長谷川善和さんが2日死去、家族が4日公表 96歳、フタバスズキリュウ発掘の古生物学者

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古生物学者で横浜国立大学名誉教授の長谷川善和さんが2日、膵がんのため96歳で死去した。家族が4日、死去を公表した。1968年に発見された化石を「日本初の首長竜」と特定し、2006年にフタバスズキリュウとして正式な学名を得る研究に携わった人物だった。告別式は8日、神奈川県鎌倉市で営まれる。
96歳、2日に膵がんで死去
長谷川善和さんは2日午前7時54分、膵がんのため神奈川県内の自宅で死去した。96歳。1930年3月12日、長野県飯田市に生まれている。
家族はすぐには公表せず、4日になって死去の事実を明らかにした。葬儀・告別式は8日午前10時30分から、神奈川県鎌倉市大船の鎌倉ファミリーホールで営まれる。喪主は長男の真一さんが務める。
長谷川さんは横浜国立大学名誉教授、群馬県立自然史博物館名誉館長の肩書を持ち、日本の恐竜研究の第一人者として知られた古生物学者だった。館長を退いた後も、名誉館長として講演活動などを続けていたという。
高校生が見つけた化石が「日本初の首長竜」に
長谷川さんの名を広く知らしめたのが、福島県いわき市大久町の大久川河岸で見つかった1体の化石だ。1968年、当時高校生だった鈴木直さんが地元の地層に興味を持ち、川岸を掘り進めた末に発見した。国立科学博物館の研究者への相談を経て重機で掘り出され、東京・上野の同館へ運ばれている。
化石は頭部、首から腰までひと続きになった背骨、胸骨の一部、骨盤、四肢のひれ足までそろった、保存状態の良いものだった。国立科学博物館の研究者だった長谷川さんは、同僚の小畠郁生さんとともに発掘調査に加わり、国内で初めて確認される首長竜の化石だと突き止めた。
首長竜は、恐竜と同じ中生代に生きた水生の爬虫類で、長い首と4枚のひれを持つ。学術上は陸を歩く爬虫類だけを指す「恐竜」には含まれないが、同時代を生きた大型爬虫類の研究者として、長谷川さんは長く「恐竜研究の第一人者」と紹介されてきた。当時、面積の小さい日本列島では恐竜や首長竜のような中生代の大型爬虫類の化石は出ないと考えられており、この発見はその定説を覆すものだった。
発見当初は新種かどうかの判断がつかず、学術的な位置づけが確定しないまま長い年月が過ぎる。それでも化石は「フタバスズキリュウ」の通称で親しまれ、専門家やアマチュアによる化石発掘が国内各地で盛んになる契機となった。
発見から38年、2006年に得た正式な学名
化石が新属新種の首長竜と正式に確認されたのは、発見から38年が過ぎた2006年のことだった。国立科学博物館の佐藤たまきさん、真鍋真さんと、当時群馬県立自然史博物館の館長だった長谷川さんの3人による共同研究の成果だ。ばらばらだった骨を1つずつ計測し、既知の種と比較する地道な作業の末にたどり着いた結論だった。
学名は「Futabasaurus suzukii(フタバサウルス・スズキイ)」となった。化石が発見された地層「双葉層群」の双葉と、発見者・鈴木さんの姓を組み合わせた名称だ。北太平洋沿岸ではもっとも古いエラスモサウルス科の化石とされ、同地域から見つかった数少ない標本として、他地域の首長竜と比較する基準にもなっている。長く通称で呼ばれてきた化石に、ようやく学術上の裏付けが与えられた瞬間だった。
いわき市石炭・化石館では、この化石をもとにした展示が現在も続いている。高校生が見つけた1体の化石は、半世紀近くを経て日本の古生物学を代表する研究成果になった。
国立科学博物館から博物館の初代館長へ
長谷川さんは1955年に横浜国立大学学芸学部を卒業し、1965年に国立科学博物館の文部技官となった。1969年に研究官となり、1972年には東京大学から理学博士の学位を取得。1975年には地学研究部の主任研究官を務めている。
その後、横浜国立大学教授に転じ、1996年に開館した群馬県立自然史博物館の初代館長に就任した。フタバスズキリュウだけでなく、日本各地の哺乳類化石の研究にも幅広く取り組んだ研究者だ。1998年には日本哺乳類学会の大会(群馬県富岡市)で大会長を務めている。
長年の功績は各方面から評価された。2007年度には文部科学大臣表彰の科学技術賞(理解増進部門)を受賞。2011年に日本哺乳類学会賞、2012年には同学会の特別賞も受けている。研究の裾野を広げた功績として、これらの受賞歴が残る。
故郷・飯田市との縁と、晩年まで衰えぬ探究心
長谷川さんの出身地である長野県飯田市の飯田市美術博物館では、「長谷川善和コレクション」と題した展示企画が組まれたことがある。生前、地元紙・飯田経済新聞の取材に対し、同館学芸員の川谷文子さんは「今生きている生命や地球そのものに興味があり、解き明かしたいとの欲求で研究を続けている」と、研究を続ける長谷川さんの姿を語っていた。
高校生が見つけた1体の化石を、38年かけて学術的に裏付けた粘り強さ。博物館の館長を退いてからも、探究心を失うことはなかった。フタバスズキリュウの発見と命名は、国内の恐竜・古生物研究が広がる出発点になった。長谷川さんが切り開いた道は、これからの研究者たちに引き継がれていく。
[文/構成 by MEDIA DOGS編集部]






























































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