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元日テレ・桝太一氏、「『メシドラ』史上最陰キャなゲスト」と自虐 小中高大すべて文化系部活だった意外な経歴

元日テレ・桝太一氏、「『メシドラ』史上最陰キャなゲスト」と自虐 小中高大すべて文...

元日テレアナウンサーの桝太一氏が「メシドラ」で学生時代の経歴を告白。小学校の漫画部から大学の海洋研究会まで全て文化系だった過去を「史上最陰キャ」と自虐。現在は同志社大助教として科学コミュニケーションを研究する二足のわらじの生き方とは。

『笑点』60年でギネス世界記録に認定 山田隆夫「俺、これしか仕事ないんだよ」と苦笑、座布団運び42年の軌跡

『笑点』60年でギネス世界記録に認定 山田隆夫「俺、これしか仕事ないんだよ」と苦笑、座布団運び42年の軌跡

時間がない人向けの30秒で理解ゾーン

日本テレビ系「笑点」が6月7日の放送で、ギネス世界記録に認定されたと発表した。記録名は「テレビコメディパネル番組(週間)の最長放送」。認定日は番組開始からちょうど60年にあたる5月15日だった。座布団運びの山田隆夫(69)=山高帽=は番組内で「俺、これしか仕事ないんだよ」と苦笑した。

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■「テレビコメディパネル番組の最長放送」 60年目の認定

日本テレビ系「笑点」(日曜・後5時半)が6月7日の放送で、ギネス世界記録に認定されたと発表した。記録名は「テレビコメディパネル番組(週間)の最長放送」。番組開始からちょうど60年にあたる今年5月15日に認定された。

番組冒頭、6代目司会の春風亭昇太(66)が「今日は大喜利の前に、ちょっとやりたいことがあるんですね」と切り出した。「山田さん。例の方をお連れして下さい」。促された山田隆夫が座布団を用意し、黒いマントの女性を誘導した。

登場したのはギネス世界記録の公式認定員だった。昇太は「どんな人でなにをしにきてくれたのか、考えて下さい」と、いつもの大喜利のお題に仕立てた。三遊亭好楽(79)は「政府の偉い方で、私の人間国宝を発表するため」、三遊亭小遊三は「60周年を記念して新しい座布団運びの方」、春風亭一之輔は「日テレの偉い人で、あなた(昇太)に引導を渡しに来た」とそれぞれ返した。

正解は、世界記録の認定。最年長メンバーの好楽が代表して認定証を受け取った。「私ね、ギプスをはめたことはあるけどさ、ギネスは初めてですよ。いただきました!」。好楽はそう言って喜んだ。

■1966年5月15日、立川談志が考えた大喜利

「笑点」が始まったのは1966年5月15日。初代司会者の立川談志さんが考案した。いい答えには座布団をあげ、悪い答えからは取り上げる。この大喜利のスタイルを60年間変えずに続けてきたことが評価された。

司会は談志さんのあと、前田武彦、三波伸介、5代目三遊亭円楽、桂歌丸、そして昇太へと受け継がれてきた。テレビを取り巻く環境が大きく変わっても、座布団を取り合う大喜利の形は動かなかった。

放送回数も積み重なる。今年2月22日には3000回に達した。番組は2026年5月15日に放送60周年を迎え、その日が世界記録の認定日になった。

■「俺、これしか仕事ないんだよ」 42年目の座布団運び

認定の演出の中で、笑いを誘ったのが山田隆夫だった。好楽が認定員の女性を「60周年を記念して新しい座布団運びの方」と答えると、山田は「俺、これしか仕事ないの。ダメダメ」と困り顔を見せて苦笑した。会場がどっと沸いた。

山田は1956年8月23日、東京都江東区深川で生まれた。「笑点」との縁は古い。1970年に始まった「ちびっ子大喜利」にレギュラー出演し、座布団10枚を達成した。その記念の賞品がレコードデビューで、1973年に4人組「ずうとるび」を結成。歌手として紅白歌合戦の舞台にも立った。

座布団運びへの就任は1984年10月7日。松崎真さんの後任として6代目を任された。「重い座布団をちっちゃいのが運んだらおもしろいんじゃないか」。5代目円楽と番組プロデューサーのこのアイデアが、当時の山田に役を呼び込んだ。

就任から42年目に入る。歴代の座布団運びで最長だ。番組では回答者から「座布団運びは誰でもできる」「来週から新しい座布団運びが登場」などと、何度もいじられてきた。かつては突き飛ばして笑いを取る場面もあった。「これしか仕事ない」という自虐は、その長い歴史を知る視聴者に響く一言だった。

認定が決まると、山田は認定証を運び、メンバーと喜びを分かち合った。「笑点60周年、本当におめでとうございます。継続は力なり。これからも、100年に向けて、皆さん健康に気をつけて頑張りましょう」。山田はそう語った。

■番組史 主な歩み

年月出来事
1966年5月15日「笑点」放送開始。初代司会者は立川談志
1969年2代目司会者に前田武彦が就任
1970年3代目司会者に三波伸介が就任
1970年「ちびっ子大喜利」開始。山田隆夫がレギュラー出演
1973年山田が「ずうとるび」を結成、歌手デビュー
1983年4代目司会者に5代目三遊亭円楽が就任
1984年10月7日山田が6代目座布団運びに就任
2006年放送2000回達成。5代目司会者に桂歌丸が就任
2016年6代目司会者に春風亭昇太が就任
2026年2月22日放送3000回達成
2026年5月15日放送60周年。ギネス世界記録に認定
2026年6月7日放送で認定を発表

■SNSも沸いた重大発表

世界記録の発表に先立ち、公式X(旧ツイッター)が4日に「笑点がついに…重大発表」と告知していた。これを受け、ベテランの好楽や小遊三、座布団係の山田の卒業ではないか、24時間テレビのマラソンランナー発表ではないか、と予想が大喜利風に飛び交う騒ぎになった。

公式Xは5月31日にも、山田が座布団を60枚積み上げて運ぶ写真を投稿していた。コメント欄には「座布団60枚になってて細かい」「山田くん辞めちゃうのかな」「笑点は永遠に不滅です」といった反応が並んだ。卒業説まで取り沙汰されていただけに、めでたい知らせに安堵が広がった。

■「100年」へ向かう長寿番組

60年という時間は、テレビ番組として並外れた長さだ。出演者の世代交代を重ね、司会者は6人を数える。それでも座布団を取り合う大喜利の骨格は変わらない。続けてきたこと自体が、世界記録として認められた。

山田が口にした「100年」は、番組への期待でもある。70歳を前にした座布団運びは、いまも日曜の夕方に「座布団と幸せを運ぶ山田隆夫です」とあいさつを続ける。次の節目に向け、番組はまた一週ずつ歩みを進める。

[文/構成 by 橘すろべ]

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