湯浅大、インスタで戦力外を報告「本当に幸せでした」 高崎健康福祉大学高崎高等学校から入団9年目

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巨人は2026年10月25日、湯浅大内野手(26)に来季の契約を結ばないことを通知したと発表した。2017年ドラフト8位で高崎健康福祉大学高崎高等学校から入団し、9年目の今季は一軍4試合で無安打。本人は同じ日にインスタグラムで戦力外を報告し、「本当に幸せでした」と9年間への感謝をつづった。今後の進路は未定としている。
「報道の通り、戦力外になりました」とつづった9年間
巨人が10月25日に発表した来季の契約に関する通知は、7人に及んだ。浅野翔吾外野手、北浦竜次投手、宇都宮葵星内野手、鈴木大和外野手、知念大成外野手、三塚琉生外野手の6人は自由契約で、球団は育成選手契約を打診するとみられる。その中で、湯浅だけは来季の契約を結ばない、いわゆる戦力外通告として名前が挙がった。
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報道によると、湯浅は同じ日に自身のインスタグラムを更新した。「感謝の気持ちを書かせてもらいました」と書き出し、「報道の通り、戦力外になりました。ジャイアンツでは9年間という長い様ですごく短い時間でした」と明かす。続けて、9年間でたくさんの人と出会えたとして「携わってくださった方々には本当に感謝しかありません」と記した。
言葉はファンにも向けられた。「応援はどんな時も自分の力になっていました」と感謝を伝える一方、「ジャイアンツの力になれなかった事が悔しいです」と、思うような結果を残せなかった悔しさも隠さない。
投稿は「伝統のあるジャイアンツで野球ができ、たくさんの指導者、先輩、同級生、後輩と出会い本当に幸せでした」と振り返り、再会を願う言葉と「ありがとうございました」で結ばれている。湿っぽさを残さない、明るい締めくくりだった。
群馬県富岡市から健大高崎の「機動破壊」へ
湯浅は2000年1月24日、群馬県富岡市の生まれ。小学2年で野球を始め、富岡ボーイズを経て高校へ進んだ。高崎健康福祉大学高崎高等学校は、走塁で相手を揺さぶる「機動破壊」を掲げる強豪で、湯浅は主に「1番・遊撃」を任され、2年秋からは主将としてチームを引っ張った。
3年春のセンバツを前に、試練が訪れる。2017年2月中旬に右手首の舟状骨を骨折し、手術を受けていたのだ。それでも3月の甲子園練習には患部にテーピングを巻いて参加し、「土の方が走りやすい。揺さぶりを意識したい」と前を向いた。チームはこの大会で8強まで勝ち進んでいる。
同じ年の秋、ドラフト会議で巨人から8位指名を受けた。11月9日に群馬県高崎市内で仮契約を結び、契約金2500万円、年俸480万円(いずれも推定)で合意。背番号は93に決まり、両親とともにスカウトとの面談に臨んだ湯浅は「ドラフト直後よりも、プロになる実感が湧いてきました」と話している。担当の吉武真太郎スカウトは「(塁上にいて)投球がワンバウンドになった瞬間にスタートを切っている。何より判断が早くて的確」と、高校生離れした判断力を評価していた。
健大高崎では1学年下に山下航汰がいて、プロでも巨人のチームメートとなった。群馬の高校から巨人に入った選手では、同じ日に自由契約が発表された三塚琉生外野手も、桐生第一高等学校の出身だ。
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代走と守備固めで積み上げた通算140試合
プロ1年目の2018年は一軍出場がなかった。転機は3年目の2020年で、キャンプは二軍スタートだったが、オープン戦で打率3割9分1厘、新型コロナウイルスの影響による中断明けの練習試合でも10試合で打率3割2分、2本塁打と結果を残し、初の開幕一軍入りをつかむ。「初めて開幕(1軍)にいることでドキドキしています」と話した20歳は、6月19日の阪神戦で一軍デビューを果たした。この年はイースタン・リーグで22盗塁を決めて盗塁王に輝き、「機動破壊」の教えをプロの舞台でも形にしている。初の個人タイトルには「自分自身びっくりしている部分はあるんですけど、率直にうれしい気持ちでいっぱい」と笑顔を見せた。
2021年6月11日にプロ初安打を放つと、2022年は自己最多の63試合に出場した。6月25日のヤクルト戦(神宮)では6回に代走で途中出場し、7回の打席で左中間へプロ初本塁打となる2ランを運ぶ。その年の20打席目で出た初安打が本塁打となり、「めっちゃくちゃうれしいです」と喜びを表した。
| 年度 | 試合 | 打数 | 安打 | 本塁打 | 盗塁 | 打率 |
|---|---|---|---|---|---|---|
| 2020年 | 13 | 7 | 0 | 0 | 2 | .000 |
| 2021年 | 33 | 13 | 5 | 0 | 1 | .385 |
| 2022年 | 63 | 30 | 3 | 1 | 3 | .100 |
| 2024年 | 19 | 6 | 1 | 0 | 0 | .167 |
| 2025年 | 8 | 3 | 0 | 0 | 0 | .000 |
| 2026年 | 4 | 2 | 0 | 0 | 0 | .000 |
| 通算 | 140 | 61 | 9 | 1 | 6 | .148 |
※一軍成績(日本野球機構の公式記録、2026年シーズン終了時)。2018年、2019年、2023年は一軍出場なし。
ただ、2022年をピークに出場機会は減っていく。2023年は一軍出場がなく、2024年は19試合、2025年は8試合にとどまった。2025年オフの契約更改ではシーズンを「うまくいったことがないくらい、しんどい感じでした」と表現し、秋季キャンプからは本職の内野に加えて外野の守備にも挑戦。生き残りへ、守れる場所を増やそうとしていた。
2026年は2月に、けがで辞退した増田大輝の代わりとして侍ジャパンのサポートメンバーに選ばれた。宮崎でのソフトバンク戦に帯同する役目で、巨人のキャンプには侍ジャパンの野手総合コーチ、松田宣浩が激励に訪れている。シーズンは二軍暮らしが続き、ファーム・リーグでは86試合で打率2割2分5厘、1本塁打、16打点、10盗塁の成績を残した。8月26日、左肩を脱臼した小濱佑斗に代わって今季初めて一軍に登録されたが、出場は4試合で2打数無安打。9月8日に登録を抹消され、これが巨人での最後の一軍の舞台となった。プロ9年間の一軍通算成績は140試合で打率1割4分8厘、1本塁打、5打点、6盗塁。内野の複数ポジションをこなす守備力と俊足を武器に、代走や守備固めで出番をつかんできた。
進路は未定、「今まで通り一生懸命取り組んでいきたい」
今後について、湯浅はインスタグラムで「まだどうなるかわかりませんが、どうなろうと自分が決めたことに対して今まで通り一生懸命取り組んでいきたいと思います。また決まり次第お伝えしたいと思います」とつづった。現役を続けるか、別の道に進むかは明らかにしていない。
巨人は今オフ、支配下選手では湯浅のほかにも山田龍聖投手、郡拓也捕手、岡田悠希外野手に戦力外を通告している。現役続行を目指す選手が集まる12球団合同トライアウトは11月17日にバンテリンドーム ナゴヤで行われる予定だ。
明るい性格でチームのムードメーカーとしても親しまれた26歳。「またどこかで」と再会を願った言葉が、次の舞台での再会を約束するものになるのか。富岡市の少年が健大高崎を経て歩んだプロ9年間は、ひとつの区切りを迎えた。
[文/構成 by スポーツライター 高瀬翔吾]








































































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