りくりゅう引退を発表 “最強ペア”7年間の物語に幕「引退寸前だった」木原を救った17歳…金メダルまでの軌跡

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ミラノ・コルティナ五輪で金メダルを獲得した「りくりゅう」ペアが17日、引退を発表した。 自身のインスタグラムで「やり切った気持ちでいっぱい」と心境を明かしている。 2019年の結成から7年、日本ペア界を牽引し続けた2人の競技生活に幕が下りた。
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ミラノ五輪金「りくりゅう」が引退発表
フィギュアスケートのペアで活躍した三浦璃来(24)、木原龍一(33)組(木下グループ)が17日、現役引退を表明した。今年2月のミラノ・コルティナ五輪でペア金メダル、団体銀メダルを獲得。日本フィギュア史に新たなページを刻んだ直後の決断となった。
日本ペア勢による五輪金メダルは史上初の快挙だ。しかもショートプログラム(SP)5位からフリーで6.90点差を逆転するという、現行採点制度下での五輪史上最大の逆転劇だった。長年、欧米や中国勢が圧倒的な強さを見せてきたこの種目で、日本勢が頂点に立った意味は計り知れない。
スケートリンクでアルバイト――「引退寸前だった」木原の日々
タイトルにある「引退寸前」は、決して大げさな表現ではない。
2018-19シーズン、木原は練習中の脳震盪により四大陸選手権と世界選手権を欠場。肩の痛みも抱える中、パートナーだった須崎海羽とのペアも解消に至った。行き場を失った木原は、古巣の邦和スポーツランド(名古屋市)でアルバイトをする日々を送っていた。25歳だった。
当時を知る愛知県スケート連盟の久野千嘉子フィギュア委員長は、こう振り返っている。
「もしかしたら、引退することも頭にあったのかもしれないですね」
氷上で世界と戦い続けてきた男が、同じリンクの裏方に回っていた。競技人生の終わりは、すぐそこまで来ていた。
「体に雷が落ちた」――17歳の三浦との運命的な出会い
転機は2019年初夏、中京大学アイスアリーナで訪れる。日本スケート連盟主催の「ペア教室」で、前パートナーの市橋翔哉とのペアを解消したばかりの17歳、三浦璃来とトライアウトを行うことになった。
試しにツイストリフト――女性を頭上に放り投げ、空中で回転させてキャッチする大技――を合わせた瞬間、三浦の体が異常なほど高く跳ね上がった。滞空時間が、今までのどのパートナーとも比べものにならなかった。
木原はこの瞬間を、こう表現している。
「体に雷が落ちたような感覚でした」
そして、確信した。
「もうこの方しかいない」
それは三浦にとっても同じだった。「合わせているんじゃなくて、合うんだ」。後に三浦が語ったこの言葉が、2人の関係の本質を物語っている。引退寸前だった26歳と、未来を探していた17歳。「りくりゅう」は、こうして生まれた。
7年間の山と谷――「お葬式みたい」と言われた日々も
結成からの7年間は、順風満帆とは程遠い道のりだった。
2021年の世界選手権では結成2シーズン目ながら10位に入り、日本人同士のペアとして歴代最高位を記録。北京五輪の出場枠「2」の獲得に貢献した。翌2022年の北京五輪では団体で銀メダルを獲得し、ペア個人でも日本勢として史上初の7位入賞を果たす。
そして2022-23シーズン、2人は一気に世界の頂点へ駆け上がる。GPファイナル、四大陸選手権、世界選手権をすべて制し、日本勢初の「年間グランドスラム」を達成した。
しかし、その直後に大きな試練が待っていた。2023-24シーズン、木原が腰椎分離症と診断される。GPシリーズや全日本選手権を欠場し、3か月間通常のトレーニングから離れた。復帰後も本来の力を取り戻せず、周囲からは「お葬式みたい」と言われるほど2人から笑顔が消えた時期もあったという。
「試合が怖い」と感じた日があった。それでも2人は氷の上に戻り続けた。
SP5位の絶望、そしてフリーでの大逆転
迎えた2026年2月、ミラノ・コルティナ五輪。7年間のすべてを懸けた舞台で、まさかの事態が起きる。
SPで得意のリフトにミスが出て、73.11点の5位発進。首位とは6.90点の差が開いた。演技後、木原は約10秒間動けなかったと報じられている。
「もう全部終わっちゃったな、と絶望していたんです」
木原はその夜、一睡もできなかった。ずっと泣いていたという。いつもはチームを引っ張る存在が、崩れかけていた。
