錦織圭、引退表明後初の会見で「戦う決断できなくなった」 決断は今年1月か2月と説明

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錦織圭(36)が現地7月26日、米ワシントンで引退表明後初めての記者会見を開いた。体の痛みから「戦うという決断がメンタル的にできなくなっていった」と説明し、決断した時期はことし1月か2月ごろだったと明かしている。今季限りでの引退は4月、自身のSNSで発表済みだ。会見は同地で翌日開幕するムバダラDCオープンを前に開かれた。
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「戦う決断ができなくなった」と明かした初会見
錦織圭(36)=ユニクロ=は現地7月26日、米ワシントンで記者会見を開いた。翌27日に開幕するムバダラDCオープンを前にした場で、今季限りの現役引退を4月に自身のSNSで表明してから初めて公の場に立っての説明となった。
体の状態を問われた錦織は、複数箇所の痛みを抱えていたことを明かした。「痛いところが三つ、四つあり、ここからまた体を戻して戦うという決断がメンタル的にできなくなっていった」
練習に向かう気持ちの変化にも触れている。「練習やトレーニングに行く足が重くなってしまった。今まではそれが全くなかったので、そういった決断もあるのかなとよぎった」。これまでの現役生活では感じたことのない重さだったという。
頭をよぎったのは昨年8月、決断は1月か2月
引退が頭をよぎったのは、昨年8月のある大会の後だった。体の痛いところが三つ四つある状態で、練習をすれば悪化し、試合でも思うようなプレーができない状態が続いていたという。
故障との付き合いは今回が初めてではない。2009年に右肘の疲労骨折、2017年には右手首の腱の部分断裂でシーズンを全休するなど、手術と離脱を繰り返してきた。2022年1月には左股関節の手術を受け、2023年6月に実戦復帰している。復帰後も痛みとの付き合いは続き、「この1年は本当に苦しんだ」と振り返る。
頭をよぎった引退の2文字は、ことし1月か2月ごろに決断へと変わった。今季限りでの引退は4月に自身のSNSで発表し、今回の会見はそれから約3カ月後に開かれている。
休養でテニスへの気持ちが戻った
引退表明後の4月ごろには、1カ月ほど体を休ませる時間に充てた。会見では「練習が思い切りできるようになり、感覚も良くなった。終わるタイミングでテニスをまた好きになれそう」と笑顔で語っている。
仕上がり具合については「感覚的にはしっかり練習できた分、戻ってはきていると思う。あとは試合で出せるか」と分析した。今後の目標は「いいテニスをして大会を終えることが目標。全ての瞬間を楽しみたい」と述べる一方、「今は数試合が限界かな」と自身の状態を冷静に見つめてもいた。
現役生活を通じて、錦織はATPツアーで通算12勝を挙げている。初優勝は2008年のデルレイビーチ国際で、18歳での戴冠だった。2013年12月からは名コーチ、マイケル・チャン氏とタッグを組み、キャリアの土台を築いている。
全米準優勝と五輪銅、積み重ねた足跡
1989年生まれの錦織は、13歳だった2003年、盛田正明テニス・ファンド(MMTF)の支援を受けて渡米し、米フロリダのIMGアカデミーで研鑽を積んだ。2014年の全米オープンではアジア男子史上初となるグランドスラムシングルス決勝に進出。マリン・チリッチにストレートで敗れ、準優勝に終わったが、自己最高の世界ランキング4位を2015年3月に記録し、アジア男子の歴代最高位に立っている。
2016年のリオデジャネイロ五輪では、準々決勝でモンフィスを3セットの末に下し、3位決定戦ではナダルをフルセットで破って銅メダルを獲得した。日本勢の五輪テニスでのメダルは、1920年アントワープ大会で熊谷一弥が銀メダルを獲得して以来、96年ぶりの快挙だった。
デビスカップ日本代表としても存在感を示し、2014年には日本を史上初のワールドグループ準々決勝進出に導いている。以降も長年にわたって日本代表を支え続け、個人の実績にとどまらずチームとしての歴史にも名を刻んできた。
11年前に優勝した舞台で1回戦へ
会見の舞台となったワシントンでは、27日(現地時間)にムバダラDCオープンが開幕する。錦織は主催者推薦で出場し、1回戦は中国の商竣程と対戦する予定だ。この大会では2015年に錦織が優勝している。
今季限りでの引退を決めた錦織は、9月28日から東京の有明で開かれる木下グループジャパンオープンにも出場する予定だ。現役最後となるこの大会では、最終日の10月6日にこれまでの活躍をたたえるセレモニーも予定されている。
体が思うように動かなくなったことが引退の引き金になった一方、休養を経て取り戻した感覚もある。ワシントンでの1回戦は、引退表明後では初めてとなる公式戦だ。「戦う決断ができなくなった」と明かした本人にとって、現役生活で数えるほどしか残っていない舞台の1つになる。
[文/構成 by スポーツライター 久遠(KUON)]































































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