の編成部門は、これまで球団OBを中心に組まれてきた。同じセ・リーグのライバル球団で監督とGMを務めた人物を外から迎えるのは異例の人事となる。球団幹部は、小川氏の広い人脈を生かし、情報収集や交渉につなげる役割を期待していると説明している。
招へいの方針は10月上旬に報じられ、松田元(はじめ)オーナーが10月8日にマツダスタジアムで取材に応じて認めていた。その時点では役職名は公表されておらず、26日の発表で肩書きが固まった。
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来年1月から関東拠点、ねらいは首都圏の情報網
小川氏は本拠地の広島に移らず、関東に拠点を置いたまま来年1月から動き始める。招へいが報じられた段階では、1軍と2軍の試合を視察するなどして編成業務に関わる見込みと伝えられていた。
関東を拠点にする理由は、球界の地図を見ると分かる。広島を除く11球団のうち、巨人、ヤクルト、DeNA、ロッテ、西武、日本ハム、楽天の7球団が関東から北に本拠地を置く。関東で動けば、多くの球団の試合や関係者に接しやすくなり、首都圏を中心にした情報網を広げられる。
ただし、担当する業務の細かな範囲(スカウトの統括を兼ねるのかなど)は、10月29日時点で球団から具体的に示されていない。現時点で確認できるのは、編成担当として関東を軸に活動するという点までだ。
「現状を知る」ことから始まる編成の仕事
会見で小川氏が強調したのは、まずチームの今の状況を知ることが大事だという点だった。編成の仕事は、広島の戦力を把握するところから始まる。
難しさとして挙げたのは、球団側と現場の意見をどう合わせて進めていくかという点だ。小川氏はこれを「やっていかなければいけない問題」と表現し、現場とのコミュニケーションを重視する考えを示した。
ヤクルトでGMを務めた6年間、小川氏は監督経験者として現場の考え方を知りつつ、フロントの立場で補強を進めてきた。両方の目線を持つ人物を、広島は編成の中に置こうとしている。
背景にはチームの停滞がある。2026年の広島は143試合を61勝78敗4分けで終え、首位の阪神とは17.0ゲーム差。3年連続のBクラスに沈み、新井貴浩監督が続投する来季に向けて、チームの立て直しが急がれている。
補強の面でも動きは乏しかった。報道によると、広島では2019年7月の楽天とのトレード(三好匠と下水流昂の交換)を最後に、トレードが成立していない。他球団と交渉するには、相手の事情や選手の評価をつかむ情報が要る。関東に拠点を置き、他球団とのつながりを持つ小川氏を迎えた理由もそこにある。補強の手段を広げることが、小川氏に求められる仕事の一つになる。
習志野高のエースからヤクルトの監督・GMへ
小川氏は1957年8月30日、千葉県習志野市の生まれ。習志野市立習志野高等学校ではエースとして1975年夏の甲子園で優勝し、中央大学で外野手に転向した。社会人の河合楽器を経て、1981年のドラフト4位でヤクルトに入団している。1992年に日本ハムへ移り、その年限りで現役を退いた。
引退後はヤクルトでスカウト、2軍コーチ、2軍監督、1軍ヘッドコーチを歴任する。2010年5月、高田繁監督の辞任を受けて監督代行となり、2011年から正式に監督に就いた。1軍の指揮は2度で、各年の成績は次のとおりだ。
| 年 | 順位 | 成績 |
|---|---|---|
| 2010年(監督代行) | 4位 | 59勝36敗3分け(代行期間) |
| 2011年 | 2位 | 70勝59敗15分け |
| 2012年 | 3位 | 68勝65敗11分け |
| 2013年 | 6位 | 57勝83敗4分け |
| 2014年 | 6位 | 60勝81敗3分け |
| 2018年 | 2位 | 75勝66敗2分け |
| 2019年 | 6位 | 59勝82敗2分け |
2019年限りで監督を退くと、2020年からGMとしてフロントに入った。チーム編成のトップとして迎えた2年目の2021年、ヤクルトはリーグ優勝から日本シリーズでオリックスを破り、20年ぶり6度目の日本一まで勝ち進む。2022年もリーグを制して連覇を果たした。GM就任1年目の2020年オフ、ヤクルトは新外国人のオスナとサンタナを獲得し、FA権を持っていた山田哲人、石山泰稚、小川泰弘の3人もそろって残留した。2021年3月には巨人との間で田口麗斗と廣岡大志の交換トレードが成立している。監督として現場の苦しさを知り、GMとして補強を動かした経験は、そのまま広島での仕事に重なる。
GMは6年間務め、2025年12月31日付で退任した。後任はGM特別補佐だった青木宣親氏が務めている。現役時代の所属はヤクルトと日本ハムの2球団で、広島でプレーした経験はない。
今季は女子野球の監督として現場に立っていた。ヤクルトひと筋で長く過ごした指導者が、今度は広島の編成を背負う。来年1月、関東を拠点にした新しい仕事が始まる。
[文/構成 by スポーツ担当ライター 高瀬翔吾]












































































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