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【ネタバレあり】映画『プラダを着た悪魔2』感想レビュー 20年越しの続編は期待を超えたのか正直に語る

※この記事には核心的なネタバレが含まれます。これから鑑賞される方は、ぜひ観終えてから読み進めてください。

20年越しの続編、と聞いて思わず身構えた方は、きっと私だけではないはず。

2006年公開の『プラダを着た悪魔』は、いまも色褪せない名作。だからこそ「あの世界にまた会える」という期待と、「蛇足になってしまわないだろうか」という不安が、同じだけ胸にありました。

しかし、その不安は杞憂。「プラダを着た悪魔2」はむしろ期待を超えてきた、というのが私の正直なところの感想です。

私は字幕と吹き替えで二度劇場に足を運びましたが、二度目でようやく気づいたことがいくつもありました。それくらい、細部まで意味の詰まった作品です。

ここから先は、その「細部」を存分に語っていきます。鑑賞済みの方と余韻を分かち合えたら嬉しいです。

二度観てわかった、続編は「蛇足」ではなかった

まずお伝えしたいのは、本当に面白かった、ということです。気づけば二度も劇場に足を運んでいました。

一度目は字幕、二度目は吹き替え。同じ映画のはずなのに、二度目で「ここはそういう意味だったのか」と気づくシーンがいくつもありました。画面の隅々まで仕掛けが施されていて、一度では拾いきれないのです。

そして何より、作品全体を貫くテーマが、驚くほど「今」を映していました。

全体を貫くのは「AIの時代と、変わりゆく伝統」

本作を観てまず感じたのは、物語の底に流れる大きなテーマでした。AIの台頭、効率化の波——文化や伝統が、合理性に静かに押されていく。その抗いがたい時代の変化が、作品全体を貫いています。

会社は縮小と合併、効率重視のシステムへと舵を切る。伝統を守るより、無駄をそぎ落とす方向へ。その中で登場人物たちが、それぞれの居場所を問い直していく。この構図の描き方が、実に見事でした。

象徴的なのが、ベンジーとミランダの買収をめぐるこのやり取りです。

「文化や伝統なんて、もう残っていないよ。残っているのは“遺産”だけさ」

「僕にも、その先は分からないんだ。でも止められない。受け入れて、流されるしかない」

これを聞いたミランダが、薄く笑って「そう」とだけ返し、立ち去る。その背中に、時代の流れの大きさを感じ切ない気持ちになりました。

冒頭から前作オマージュが満載で、ファンはきっとにやりとする

本作は、冒頭からファンの心をくすぐる仕掛けにあふれています。

アンディが歯を磨き、街へ出て、車に轢かれそうになりながらビルへ入っていく。お気づきの方も多いと思いますが、これは前作のオープニングをそのままなぞったカットです。冒頭から「わかっている人にはわかる」目配せが効いています。

ほかにも、見どころは尽きません。

  • 路上で2色のブルー(あのベルトを思わせる演出)が登場
  • オフィスは一新。前作の閉鎖的な会議室から、窓が開き、緑があり、日差しの差し込む現代的な空間へ。それでいて、編集者がモデルのように歩き、写真を撮られるスタイリッシュさは健在です
  • パワハラが問題視される時代を反映し、ミランダが自分でコートを掛けなければならないコミカルな一幕も。ここに今作のテーマがさりげなく凝縮されています

極めつけは、アンディの出社シーンです。20年ぶりにランウェイに現れた彼女が「誰かしら、私の知っている人?」と口にすると、ナイジェルがすかさず「サイズ6」と昔のあだ名で返す。このひとつのやり取りだけで、ファンとしては胸がいっぱいになりました。

20年の歳月が、彼女たちをこう変えた

アンディ:キャリアのため、から、本物のジャーナリズムへ

20年前は、キャリアを積むために興味のないファッション業界で揉まれていたアンディ。それが今では、社会の問題を投げかける、本物のジャーナリズムを志す人物へと成長していました。

服の選び方ひとつにも、その変化が表れています。かつてはナイジェルに選んでもらっていた彼女が、今回は「あれが着たいわ」と自ら選んで身につける。ささやかな仕草ですが、自分の足で立っている証として、胸に迫るものがありました。

それでいて、仕事には真っすぐで、自分に嘘をつかない。その純度の高さは、20年を経ても変わっていません。だからこそ、いつまでも惹かれてしまうのだと思います。

ミランダ:見事に歳を重ねた、“封じられた”カリスマ

ミランダは、本当に美しい歳の重ね方をしていました。

白髪は前作からですが、それがますます似合っていて、凛とした品があります。けれど、あの毒舌は、もう以前のようには吐けません。パワハラが問題視される時代に封じられ、「何がいけないか、わかっているわよ」と自ら口にしてみせる。この皮肉が、実によく効いていました。

