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武部新、簗農相の後任に起用へ 父・武部勤元農相に続き親子2代で農水相の見通し

武部新、簗農相の後任に起用へ 父・武部勤元農相に続き親子2代で農水相の見通し

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高市早苗首相は15日、辞表を提出した簗和生農林水産相の後任に、自民党の武部新衆院議員(56)=北海道12区=を起用する方針を固めた。同日中に皇居での認証式を経て正式に就任する予定で、武部氏にとって初入閣となる。父の武部勤元自民党幹事長も2001年から農水相を務めており、親子2代で同じポストに就く見通しだ。

武部新氏を農水相に起用へ 15日中に認証式の予定

関係者によると、高市首相は15日、簗氏の後任人事を固めた。武部氏は首相官邸に呼ばれ、15日午後に皇居での認証式を経て正式に交代する段取りだ。

簗氏は前日の14日、首相官邸で高市首相と面会して辞表を提出し、首相は同日受理した。9月中旬の内閣改造から1か月足らずでの交代となる。2025年10月の政権発足後、不祥事をめぐる閣僚の辞任は初めてだ。

辞任か、更迭か。

呼び方は報道によって分かれる。簗氏本人は辞表提出後、「自ら決断した」と強調した。一方で、首相が続投は難しいと判断した「事実上の更迭」と位置づける報道もある。

道路予算発言と公選法上の疑惑 簗氏辞任までの経緯

発端は9月末の報道だった。簗氏は閣僚に就く前の5月24日、栃木県大田原市であった自民党支部総会後の懇親会で、2月の衆院選で自身を支援しなかった首長がいる那須烏山市と那珂川町について、道路予算を「大幅にカットした」と話したとされ、その音声が報じられた。

簗氏は10月2日の記者会見で発言をおおむね認め、「誤解を招く言いぶりがあれば、真摯に受け止める」と述べた。国土交通省への削減の働きかけは否定し、辞任しない考えも示している。5日には発言を撤回して陳謝した。7日の会見では、衆院選後に国交省へ2市町の予算配分額を問い合わせたことは認めたものの、地元の関心の声があって確認したと説明し、国交省への減額の働きかけは重ねて否定した。井林辰憲国交相も、報道されたような形で予算が削減された事実はないとの見解を示している。

選挙をめぐっては、別の疑惑も指摘された。2024年と2026年の衆院選で、簗氏の陣営が手配したシャトルバスで支持者を無料で送迎したというものだ。簗氏は当初「法令にのっとり、適正に処理しているという認識だ」と述べ、13日の衆院予算委員会では送迎の事実を認めたうえで、バス代は会場費として計上したとして法令違反を否定した。2024年衆院選で選挙事務員に支払った報酬についても、公職選挙法上の問題を指摘する報道が続く。いずれも違法性が確定したわけではない。

高市首相は当初、簗氏をかばう姿勢だった。8日の衆参両院の本会議では「襟を正して職責を全うしてほしい」と続投を求めていたが、13日の衆院予算委員会では、違法性があればためらわず判断する考えを示す。参院の野党各党は14日、簗氏が辞任しなければ問責決議案を提出する方針で一致し、同じ日に簗氏は官邸を訪ねた。辞表を出したあと、記者団にはこう語っている。

「国会審議にご迷惑を、これ以上おかけするわけにはいきませんし、また農林水産行政でも集中できない状況がこれ以上続くということは避けなければいけないと。そのように考え自ら決断をしました」

首相は「任命責任を重く受け止めている」と述べた。簗氏の説明については「十分に理解を得られた内容だと思っていない」とし、今後は一議員として説明責任を果たすよう求めた。簗氏は議員辞職の考えを問われたが、答えなかった。

農水副大臣、文科副大臣を歴任 武部新氏の歩み

武部氏は1970年7月20日生まれ。早稲田大学、米シカゴ大学大学院で学び、日本興業銀行の行員や衆院議員秘書を経て、2012年の衆院選で初当選した。父・勤氏が引退を表明した際、後援会は長男で秘書を務めていた新氏を後継に推した。2026年2月の衆院選で6回目の当選を決めている。

地盤の北海道12区は、北見市、網走市、稚内市、紋別市と、宗谷総合振興局、オホーツク総合振興局の管内にまたがる。日本最北の市である稚内市からオホーツク海沿岸の町村までを含む、道内でも広い選挙区だ。武部氏自身は北見市に住む。

政府では環境大臣政務官兼内閣府大臣政務官、農林水産副大臣、文部科学副大臣を務めた。農水副大臣は2021年10月から22年8月まで、中村裕之氏とともに務めた。

党の役職でも、農林水産分野の経験は長い。自民党の農林部会長や水産総合調査会長、野菜・果樹・畑作物等対策委員会委員長などを歴任し、衆院では農林水産委員会の理事や法務委員長を経験した。2025年5月からは自民党北海道支部連合会(道連)の会長として、道内の党組織をまとめる立場にある。

農政の現場を副大臣と部会長の両面から見てきた議員が、閣僚として省のトップに立つ。

父・武部勤氏はBSE対応に追われた農水相

親子2代の農水相。父の勤氏が農林水産大臣に就いたのは、2001年4月26日の第1次小泉内閣発足時だった。2002年9月30日の内閣改造で大島理森氏に交代するまで、約1年5か月にわたって農政を担った。

在任中の2001年9月、国内で初めてBSE(牛海綿状脳症)に感染した牛が千葉県で確認され、その後は北海道や群馬県でも見つかった。牛肉の安全をめぐる消費者の不安は大きく、農水省の対応は国会で厳しく追及された。2002年2月には衆院に勤氏への不信任決議案が出されたが、与党の反対多数で否決されている。勤氏はその後、自民党幹事長として小泉政権を支えた。

勤氏の農水相就任から25年。同じ北海道12区を地盤とする長男が、父と同じ農水相のポストに就く見通しとなった。

初入閣の武部氏を待つ国会審議

就任すれば、武部氏はすぐに臨時国会の答弁に立つことになる。臨時国会は10月5日に召集され、飲食料品の消費税減税をめぐる法案などが焦点になっている。与党内からは、法案審議に影響が出ないよう早期の決着を求める意見が出ていた。

野党は、首相の任命責任を引き続き追及する構えを見せる。簗氏の発言や疑惑の事実関係をめぐる質疑が続く中で、後任の武部氏は農林水産行政の立て直しを担う。

認証式は15日中に行われる予定で、その後に就任会見が開かれる見通しだ。副大臣や党の部会長として農政に携わってきた初入閣の閣僚が、最初の会見で何を語るのか。

[文/構成 by 小川 そら]

寄稿者

小川 そら
人物ニュースとトレンド記事を担当しています。記事を書くときに決めているのは、確認できていないことを書かないことと、報道の表現をそのまま強めないこと。経歴や活動歴は時系列で整理し、「いつ・何があったか」がすぐ追える形にまとめています。休日はドラマの一気見と、近所の喫茶店めぐりで過ごすことが多いです。

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