ビッグダディの林下清志さんが8度目の結婚から54日で離婚と報道 61歳の現在と経緯を整理

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「ビッグダディ」こと林下清志(61)が、8度目の結婚から54日で離婚していた。NEWSポストセブンが8月29日に報じている。入籍は6月24日、離婚届の受理は8月16日。夫婦は最後まで別居し、結婚後に初めて顔を合わせたのは8月10日だった。
8月16日に離婚届が受理 入籍から54日で終わった結婚生活
「ビッグダディ」こと林下清志が、8度目の結婚生活を54日で終えていた。NEWSポストセブンが8月29日、独占取材として報じている。
入籍は2026年6月24日。相手は名古屋在住の一般女性で、中学生の娘を育てるリナさん(46)だ。離婚届が受理されたのは8月16日、入籍日から数えた婚姻期間は54日となる。
籍を入れたあとも、2人が同居することはなかった。林下は東京、妻は名古屋。生活の拠点は最後まで離れたままだった。
離婚が表に出たきっかけは、本人の発信ではない。同メディアの取材で明らかになったと、記事は説明している。
交際0日での入籍 10年来のファンとのLINEが縁に
始まりはLINEのやり取りだった。妻は約10年前に「ビッグダディ」のファンイベントへ足を運んでおり、今年6月ごろから林下と連絡を取り合うようになる。声をかけたのは妻の側だった。
林下は入籍直後のNEWSポストセブンのインタビューで、こう明かしている。
「嫁とは10年以上前に名古屋の宴会に呼ばれて行ったときに、会ったんですよ。これまで3回くらいしか会っていません」
10年で3回。人を見定めるには3回で十分だと林下は語り、嫁候補にしてほしい、浮気は絶対にしないという妻の言葉を受けて、自分から結婚しようと切り出したのだという。交際0日のまま、6月24日に婚姻届を出した。相手は15歳年下だ。
同じ日の午後、林下は自身のブログでも結婚を報告している。相手は名古屋の女性とだけ紹介して年齢などには触れず、「こんな林下の奥さんになろうとしてくれるんですから貴重な存在です」と書いた。投稿の末尾は、妻との連名で署名されていた。
決め手を書いたのは、同じ24日の朝、婚姻届が届くのを待つ間に更新した別の投稿だった。
「『私は絶対浮気はしない』と言うのでそれを信じただけの結婚です」
妻の側も、入籍の直後は自分が最後の妻になりたいと語っている。林下の7度の離婚歴があっても不安はなく、添い遂げるつもりだと口にしていた。
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入籍から3週間で届いた離婚届 ブログに記した「深刻な状況です」
異変が表に出たのは7月16日だ。林下はブログに離婚届と題した記事を投稿し、冒頭にこうつづっている。
「深刻な状況です、嫁さんから離婚届が届きました」
妻の署名入りだった。それでも提出する気はなく、「こんなに可愛い嫁さんはもう見つからない」を信条に、事無かれ主義で押し通すつもりだと記している。取材中には、その離婚届を破り捨てた。
離婚届を送った理由を、妻はNEWSポストセブンに次のように話す。
「清志さんって、自分が面倒くさいことや答えにくいことになると、急に連絡が取れなくなるんです。夫婦である以上、家計や金銭面の話は避けて通れません」
夫婦の会話はほぼLINEに限られ、大事な話し合いができないまま日が過ぎる。それでも7月30日のブログには、妻と娘が夏休みに訪ねてくる見込みが記されている。周囲に住む子どもたちに会わせたい、楽しみでしかない。そう書いていた。
流れが変わったのは8月上旬だった。妻のほうから籍を抜きたいと切り出す。
東京駅での初対面が、そのまま離婚の話し合いに
8月10日、入籍から48日目。名古屋から上京する妻と娘を、林下は東京駅の改札で待っていた。散髪してヒゲを剃り落とし、赤いTシャツ。待ち合わせの時刻より1時間以上早く着いていたという。
夫婦として顔を合わせるのは、これが初めてだった。改札に妻と娘が現れると、林下はゆっくりと駆け寄っている。移動中のタクシーでは、3人おそろいのキャップと腕時計を手渡した。
和やかな時間は長く続かない。場所を喫茶店に移すと、話し合いの中身は離婚に切り替わる。妻は移動中の時点で、この日は並んで離婚届を書こうと2人で話していたと打ち明けていた。夫婦になった以上、一度は直接会って話したかったのだという。
林下の言葉は短かった。
「短すぎますけど、俺の嫁になってくれたんですから感謝していますよ」
最後の妻になりたいと語っていた妻の決心を変えたものは何か。
答えは暮らしの土台にあった。結婚前に貯金があると聞いていたのに、実際には返済が残っていた。信頼関係が崩れた、と妻は言う。林下のほうは、過去に1700万円の借金を15年かけて返し終えたと話し、残っているのは消費者金融から借りた一部だと説明した。
妻が問題にしたのは借金だけではなかった。林下は働いてはいるものの、月々の稼ぎでは生活が立ちゆかず、足りない分は子どもたちが補い合っているという。結婚前に聞いていた話とあまりに違う、嘘ではないか。妻はそうショックを口にした。
林下は一言で応じた。
「俺に経済力がないからです。それだけです」
妻はこうも続けた。
「清志さんの体調もあんまり良くなく、無理して働いてほしくないので、離婚してなるべく負担をかけたくないと思ったんです」
6日後の8月16日、離婚届が受理される。
「痛快!ビッグダディ」で全国区に 8度重ねた結婚と別れ
林下清志は1965年4月8日、岩手県生まれ。柔道整復師の資格を持つ。2026年4月に受けた取材では、居酒屋のスペースを間借りして週に一度ほど整体の施術をしながら、浅草の相撲エンターテインメント施設で調理の仕事をしていると語っている。
名前が全国に届いたのは、テレビ朝日系「痛快!ビッグダディ」だ。2006年9月から2013年12月まで、7年間で通算32回放送された大家族ドキュメンタリーで、岩手から奄美大島、愛知、小豆島、そして再び岩手へと移り住む一家の日常を追った。父と子どもたちの暮らしをそのまま映す作りが受け、ビッグダディという呼び名が定着する。番組が終わったあとも、林下は講演や執筆、テレビ出演を重ねてきた。
結婚と離婚の履歴は長い。1991年の初婚から2011年までに数えた3度は、いずれも同じ相手との結婚と離婚の繰り返しだった。4度目の相手は番組でも知られたタレントの美奈子で、2011年4月に結婚し、2013年4月に別れている。その後も2014年、2015年、2016年と一般女性との結婚が続き、バツ7となっていた。
そして8度目。61歳での再出発は、2か月に届かないまま幕を閉じた。ブログの更新は、離婚が報じられた後も日々続いている。
[文/構成 by MEDIA DOGS編集部]








































































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