時代の波は、女王にも容赦なく押し寄せます。予算削減でイタリアでのミランダはまさかのエコノミークラスへ。

ミランダの秘書「シャンパンをいただける?」

客室乗務員「そのサービスは、こちらのお席では行っておりません」

このやり取りに漂う哀愁は、相当なものでした。そして帰宅後、20歳ほど年下の恋人に、彼女はふと弱音をこぼします。

「私の引き際って、いつなのかしらね」「引いたあと、私には何が残るの」

あの無敵のミランダが、です。恋人が「犬がいる、双子がいる、僕がいるじゃないか」と言いかけて、それを遮るように「今は考えるな。明日の朝、コーヒーを飲みながらミラノの街を眺めて、そのとき思うことをすればいい」と慰める。仕事だけに尖りきれなくなった女王の横顔には、確かな切なさがありました。

エミリー:まさかのディオール、そして“欲を出す”姿が魅力的だった

個人的に驚かされたのが、エミリーの変化です。ミランダの元を離れ、なんとディオールの管理職に就いていました。

しかも、AI産業で成功した大富豪・ベンジーをパトロンに、ちゃっかり優雅な暮らしを送っている。ところがアンディには「離婚した」「別れた」と紹介していて——実のところ、結婚も離婚もしておらず、2人の子どもを夫に預けたまま、しれっとイタリアへ来ているのです。この“話を盛ってしまう”ところに、私たちのよく知るエミリーらしさがにじんでいて、思わずくすりとしてしまいました。

前作でもエミリーには根強いファンがいたと思いますが、今作はそこに、良い意味で欲を出すエミリーが加わります。野心をのぞかせ、少しずるくて、それでいて憎めない。あの絶妙なバランスは健在でした。

そして個人的に好きなのが、終盤でアンディと交わすやり取りです。「炭水化物はシェアして、半分こよ」——食事を我慢し続けていた前作の彼女を知っているからこそ刺さる、見事な前作オマージュ。肩の力が抜けたエミリーと、アンディとの縮まった距離が、この一言にぎゅっと詰まっていました。

ナイジェル:今作でも輝いていた、私の“推し”

そして、私がもっとも愛するキャラクター、ナイジェル。今作でも存分に魅力を放っていました。

20代の頃に前作を観ていた私にとって、ナイジェルは、ミランダとアンディの間をつなぐ存在でした。アンディの愚痴をただ聞くのではなく、きちんと叱咤してくれる人。「君は“飴”が欲しいのかい」といった突き放し方で、アンディは自ら考え、仕事の中で結果を残して認められていく。

あの2人の関係性に、20代の頃上司との折り合いで悩んでいた私は、少なからず自分を重ねて観ていました。

今作でもその立ち位置は健在です。前作からミランダに色々と酷い仕打ちを受けながらも(笑)、いまも並んで仕事をしている。それは彼がランウェイをこよなく愛し、その中でミランダの仕事を何より認めているからなのでしょう。

アンディが「ランウェイが危ない」と相談に来ても、ナイジェルは焦らず、いつものように写真をチェックしながら、こう返します。

「ああ、僕の意見が聞きたいのかい」「僕なら、この鞄は斜めがけだね」

自分にできるのは今目の前の仕事をこなすこと。と言っているような、、ランウェイをなんとかしようとなんとか奮闘するアンディと対比したような…ナイジェルが”会社の中で活躍してきた理由がわかるような”….私にとってなんとも印象的なシーンでした。

ランウェイの危機と、ミランダの鮮やかな逆転

エミリーの恋人・ベンジーによって、ランウェイが買収されかける。物語は絶体絶命の局面を迎えます。

一度は弱音をこぼしたミランダが、ある朝、吹っ切れた表情でアンディを叩き起こします。

「仕事は、山積みよ」

そして彼女は、エミリーの彼、ベンジーが買収した親会社ごと買い戻すという、大胆極まりない逆転策を打ち出す。沈みかけたところからの一気の巻き返しに、胸がすく思いがしました。やはりミランダは、こうでなくてはなりません。

