フジ退社の小澤陽子アナ、フリー転向とアパレルブランド立ち上げを発表。慶應卒からの11年の経歴と新たな挑戦

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フジテレビの小澤陽子アナ(34)が6月18日付で同局を退社した。20日にはインスタグラムでフリー転向と、家族3世代でお揃いができるアパレルブランド「zutto toujours」の立ち上げを表明。2015年の入社から11年、報道とバラエティーの現場を歩んだアナウンサーが、新しい道に踏み出した。
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「11年間ありがとう、8ちゃんねる」 最終出社から2日後の挑戦表明
小澤陽子(34)が6月18日付でフジテレビを退社した。20日には自身のインスタグラムを「新しい挑戦のご報告」と題して更新し、フリーアナウンサーへの転向と、アパレルブランドの立ち上げを明らかにした。
ブランド名は「zutto toujours|ずっと・トゥジュール」。家族3世代までお揃いができるリンクコーデブランドで、20日に公式ローンチを迎えた。小澤は代表兼クリエイティブディレクターを務める。
「この度、アナウンサーというお仕事とは別に、尊い我が子とみんなで(家族3世代まで)お揃いができる日本発のリンクコーデブランド『zutto toujours|ずっと・トゥジュール』を立ち上げました」
小澤はそうつづった。今後はアナウンサー業もフリーランスとして続ける。退社の発表は3月12日。インスタグラムで「2026年6月をもちまして、フジテレビを退職することにいたしました」と報告していた。そこから3か月余り、退社の翌々日に次の一手を打った。
ミス慶應から人気アナへ 1年遅れて入った放送局
小澤は1991年7月29日生まれ、神奈川県横浜市の出身。慶應義塾大学環境情報学部に進んだ。2012年の「ミス慶應コンテスト」でグランプリに選ばれている。
就職は同級生より1年遅れた。2013年5月から半年間、シンガポールでインターンシップをしていたためだ。のちにフジテレビの同期となる宮司愛海とは、その滞在中に出会った。SmartFLASHの対談で小澤は「共通の知り合いの紹介で、現地の案内役をしてくれたのが、初対面の宮司だった」と語っており、宮司が現地を案内したことが2人の出会いだったという。互いにフジテレビを受けていることは、最終試験まで知らなかったという。
入社は2015年4月。翌年から競馬番組「みんなのKEIBA」のMCを務めた。初めて取材した競走馬がドゥラメンテで、そのドゥラメンテがケガから復帰して勝った放送中に、泣いたこともあった。
知名度を押し上げたのはニュースバラエティー「全力!脱力タイムズ」だ。2016年4月から2023年12月まで進行を担当した。報道では「Live News イット!」のフィールドキャスター、プレゼンターを務め、スポーツの現場にも立った。報道、スポーツ、バラエティーと、ジャンルを越えて現場を踏んだ11年になった。
「ゼロから独りで」 構想1年半のブランドづくり
ブランドは、小澤自身の経験から生まれた。2024年に第1子の長女を出産している。マタニティ期や育児で感じたことが、商品づくりの土台になった。
「自らのマタニティ期や育児の経験はもちろん、沢山の現役ママにインタビューし、リアルな母親目線で”プチ不満”を解決するような、機能性あるデザインの取り入れにも注力しています」
小澤はそう説明した。準備は一人で進めた。「一つひとつ勉強・対処しながらゼロから独りで準備を進めてまいり、本日2026年6月20日、晴れて公式ローンチとの運びとなりました」とつづった。バックに組織や資本を持たず、デザインからHP構築、撮影準備、運営、営業、ポップアップの準備まで、構想から1年半をかけて自ら手がけた。
退社の言葉には、11年への思いがにじむ。最終出社日の心境を、小澤は「絶対泣かないと思っていたのに喉が熱く、自然に涙が…」とつづった。入社のきっかけとなった放送局を、「11年間ありがとう、8ちゃんねる」と振り返っている。
「始まりからしてレベチ」 表参道のポップアップに260人
20日の報告には、ファンから反応が相次いだ。スポーツ報知によると、「始まりからしてレベチ」「素晴らしいアイデア」といったエールが寄せられたという。
ブランドの公式リリースによると、ローンチを記念して6月21日・22日の2日間、東京・表参道の「LIGHT BOX SATELITE」で初のポップアップストアを開く。招待予約制と一般開放の枠があり、現時点で予約枠だけで260名ほどが入っているという。
「明日からは表参道にて初のPOP UPストアも開催いたします! すでに260名ほどのご予約をいただき、胸がいっぱいです。本当にありがとうございます…! 一般開放の時間枠もございますので、ぜひお気軽に遊びにいらしてください」
小澤はそうつづり、来場を呼びかけた。
アナとブランド、二足の活動へ
小澤はアナウンサー業とブランド運営を並行させる。「アナウンサー業務もフリーランスとして活動していく予定」と明かした。3月の退社報道の段階でも、事務所に所属せず、オファーがあればアナウンス業も続ける方針が伝えられていた。
スポーツ報知によると、フジテレビではこの約2年で、定年退職者を含め10人ほどのアナウンサーが局を離れているという。小澤の退社も、その流れの中にある。
報道とバラエティーの現場で11年を重ねたアナウンサーが、今度は服づくりの世界に立つ。「多くの人に幸せな気持ちをお届けできるようがんばってまいります」。小澤はそう意気込みを記した。新しい肩書きでの一歩が、表参道から始まる。
[文/構成 by 橘すろべ]






























































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