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柔道・正木嘉美さん死去、64歳 1985年世界選手権無差別級を制し、山下泰裕・斉藤仁と競った重量級王者

柔道・正木嘉美さん死去、64歳 1985年世界選手権無差別級を制し、山下泰裕・斉藤仁と競った重量級王者

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全日本柔道連盟(全柔連)と天理柔道会は9月2日、1985年世界柔道選手権無差別級優勝者の正木嘉美さんが8月30日に64歳で亡くなったと発表した。大阪府泉北郡忠岡町出身、天理大学卒。全日本選手権2連覇の重量級王者で、指導者として穴井隆将を2012年ロンドン五輪へ送り出した。お別れの会は9月19日(土)に天理市で開かれる。

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全柔連と天理柔道会が訃報を発表、お別れの会は9月19日

全日本柔道連盟(全柔連)と天理柔道会は2026年9月2日、正木嘉美さんが8月30日に亡くなったと正式に発表した。64歳だった。葬儀はすでに家族葬として執り行われており、お別れの会が同年9月19日(土)に天理市で開催される予定だ。

正木さんは1962年8月20日、大阪府泉北郡忠岡町で生まれた。天理高校、天理大学と進学し、天理柔道の強固な土台のもとで重量級の選手として力を磨いた。大学卒業後も競技を続け、国際舞台で存在感を示していった。柔道関係者からは「天理重量級の柱」と評される存在だった。

天理柔道が育んだ大阪生まれの重量級選手

大阪府泉北郡忠岡町は、泉大津市・和泉市・岸和田市に隣接する大阪湾沿岸の小さな自治体だ。正木さんはその地を故郷に、柔道の名門として全国に知られる天理高校へ進学した。天理高校から天理大学へと続く道は、全日本レベルの選手を多数輩出してきた日本柔道の有力ルートのひとつで、全国から志のある選手が集まる競争の激しい環境だ。

正木さんはその場でも頭角を現し、重量級の中核選手として成長した。大学卒業後も国内のトップレベルで競技を続け、1984年にはアジア柔道選手権の無差別級で金メダルを獲得した。国際舞台でも通用することを示したこの一勝が、翌年の飛躍への足がかりとなった。天理大学の道場で積み重ねた技と体力が、アジアの強豪を退ける水準に達したことを証明した一戦だった。

ソウルで世界の頂点へ、1985年の世界柔道選手権

1985年は正木さんの選手生活における絶頂の一年だ。夏、地元・神戸で開催されたユニバーシアードの無差別級で金メダルを手にした。国内外の強豪と渡り合い、世界学生レベルで頂点を証明した。その勢いのまま秋に韓国・ソウルへ乗り込み、世界柔道選手権の無差別級でも優勝した。全日本選手権でも3位に入賞し、1年を通じて国内外で高いレベルの結果を積み上げた。

当時の重量級日本柔道界には、山下泰裕という時代の頂点に立ち続けた選手がいた。1980年のモスクワ五輪ボイコットで悔しさをのみながら、1984年ロサンゼルス五輪の無差別級で金メダルを手にし、国際試合で不敗のまま競技を終えた伝説的な存在だ。山下が引いた後の重量級の空白を埋める選手の一人として、正木さんが世界のタイトルを手にしたことは、日本柔道の厚みとともに、正木さん自身の実力を世界へ示すものとなった。ユニバーシアードから世界選手権への一年の連続制覇は、技術だけでなく国際大会の重圧にも対応できる選手であることを証明した結果だった。

全日本選手権2連覇、そして五輪に届かなかった日々

1986年は全日本柔道選手権で初優勝を果たし、アジア大会(ソウル)の無差別級でも金メダルを獲得した。国内外でタイトルを手にし、日本重量級を代表する選手としての評価を固めた。1987年には全日本選手権を連覇し、2年続けて国内の頂点に立った。世界選手権制覇から始まった黄金期が、全日本連覇という国内実績でさらに厚みを増した時期だった。

一方で五輪の代表切符は、最後まで手にすることができなかった。世界選手権王者であっても、日本代表争いの壁は容赦ない。斉藤仁ら同世代の強豪がひしめく重量級の争いは、国際実績だけで突破できるものではなかった。全日本連覇という実績を残しながらも五輪の舞台を踏めなかった悔しさは、のちに指導者として教え子に五輪の夢を託す情熱として生き続けることになる。同時に、その経験こそが「五輪に届かない苦しさを知る指導者」として、教え子に寄り添う力になったとも言える。

穴井隆将をロンドン五輪へ、指導者・教育者として歩んだ後半生

現役を退いた後、正木さんは天理大学柔道部の監督を計3期にわたって務め、後進の育成に力を注いだ。2000年から2008年まで全日本男子チームの強化コーチを担い、国際柔道連盟(IJF)でも強化委員・理事として国際舞台でも活動を続けた。選手としての経験と天理で磨いた指導力を、日本柔道の強化へと注いだ時期だった。

指導者として正木さんが残した最大の足跡のひとつが、穴井隆将との師弟関係だ。正木さんのもとで腕を磨いた穴井は、2012年ロンドン五輪100キロ級の日本代表として出場した。正木さん自身が現役時代に届かなかった五輪の舞台を、教え子が踏んだことになる。穴井はのちに天理大学柔道部の監督を引き継いでおり、正木さんが天理で育てた指導の伝統はいまも畳の上で受け継がれている。

晩年は天理大学体育学部体育学科の教授として教壇に立ち、選手から監督・コーチ、そして教育者へと役割を広げ続けた。大阪泉北の地から始まり、天理の道場で世界の頂点を目指し、後進へと柔道の精神をつないだ64年間の生涯だった。お別れの会は2026年9月19日(土)に天理市で執り行われる予定で、柔道関係者や教え子らが最後の別れを惜しむ。

[文/構成 by 小川 そら]

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