木村拓哉、印旛沼の決壊映像に「びっくりした」 幼少期を過ごした千葉へ義援金2000万円の目録

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俳優の木村拓哉(53)が10月26日午後、千葉県庁を訪れ、熊谷俊人知事に義援金2000万円の目録を手渡した。義援金は一般社団法人Mindfulの被災地支援活動「Cheerful Project」から出たもので、令和8年8月千葉豪雨と令和8年台風第25号の被災者に届けられる。小中高時代を千葉県で過ごした木村は、北印旛沼の堤防が決壊した映像に「びっくりした」と明かした。
木村拓哉が千葉県庁で熊谷俊人知事に目録 義援金2000万円の使い道
木村が千葉県庁に姿を見せたのは、雨が降る26日午後だった。県の担当者によると、目録に記された額は2000万円。8月の豪雨と9月の台風第25号で大きなけがをした人や亡くなった人、住宅に大きな被害を受けた世帯に向けられるという。
お金を出したのは、一般社団法人Mindfulが手がける被災地支援活動「Cheerful Project」だ。旧ジャニーズ事務所の株式会社SMILE-UP.が続けてきた社会貢献活動「Smile Up! Project」を引き継いだ取り組みで、報道によると、資金はSMILE-UP.から寄付を受けたMindfulが用意した。木村はこのプロジェクトの義援金を県へ届ける役を担い、知事に目録を渡した。
熊谷知事は「大事に被災者の方に回させていただきたいと思います」と感謝を伝え、県内の被害の状況と県の支援策を木村に説明した。
木村は最初に被災者へのお見舞いを口にし、雨の中で集まった人たちを気遣った。
「「今回、被害に遭われた皆さん、被災された皆さんに心からお見舞い申し上げたい。きょうも雨が降る中、たくさんの皆さんにお越し頂き申し訳ない」」
8月の豪雨から2カ月余り。なぜこの時期の訪問になったのか。
答えは、受け取る側への配慮にあった。木村は早く動きたい気持ちを持ちながらも、被災者や義援金を受け付ける側の態勢が整う前に動けば、かえって迷惑になりかねないと考えていたという。
「「もうちょっと早いタイミングで行動に移せないかと思っていたが、実際に被害に遭われた皆さんもそうだが、受けてくださる皆さんにシステムを整えて頂かない限りは逆に迷惑になりかねないかもと思い、このタイミングになった」」
印旛沼の決壊映像に「びっくりした」 花見川沿いを自転車で走った木村拓哉と千葉の縁
この日、木村が語ったのは、子どもの頃の千葉の景色だった。台風第25号の大雨で北印旛沼の堤防が決壊した空撮映像を見て、驚いたという。
「「(印旛沼の)堤防が決壊した空撮映像を見たときにびっくりした。幼少期、印旛沼まで自転車で行っていたくらい」」
木村は「花見川沿いに自転車で印旛沼まで行っていた」とも明かしている。花見川は印旛沼の水を東京湾へ流す水路の下流側の呼び名で、上流の新川をさかのぼると印旛沼に行き着く。報道によると、木村は以前にも印旛沼を訪れたことがあった。子どもの頃に自転車で目指した沼の堤防が切れた映像は、木村の目にどう映ったのか。
その答えに近い言葉を、木村はこの日、県庁で口にしている。小中高時代を過ごした千葉を「今の自分の基盤となっている場所」と表現し、今も県内で海やゴルフを楽しんでいると明かした。そのうえで、報道されていないがゴルフ場なども被害を受けたと聞いている、と話し、なじみのある場所への影響を気にかけた。
育った土地への思いが、言葉の端々に出た。
令和8年8月千葉豪雨と台風第25号 北印旛沼の堤防決壊まで
千葉県は8月と9月、2度続けて大雨に見舞われた。義援金の対象になったのは、この2つの災害だ。
8月13〜14日の令和8年8月千葉豪雨
8月13日から14日にかけて、千葉県では線状降水帯が発生した。気象庁は県内の広い範囲に警戒レベル5にあたる大雨特別警報と土砂災害特別警報を出し、複数の地点で1時間や3時間の雨量が観測史上1位を更新した。総雨量が300ミリを超えた地点もあり、気象庁はこの大雨を「令和8年8月千葉豪雨」と名付けた。
