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浅香あき恵さん、70歳で闘病を公表「ひた隠しにして全部終わらせようって思っていた」

浅香あき恵さん、70歳で闘病を公表「ひた隠しにして全部終わらせようって思っていた」

時間がない人向けの30秒で理解ゾーン

吉本新喜劇の浅香あき恵さん(70)が、70歳の誕生日を迎えた10月23日、2020年から闘病を続けていることを初めて公表した。会社には「本当に知られたくない」と伝え、ひそかに治療を受けてきたという。「私自身はものすごく元気」と話し、これからは検査の大切さを伝えていきたいと語った。

70歳の誕生日に、インタビューとYouTubeで報告

浅香さんが胸の内を明かしたのは、吉本興業が運営する「FANYマガジン」のインタビューだった。聞き手は、新喜劇の後輩座員である吉岡友見さん。インタビューのお話をもらうまで何も知らなかったと驚く後輩に、浅香さんはこう答えている。

「会社の人に『本当に知られたくない』って伝えていたんです。当時は私自身がショック過ぎたのと、病気が自分のイメージに合わないって思って。だから、ひた隠しにして全部終わらせようって思っていたんです」

同じ23日の正午には、自身のYouTubeチャンネル「あき恵ちゃんのチョベリグ発信地!」に、約22分の動画「70歳誕生日に闘病についてのご報告」を公開した。報道によると、動画では70歳という響きについて「昔から“老人”ってイメージがあって」と感想をこぼしつつ、「実は私、今から6年前に大病をしておりました」と切り出したという。

誰にも言わず、墓場まで持って行くつもりだった。それでも70歳を区切りに、自分の経験が誰かの役に立つなら公表した方がいいと考え直した。動画ではそう説明し、病名も自ら口にしている。

友人からの1本の電話が、気づくきっかけに

始まりは2020年、友人で女優の立花理佐さんからの電話だった。立花さんは自身ががんになったと打ち明け、「早く検査を受けなかったからこんなことになってしまった、検査は大事」と話したという。自分とは結びつかない病気だと思い込んでいた浅香さんは、その日に何となく自分の胸を触り、硬いものがあることに気づいた。

かかりつけの病院では約2センチのしこりが見つかり、紹介状を手に大きな病院へ移る。2020年7月6日、乳がんのステージ2Bと告げられた。脇の下のリンパ節にも転移していたと明かしている。

「私が? ウソやん。ずっとラッキーガールやと思っていたのに」。告知の直後は受け止められず、インターネットで調べ続けて眠れない夜が続いた。そのとき仕事のスケジュールは3カ月先まで埋まっており、誰にも知られないよう予定をこなしたいと、手術を待ってもらったという。その間には補正下着を試着するロケもあり、しこりに気づかれないかひやひやしていたそうだ。

手術は2020年9月4日。麻酔から覚めた瞬間に「やったー! ラッキー! 幸せ! ハッピー!」と口にしていたらしく、それを聞いた看護師たちが顔を見に集まってきたというエピソードも、浅香さんらしい。

術後は抗がん剤治療を受けずに済み、10年間のホルモン剤治療に入った。コロナ禍だったこともあり、9月15日に退院すると誰にも気づかれないまま、10月1日に仕事へ戻った。

支えた夫と娘、新喜劇の仲間たち

病院への付き添いと送り迎えを続けたのは、夫で同じ新喜劇の座員の佐藤武志さんだった。浅香さんは「病気になって改めて『大事な人やな』って実感しました」と話している。めったに泣かない娘は、病気を知らされると目の前でぼろぼろと泣いた。その姿に「私のために泣いてくれてる~!」と、うれしさがこみ上げたという。

新喜劇でも、知っていたのは身近な数人だけ。若井みどりさんは毎日のように電話をくれ、未知やすえさんは相談に乗った。浅香さんは2人について、「元気出して」とは口に出さず、行動で気持ちを伝えてくれたと感謝する。

座長の酒井藍さんは、手術の前に女性特有の健康にご利益があるという奈良・春日大社へ誘った。前向きな言葉をメモ帳にびっしり書いて手渡し、浅香さんは入院中それをお守りにしていたと振り返る。「藍ちゃんは、本当にスゴイ人。泣けました」という言葉が、当時の心境を伝える。

「欲しい」から「手放す」人生へ、公表を決めた理由

なぜ6年たった今なのか。

浅香さんの答えは明快だった。「70歳になるからです」。ここからは「欲しい、欲しい」の人生から「手放していく」人生にシフトチェンジすると決め、自分が生きてきた中で得たものを残したいと考えた。東京で同じ経験を乗り越えた人たちとつながって活動する立花さんの話も、背中を押した。

「10人に1人って言われるぐらい、どの人にも可能性がある病気なんで」。いま壁にぶつかっている人に、治療の中で感じた気持ちの変化を伝えられるなら、と語る。隠そうと決めていた気持ちは吹っ切れ、「大声で叫んでもいい状態になりました」と明かした。

報道によると、YouTubeの動画でも「今は闘病中。でも、私自身はものすごく元気」と強調している。寛解と言えるまでには10年かかる見通しで、それまでは薬を飲み続ける必要があるという。それでも、「検査、早く行った方がいいよ」と伝えるメッセンジャーになれるのではないかと、前を向いた。

毎日の薬も前向きに、次の目標はヨーロッパ

現在も、毎日のホルモン剤だけは欠かさないよう言われている。女性ホルモンを抑える薬なので、「私、女子力高いんや!」と思っているという。年に1回、全身をくまなく調べてもらえることも「ラッキー!」と話し、インタビューの場は笑いに包まれたという。

これからは損得や人の目を気にせず、自分にとって気持ちの良いことをしていきたい。今後の目標を聞かれると、「ヨーロッパに行きたいです! 生きているうちに!」と即答した。芸能の世界にいる限り、与えられた仕事に加えてチャレンジも続けたいとし、「ガンバルンバ! ですね」と締めくくっている。

ファンに向けては、「とにかく『すぐに検査に行く』を伝えていきたいです。早めにわかれば治るので」とメッセージを送った。立花さんとは、これを伝えていくのが使命だと話しているという。

インタビューを担当した吉岡さんは、告知から手術、入院の日々の気持ちを書きとめた浅香さんの手記をすべて読ませてもらったと記している。その手記は、こう締めくくられていた。

〈この病気を公表するのは 良きタイミングを得た時と 心に決めました 確実に 気持ちがすべてを乗り越えた時 そのタイミングはやってくると思う そしてこの病気になったから 得たものは大きいはず すべてはうまくいっています〉

「生きている限り、乗り越えていける。大丈夫」。70歳の誕生日に届けたこの言葉とともに、浅香さんは71歳へ向かう1年を歩き始めた。

[文/構成 by エンタメライター 真柴 ことね]

寄稿者

真柴 ことね
芸能ニュースや音楽、テレビ番組の話題を中心に書いているWebライター。ライター歴は11年。朝は情報番組をはしごするのが日課で、気になった話題はその日のうちに調べ始める。心がけているのは「公式発表を最初に読む」こと。所属事務所やレーベルの発表、番組の公式サイトまで確かめてから書く。ドラマは録画して週末にまとめて観る派。

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