永尾柚乃の親がスゴすぎる?9歳で映画監督デビューを支えた家族の教育方針とは「3歳から脚本20本」の秘密
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子役の永尾柚乃(9)=スペースクラフト・エージェンシー=が、9歳で映画『リタ』の監督・脚本・編集・主演の4役を務めることが2026年5月、カンヌで発表された。3歳から書き続けた脚本は20本以上。なぜ9歳でここまでできるのか。その答えは「自分で決めさせる」を貫いてきた家族の教育方針にある。本記事では、母親のインタビューや永尾本人の発言から、家庭の中で何が行われてきたのかを詳しく掘り下げる。
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9歳で映画監督デビュー――その裏にいた家族
2026年5月15日(現地時間)、フランス・カンヌの国際文化交流イベント「JAPANESE NIGHT in Cannes 2026」で、永尾柚乃(9)=スペースクラフト・エージェンシー=が映画『リタ』の監督・脚本・編集・主演の4役を務めることが発表された。作品は、環境破壊で滅亡の危機に瀕した惑星テルースの調査員が東京の小学2年生・真島リタを監視し、地球を破壊すべきか判断するSFファンタジーだ。劇場公開は2027年を予定している。
9歳が4役をこなす映画を作る。この事実だけを見ると「天才だから」で片付けたくなる。しかし、永尾柚乃の歩みを丁寧にたどると、その後ろには一貫した教育方針を守り続けてきた家族の姿が見えてくる。
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「思い出になれば」で始めた1歳半――母親が語ったデビューの理由
永尾柚乃が芸能活動を始めたのは1歳半のときだった。母親はCHANTO WEBのインタビューで「実は申し訳ないのですが、最初は『記念になれば』くらいの気持ちでスタートしました」と率直に振り返っている。最初の仕事はWOWOWのドラマ『コールドケース2』で、三浦友和の孫役だった。母親の回想に対し、当時を知らない永尾本人は「なっつかしい〜!」と笑っている。
その後も、母親は「楽しそうだな」と思える案件をちょこちょこやらせていたという。いわゆる「ステージママ」として娘を売り込むタイプではなかった。しかし3歳ごろ、状況が変わる。永尾本人が「真剣にやりたい」と言い出したのだ。母親はその言葉を受け、「本人がそう言うなら」と本格的な活動を支える覚悟を決めた。ここにすでに、この家庭の教育方針の原型がある。「やると決めたのは親ではなく、本人」という事実だ。
教育方針の柱は「自分で決めさせる」――外食のメニューから将来の夢まで
母親が子育てで最も大事にしてきた方針は「自分で決めさせる」ことだった。母親自身がインタビューでこう語っている。「自分で決めさせるようにはしています。細かいことなんですけれど、例えば、お食事に行くときは自分でメニューを決めさせる、とか、小さなことから実践しています」。
なぜそこまで自主性を重視するのか。母親は理由を明確に述べている。「大人になったときに、自分で判断できるようになってほしいんですよね。将来は、自分がしたいことをしてほしい、という思いがあるので、小さいときから自分の意思を言葉で表現できるようになってほしいです」。
この方針は食事のメニュー選びだけにとどまらない。永尾が現在こなしている5つの習い事(ダンス、バレエ、そろばん、学習塾、英語)は、すべて本人が自分で選んだものだ。さらにウクレレ教室も探していたという。テレビ番組で共演した高木ブーと「いつかウクレレで再共演しましょう」と約束したからだ。習い事の選択にまで親が口を出さない。「自分で決めさせる」は、言葉だけのモットーではなく、日常のあらゆる場面で一貫して実行されている。
永尾本人も、たまひよONLINEのインタビューで両親についてこう語っている。「2人は優しくていつもにこにこしていて大好きです。自分でやりたいことは自分で決めなさい、と言われています。自分でなんでも決めさせてくれるから、ママとパパは優しいなと思っています」。
もうひとつの柱「礼儀と挨拶」――自由にさせる中で唯一厳しかったこと
「自分で決めさせる」を徹底する一方で、母親が厳しく指導した分野がある。礼儀と挨拶だ。
母親はインタビューの中で「挨拶や会話するときの態度については厳しく教えている気がします」と明かしている。創作や仕事の判断は本人に任せる。しかし、人と接するときの基本的なマナーだけは譲らない。この線引きが、永尾柚乃の現場での評価にもつながっている。現場スタッフからは「仕事に関して妥協や中だるみが一切ない。周囲の大人も、柚乃ちゃんの姿から学ぶことが多い」と敬意を込めた声が上がっている。
「自由」と「規律」のバランスをどこに置くかは、子育ての永遠の課題だろう。この家庭では「創造と判断は自由に、礼儀だけは厳格に」という一本の線を引き、それをぶらさずに守り続けた。
母が”相手役”を務める家庭――共創する親子の日常
永尾柚乃は養成所やレッスンに通っていない。母親は「以前、何度か事務所主催のレッスンに行ったことはあるんですが、継続的に通っているわけではなくて。いい作品やスタッフさんに出会えたので、現場で育ててくださっているんだと思います」と説明している。演技経験もない母親が、それでも家庭でどうサポートしていたのか。
その答えが「相手役」だ。コロナ禍の時期は動画オーディションが多く、自宅で撮影して送る形式が増えた。そのとき母親が相手役を務めていた。母親は笑いながらこう打ち明けている。「私が相手役をやったんですね。でも、それが恥ずかしいくらい棒読みで…(笑)。セリフも覚えられなくて、本当に申し訳ないなって」。
