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永島優美、第2子妊娠を発表 出産は来年の春頃を予定、フジテレビ退社後はフリーで活...

元フジテレビアナウンサーの永島優美が10月29日、インスタグラムで第2子の妊娠を発表し、出産は来年の春頃を予定していると伝えた。めざましテレビなどでの経歴、2025年3月末の退社とフリー転身後の仕事、父・永島昭浩との関係をまとめた。

池谷公二郎さん死去、74歳 カープ初優勝に貢献した沢村賞右腕、「シーソー投法」と通算103勝の成績、引退後は解説者・コーチとして

池谷公二郎さん死去、74歳 カープ初優勝に貢献した沢村賞右腕、「シーソー投法」と通算103勝の成績、引退後は解説者・コーチとして

時間がない人向けの30秒で理解ゾーン

広島東洋カープの元投手で野球解説者の池谷公二郎さんが10月29日未明、多発性骨髄腫のため亡くなった。74歳だった。1975年に18勝を挙げて球団初のリーグ優勝に貢献し、翌1976年は20勝で最多勝と沢村賞を手にした。左腕を高く掲げる「シーソー投法」で知られ、カープ一筋12年で通算103勝。引退後は広島と巨人で投手コーチを務め、広島テレビなどで長く解説者として親しまれた。

池谷公二郎さんが死去、黄金期を支えた元エース

池谷公二郎(いけがや・こうじろう)さんの訃報は、29日に広島テレビ、テレビ新広島、RCC中国放送、中国新聞、デイリースポーツ、NHKなどが相次いで伝えた。死因は多発性骨髄腫だった。静岡県出身で、1952年6月28日生まれ。

各社がそろって挙げたのは、1975年のカープ初優勝への貢献だ。先発の柱として赤ヘル黄金期の土台を築いた一人で、ニュースの見出しには「沢村賞」「黄金時代支える」といった言葉が並んだ。

近年は病気と向き合いながら、カープを見守っていた。2025年11月にはカープOBによる試合に出場し、マウンドに立つ姿をファンに見せている。

静岡商から社会人を経てドラフト1位でカープへ

池谷さんは静岡県立静岡商業高等学校を卒業後、社会人野球の金指造船、日本楽器へ進んだ。1972年のドラフト会議で広島から1位指名を受けたが、すぐにはプロ入りせず、翌年も日本楽器でプレーを続けた。

プロの世界に入ったのは1974年。ルーキーイヤーから一軍で登板し、2年目の1975年に一気に頭角を現す。

この年、カープは初めてセ・リーグを制した。池谷さんは18勝を挙げ、20勝の外木場義郎さんとともに先発陣を引っ張った。

「シーソー投法」から投げ込む直球、2年連続の奪三振王

池谷さんを語るうえで欠かせないのが、独特の投球フォームだ。左腕を高く上げる豪快な動きは「シーソー投法」と呼ばれ、そこから投げ込むストレートを最大の武器にしていた。

ピークは1976年だった。51試合に登板し、290回1/3を投げて20勝15敗、防御率3.26。最多勝に加えて沢村賞も受賞し、名実ともにエースとなった。この年の207奪三振はリーグ最多で、翌1977年も176奪三振でトップに立ち、2年連続でリーグ最多の三振を奪っている。

一方で、真っ向勝負の代償もあった。1977年は226イニングで48本の本塁打を浴び、この数字は今もNPBのシーズン最多被本塁打記録として残る。狭い旧広島市民球場を本拠地にしながら、直球で押し続けた投球スタイルの裏返しの記録だ。

年度別の主な成績

年度主な成績・出来事
1974年広島に入団、1年目から一軍で登板
1975年18勝、球団初のリーグ優勝に貢献
1976年51試合 20勝15敗 防御率3.26、207奪三振。最多勝・沢村賞
1977年176奪三振で2年連続リーグ最多。被本塁打48はNPBのシーズン最多記録
1985年現役を引退

通算103勝、カープ一筋12年の数字

池谷さんは1985年限りでユニフォームを脱いだ。カープ一筋の12年間で残した通算成績は次のとおりだ。

項目通算成績
在籍広島(1974〜1985年)
登板325試合
勝敗103勝84敗
セーブ10
奪三振1056
防御率4.13

100勝の大台を超え、奪三振も1000の節目に届いた。被本塁打の多さと引き換えに、三振を奪って勝ち星を積み上げる。速球派らしい数字が並ぶ。

引退後は広島・巨人のコーチ、地元の解説者として

ユニフォームを脱いだ後も、池谷さんは野球の現場から離れなかった。広島に投手コーチとして戻り、その後は巨人でも投手コーチを務めた。セ・リーグの2球団で投手を育てている。

広島のファンにとって、池谷さんは「テレビで聞き慣れた声」でもあった。広島テレビの野球解説者として長年カープ戦を伝えた。2023年6月16日に元広島投手の北別府学さんが亡くなった際は、その日のうちに広島テレビ「テレビ派」へ出演し、北別府さんの勝利への執念と制球力をたたえながら後輩をしのんだ。

カープOBでRCC野球解説者の安仁屋宗八さんは、RCC中国放送を通じてこうコメントした。

「まだまだ若いのに早すぎる。もうちょっと一緒にカープを応援してもう一回優勝を見せてあげたかった」

18勝で初優勝を支え、20勝で沢村賞をつかみ、引退後はコーチと解説者としてカープを見続けた。「シーソー投法」の右腕が残した103勝は、赤ヘル黄金期の記録として今も球団史に刻まれている。

[文/構成 by ライター 凪]

寄稿者

凪
凪(なぎ)です。時事ニュースからスポーツ、社会の話題まで、その日いちばん気になる出来事を短く分かりやすく整理しています。Web記事を書き始めて7年。結果や数字は公式の発表で確かめてから書き、見出しだけで誤解されない記事を心がけています。好きなものは朝のコーヒーと、深夜のスポーツ中継。

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