そこで支えたのが三浦だった。
「いつもは龍一君が引っ張ってくれるんですけど、今回は私がお姉さんになって支えていました」
運命のフリー。映画「グラディエーター」の「Strength and Honor(強さと名誉)」の旋律に乗せ、2人は完璧な演技を披露する。序盤の3連続ジャンプを決め、SPで失敗したリフトも成功。スロージャンプ、デススパイラル、そして代名詞のツイストリフト――すべてをノーミスで滑り切った。
フリーの得点は158.13点。世界歴代最高得点を塗り替えた。合計231.24点。五輪史上最大の逆転劇で、日本ペア史上初の金メダルが2人の首にかけられた。
「諦めないことが、本当に良かったんだと思います」
三浦の言葉に、7年間のすべてが凝縮されていた。
「悔いはありません」――連名で綴られた感謝の言葉
引退の報告は17日、公式SNSを通じて連名で行われた。
「この度、三浦璃来・木原龍一は今シーズンをもちまして現役を引退することを決断しました」
声明では、結成当初から支えてくれたファン、木下グループをはじめとするスポンサー、家族や友人、そしてブルーノ・マルコットコーチ率いるコーチングチームへの感謝が丁寧に綴られている。
「困ったときには、いつもそばで手を差し伸べてくださる方々がいました。その一つ一つの支えが、私たちを強くし、ここまで歩んでくる原動力になりました」
そして、こう結んだ。
「競技人生には区切りをつけますが、私たちはやり切ったという気持ちでいっぱいで、悔いはありません。これまでのすべてが誇りであり、大切な財産です」
この引退は、実のところ多くのファンにとって「予告されたもの」でもあった。五輪後の記者会見で三浦はこう断言していたからだ。
「木原選手が引退するときは、私も引退するとき。他の人と組むことは絶対ない」
あの日の言葉は、約束だった。そして今日、その約束は果たされた。
SNSで広がる感謝、涙、そして「次は…?」の声
発表直後からSNSは大きな反響に包まれた。三浦のXの投稿は一夜で270万ビューを超え、「りくりゅう引退」はYahooリアルタイム検索のトレンドを独占。翌朝にはNHKニュース速報でも報じられた。
X上では「感動をありがとう」「本当にお疲れ様でした」という感謝の声が圧倒的に多い。一方で「りくりゅうロスが始まった」「競技会で2人の演技がもう見られないなんて」と寂しさを吐露するファンも少なくない。
ISU(国際スケート連盟)の公式アカウントも「世界中の人々が心打たれました」と祝辞を投稿。NYタイムズのミラノ五輪投稿は2000万再生を超えるなど、海外からの反響も大きい。
そしてもう一つ、SNSでひときわ目立つ声がある。
「次は結婚報告を待ってます」
7年間カナダで共同生活を送り、三浦が「家族みたいな存在」と語り、木原が「ご想像にお任せします」と微笑む2人。引退後も「2人で新しいことに挑戦していく」と宣言した彼らの”次の報告”に、ファンの期待は高まるばかりだ。
日本ペア界に残した財産と、これからの「りくりゅう」
りくりゅうが残した功績は、金メダルだけではない。「ペア」という種目そのものを日本に根付かせたことが、最大の財産だろう。
かつてペア競技は、フィギュアスケートの中でも日本では馴染みの薄い種目だった。それが今、桃太郎電鉄とのコラボ、GoogleのCM出演、木下グループの入社式への登壇と、2人の活動は競技の枠を大きく超えている。
今後について、木原は五輪後の会見で「2人で一緒にコーチングをしていきたい」と将来像を語っていた。プロスケーターとしてアイスショーの舞台に立つのか、指導者としてペアの後進を育てるのか。あるいは、まだ誰も想像していない「新しいこと」なのか。
スケートリンクでアルバイトをしていた25歳の青年と、「この人だ」と直感した17歳の少女。2人が始めた物語は、7年間で日本フィギュア史を塗り替え、世界中を感動させた。競技者としての「りくりゅう」はここで一つの区切りを迎えた。しかし2人が切り開いた道は、これからの日本フィギュア界を照らし続けるはずだ。
そして何より、「りくりゅう」の物語はまだ終わらない。
[文/構成 by さとう つづり]

























































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