その棒読みの母親に対し、永尾は「うまくなってきた」と声をかけた。インタビューの場でも「ママ、うまいよ!」「大丈夫、ママだったらできるよ」と励ましている。娘が母を励まし、母が娘の練習相手を務める。この家庭は単なる保護の場ではなく、互いに支え合う”共創の場”として機能している。
また、ドラマの台本を読む際には、読めない漢字を母親に教えてもらい、永尾自身がふりがなを書き込んでいた。母親が先回りしてふりがなを振るのではなく、わからなければ聞いてきたときに教える。ここにも「自分で決めさせる」「自分でやらせる」という方針が貫かれている。
3歳で始まった脚本づくり、親はどう”止めなかった”のか
永尾柚乃が自由帳に物語を書き始めたのは3歳のころだ。きっかけは、ある監督から「監督になりたいなら脚本も書けるようになっていた方がいいよ」とアドバイスを受けたこと。そしてもうひとつ、大好きだったドラマ『科捜研の女』の影響がある。3歳で沢口靖子演じるマリコに魅了され、自分でも「科捜研の柚乃」というオリジナル脚本を書いた。
ここで注目すべきは、親の反応だ。3歳の子どもが「脚本を書く」と言い出したとき、大抵の親なら「まだ早い」「字も書けないのに」と思うだろう。しかし、この家庭ではそれを止めなかった。「自分で決めさせる」という方針がここでも機能した。結果として、永尾は6年間書き続け、20本以上の脚本を手元に持つことになった。「不思議なトンネル」「死んだ人の顔が見える悲しい話」など、テーマは幅広い。
脚本のアイデアがどこから湧くのかを聞かれた永尾は、「ママの心をぐぐぐ…、ばーんって自分に入れてる感じですね」と答えている。この独特の表現は、母親の存在が創作の源泉になっていることを示している。「自分で決めさせる」という方針で自主性を育てながら、母親自身の存在が娘にとって創造のインスピレーションになっている。教えるのではなく、そばにいることで影響を与える。この家庭の子育ては、そういう構造になっている。
家には「永尾組」と書かれたマイ監督椅子とカチンコがあり、「はいスタート〜!」「はいカット〜!」とやっているという。また、ベランダにテントを張って「柚乃ちゃんワールド」という秘密基地を作り、シールや飾り付けを日々追加し続けている。本人いわく「ガウディのサグラダ・ファミリアみたいな感じ。どんどん建築が増えて終わりがない」。休憩したいときは、その窓から母親に「ちょっと休んでいい?」と言い、母親がジュースとお菓子を持ってくる。この何気ない日常のやり取りにも、親が子の「世界」を尊重し、求められたときにだけ手を差し伸べるという姿勢が見える。
「ついてくるの大変でしょ?」――子が親を気遣う逆転の関係
この家庭の特徴的なエピソードをもうひとつ紹介したい。
小学校入学を控えたころ、永尾は母親にこう言った。「小学校に入ったら、オーディションとかひとりで行くから、ママはおうちでゆっくりしていていいよ。ついてくるの大変でしょ?」。さすがにそれはマネージャーと一緒に止めた、と母親は笑う。
また、母親が体調を崩して横になっていたとき、当時3〜4歳の永尾は誰にも教わっていないのに洗い物をし、サラダまで作った。「トマトとレタスと、きゅうりと…」と本人は当時を振り返る。
この2つのエピソードが示しているのは、永尾柚乃が「親に支えられるだけの子ども」ではないということだ。親が子を気遣い、子もまた親を気遣う。「自分で決めさせる」教育は、自主性だけでなく、周囲への思いやりも同時に育てていた。
学業最優先、それでも夢を止めない親の線引き
芸能活動と学業の両立について、母親は明確な線を引いている。「基本的には本人に任せています。勉強はおろそかにしないようにね、というくらいで」「学業に差し支えない程度にお仕事を入れさせてもらっています」。将来、脚本家や監督になりたいなら勉強もしておかないといけない、という現実的な判断もある。
テレビの視聴時間についても、母親は「基本的にはしていないですね。寝る時間は決めているんですけれど、ずっとテレビを観ていることはないです。絵本を見たり、脚本を書いたりしていますね」と話している。ルールで縛るのではなく、本人が自然と自分の時間を使い分けている状態を信頼している。
永尾は毎朝起きるとすぐに「今日もいい日だ!楽しい日になるぞ!」と叫ぶのがルーティンだという。夜9時に就寝し、朝7時に起床。ときには朝5時に目が覚めることもある。赤ちゃんのころから昼寝をほとんどしない元気な子どもだったと母親は振り返っている。好き嫌いもなく、学校の給食も「全部好きだから悩むなぁ…」と選べないほどだ。
愛犬のボストンテリア「ブーイ」とトイプードル「モフ」の世話もすべて自分でやっている。「自分で犬を飼うと決めたから、ごはんをあげるのも、お散歩も、全部自分でお世話しています」。犬を飼うことも、世話をすることも、自分で決めて自分で責任を取る。ここにも同じ教育方針が一貫して流れている。
20本の脚本と、その後ろにいる家族
永尾柚乃は「今、やりたいなって考えてることは、今の一生のうちに全部やろうと思ってるんです」と語っている。9歳の言葉とは思えないが、これは特別な英才教育の成果ではない。「自分で決めなさい」と言い続けた両親と、その言葉を受けて本当に自分で決め続けてきた娘の、9年間の積み重ねだ。
映画『リタ』の脚本も、永尾自身が書いた。大人向けの原案「利他の心」を「子どもたちにこそ届く物語にしたい」とSFファンタジーに書き直したのも本人の判断だ。2027年の劇場公開に向けて、9歳の監督は動き始めている。
20本を超える脚本の後ろには、止めなかった親がいる。励まされた母がいる。そして「自分で決めなさい」と言い続けた家族がいる。
[文/構成 by さとう つづり]
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