9月の令和8年台風第25号と北印旛沼
1カ月後、今度は台風第25号が関東に近づく。国土交通省のまとめでは、9月19日から21日までの総雨量が千葉県で500ミリを超えた所があった。
千葉県の発表によると、9月22日に北印旛沼(成田市船形干拓)と角川集水路で、23日には長門川で堤防の決壊を確認した。決壊は3地区4カ所に及び、県は国土交通省関東地方整備局に支援を求め、緊急災害対策派遣隊(TEC-FORCE)が現地に入った。
北印旛沼では9月25日に緊急復旧に着手し、10月15日に仮の締め切り堤防が完成した。県は今後、決壊の原因を調べ、再発を防ぐ工法を決めたうえで本格的な復旧に移る。木村が見た空撮映像は、この決壊の様子を捉えたものだった。
Cheerful Projectとは 一般社団法人MindfulとSmile Up! Projectの流れ
義援金の出どころであるCheerful Projectは、一般社団法人Mindfulが2026年10月10日に立ち上げを発表した被災地支援活動だ。その前身にあたるのが、旧ジャニーズ事務所時代から続く「Smile Up! Project」になる。
2018年に始まったSmile Up! Project
Smile Up! Projectは2018年7月に始まった。被災地支援や医療従事者への支援などに取り組む社会貢献活動で、所属タレントが炊き出しや物資の配布で被災地に足を運び、義援金も届けてきた。
2024年に設立された一般社団法人Mindful
SMILE-UP.は2024年6月5日、公式サイトで一般社団法人Mindfulを5月30日に設立したと報告した。社会貢献活動を独立した組織で安定して続けるのが目的で、Smile Up! Projectの理念と実績を引き継ぐとしている。活動の柱には、大規模災害の被災者支援、心のケアが必要な人への支援、看護分野に進む学生などの就学支援などを掲げた。
千葉県への2000万円は、このMindfulのCheerful Projectから出たお金だ。木村個人の寄付ではなく、プロジェクトの義援金を木村が手渡した。
木村拓哉のこれまでの被災地支援 熊本・能登から千葉へ
木村が被災地に向き合うのは、千葉が初めてではない。
2016年の熊本地震では、同年6月、石原プロモーションが熊本県益城町で開いた炊き出しに、長瀬智也、岡田准一とともに加わった。避難所となった総合体育館の隣の陸上競技場で、被災者に食事を配った。
2024年の能登半島地震の後は、Smile Up! Projectの一環で同年2月7日、東山紀之らとともに石川県金沢市と白山市の避難先を訪れた。集団で避難していた中学生らに食べ物や日用品を届け、受験を控えた3年生にはお守りを手渡している。
2025年元日に放送されたフジテレビ系の正月特番「さんタク」では、明石家さんまと能登でロケに臨み、被災地で炊き出しに参加した。番組の告知では、仮設住宅や周辺の住民に向けて約1000人分を用意するとしていた。
千葉県庁で木村は、ほかの被災地にも話を広げた。
「「千葉の雨の被害以外にも熊本の地震や能登の災害など、自然と向き合わなくてはいけない被害はたくさんある。」「できるときにやるべきことをやっても良いのでは、と。」」
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木村が強調したのは、支援を一度きりで終わらせない姿勢だった。
「「自分たちの気持ちを受けてくださる方たちの準備、支度が調ったときに自分たちも行動にスムーズに移せるよう継続していきたい」」
かつて花見川沿いを自転車で印旛沼へ向かった少年が、53歳になり、育った県の被災者へ義援金を届けた。「今後も何かあれば、自分にできることを継続してやっていきたい」。木村は千葉県庁で、そう話した。
[文/構成 by 飯田タツヤ]









































































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