その裏で、叩き起こされたアンディも奮闘します。

クライマックスからラストへ、心を揺さぶられた場面を正直に

ここからは、特に心を動かされた場面を綴っていきます。

暴露本のシーン「あなたも、仕事が好きなんでしょう?」

今作で私がもっとも心を掴まれたのが、このシーンです。

買収騒動が落ち着いた車内で、ミランダはアンディに「私の本を、暴露でも何でも好きに書いていい」と告げます。自分の短気も、人を駒のように使ってきたことも、双子の成長を見逃し、家庭を犠牲にしてきたことも——隠さず書け、世間は知るべきだ、と言い切る。頂点に立つために払ってきた代償を、一切ごまかさないその覚悟に、まず圧倒されました。

そして、最後のひと言。「あなたも、仕事が好きなんでしょう?」。これは、アンディを“同類”として認めるセリフです。信頼と皮肉が、同じ温度で込められている。

けれど、ただの懺悔で終わらないのがミランダです。「あなたの本が売れれば、私はもうしばらくトップに居座れるかもしれない」——自らの暗部をさらす暴露本さえ、頂点に居続けるための一手に変えてしまう。この計算高さと図太さこそ、彼女の真骨頂だと感じました。

ミランダがあの地位にいるのは、すべてが完璧だからではありません。何かを犠牲にしてでも、とことん仕事を追い詰めてきたからこそ、彼女は尖っていった。私が惹かれるのは、彼女の人間性ではなく、仕事そのものに憧れられる女性としての佇まいなのだと思います。

「あなたは、私を救った気でいればいいわ。でも、違うのよ。あなたは、自分を救いたかったの」

相手を持ち上げておいて、最後に本質をひと突きする。この“ミランダ節”だけは、20年を経てもまったく錆びついていません。笑

ナイジェルの告白

終盤、ナイジェルがアンディに語りかける場面があります。

「君は、この仕事が偶然舞い込んできたとでも思っていたのかい。天から降ってきたとでも」「君はね、あの頃からずっと、僕の秘蔵っ子だよ」

——アンディをランウェイに推薦したのは、ほかでもないナイジェルだった。この事実が明かされた瞬間、思わず込み上げるものがありました。

「僕の一番のお気に入り」「愛弟子」。そんな言葉をかけてもらえるアンディが、羨ましくもあり、誇らしくもありました。

ラストの「ハッ」という笑顔に込められた、あのオマージュ

物語の終盤、アンディは最後にピーターのもとへ戻り、これまでのことを謝罪します。背景には、変わりゆく古い建物——ランウェイの行く末を映した暗喩——に揺れる、彼女の心の変化がありました。

そして、一度はランウェイの乗っ取りに失敗したエミリーとも、最後は並んで笑い合える“友人”になる。その象徴が、あの「炭水化物を半分こ」のシーンでした。

そしてラスト。アンディが、自分の書いた記事をミランダに手渡し、去り際に「なんでもありません」と言い残します。残されたミランダが、その記事に目を落とし、「ハッ」と笑う。前作で、たった一度だけ見せた、本当に優れた仕事に出会ったときの、あの笑顔。完璧なオマージュでした。

そしてカメラが引いていくと、隣の部屋にナイジェル、その隣の角部屋にミランダが働いている姿が映し出される。トップダウンの組織ではなく、“仲間”として並んで協力する構図です。そこに、前作と同じオープニング曲が流れ、物語は静かに幕を閉じます。

尖りきれない時代の切なさと、あの頃の懐かしさ

私が今作でもっとも愛おしく感じたのは、1作目から続く「最強のミランダが、アンディを徐々に認めていく」という関係性です。

どれほど厳しい言葉を浴びせられても、アンディはめげません。自分の信じたものへ、まっすぐに突き進んでいく。そんな彼女が、仕事でミランダに自分を認めさせていく。あのカタルシスが、私はどうしようもなく好きなのです。

そして前作もですが今作でも、無敵だったミランダの“弱さ”が描かれます。仕事に人生を懸け、子どもの成長も、夫との時間も犠牲にしてきた女性。20年という歳月が過ぎ、もう仕事だけに尖りきれなくなっていく。封じられていく彼女に、私は、ほのかな物悲しさと、切なさと、可笑しさを覚えました。

それでも、憧れの職場でひたむきに働く——あの頃の眩しさを、この続編でもう一度味わうことができました。観てよかった、と心から思える一本です。

まだまだ語り尽くせませんが、今日はこのあたりで。あなたは、どのシーンがもっとも心に残りましたか。

[ 文/構成 by 望月 りん子 ]

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寄稿者

望月 りん子
望月 りん子(Mochizuki Rinko)
映画・ドラマライター。日々の生活に寄り添う映像作品の魅力を、丁寧に言葉を紡いで発信しています。人間ドラマや心情、葛藤が描かれている作品がすき。

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