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松澤寛政、YouTube独学から全米トップに至る経歴を追う NFLドラフト会議で日本人初の指名なるか

松澤寛政、YouTube独学から全米トップに至る経歴を追う NFLドラフト会議で日本人初の指名なるか

時間がない人向けの30秒で理解ゾーン

ハワイ大学キッカーの松澤寛政(27)が、4月23日開幕のNFLドラフト会議で日本人初の指名を受ける可能性がある。大学受験に2度失敗した20歳がYouTubeでキックを独学し、7年でFBS5位の成功率93.1%(FG27/29)を記録。ハワイ大史上初のコンセンサス・オールアメリカンに選ばれた。ドラフトはピッツバーグで25日まで開催される。

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■20歳で渡米、YouTubeだけを教科書にキッカーを志す

北米4大プロスポーツリーグで、日本人選手が誕生していないのはNFLだけだ。その扉を開けるかもしれない男が、カリフォルニアで静かにドラフトの日を待っている。

松澤寛政(27)=ハワイ大学=は、ポジションはプレースキッカー。フィールドゴール(以下FG)やエクストラポイントを蹴る専門職で、接戦を左右する得点源を担う。愛称は”Tokyo Toe”。

千葉県市川市で生まれ育ち、5歳からサッカーに打ち込み、千葉県立幕張総合高校ではフォワードとして県大会ベスト8に進出。3年時にはキャプテンも務めるも、大学受験に2度失敗し、進路を完全に見失った。

転機は2018年。無気力な息子を見かねた父・徹治さんが「日本の外を見てこい」とだけ言い、アメリカへの往復チケットを渡す。初めての渡米で訪れたオークランドのスタジアムで、松澤はNFLの開幕戦を目の当たりにした。

「熱気もスタジアムの雰囲気も、全てが新鮮だった。NFL選手になりたいと思った」。松澤はESPNの取材にそう振り返る。サッカーで鍛えた脚を生かせるキッカーこそ自分の道だと確信し、帰国後すぐにフットボールとキックスティックを購入した。

コーチはいない。教科書はYouTubeだけだった。シアトル・シーホークスのキッカー、ジェイソン・マイヤーズの動画をコマ送りで研究し、フォームを真似た。昼間は都内のステーキハウスで働き、夜になると千葉の公園で一人ボールを蹴り込む。子どもたちの邪魔にならないよう、暗くなってからこっそりフェンスの中に入った。

「7年前を振り返ると、本当にひどい出来だった。でもなぜか自信だけはあった」。松澤はESPNにそう打ち明けている。

■オハイオの短大からハワイ大へ、異例の編入ルート

独学で約1年が過ぎた頃、松澤はXリーグ(日本のアメフト最高峰リーグ)に所属する富士通フロンティアーズに連絡を取る。「どんな雑用でもやるから、代わりにフィールドを使わせてほしい」。チームはこの申し出を受け入れた。プロ選手の練習を間近で見られる環境が、松澤の技術を底上げする。

渡米資金はステーキハウスのアルバイトで約3年かけて貯めた。自主練の動画を撮影し、アメリカのコミュニティカレッジ(短大に相当)約50校に送ったが、返事が来たのは2校だけ。松澤はオハイオ州のホッキングカレッジを選んだ。「カリフォルニアは旅行でも行ける。オハイオはこれを逃すと一生行けない」。週刊プレイボーイの取材にそう理由を語っている。

2021年に渡米。英語は「Yes」と「No」しか話せなかった。松澤自身が「底辺の底辺」と表現する環境で、朝5時に起きて朝練、午前午後に授業、夕方にトレーニング、夜は課題に追われる生活を送る。通常2年かかるカリキュラムを1年半で終えた。

キッカーとしての実力は着実に伸びた。ホッキングカレッジ2年目にはFG17本中12本を成功させ、50ヤードの長距離FGも決めている。だが上位校からの注目は限定的だった。

道を切り開いたのは、全米屈指のキック専門指導者クリス・セイラーだった。セイラーのラスベガスでのショーケースに参加し、さらにトップ12キャンプにも招待された松澤の映像は、ハワイ大学のスペシャルチームズコーディネーター、トーマス・シェフィールドの目に留まる。

「最初のキックを見た瞬間、この子は本物だとわかった」。シェフィールドはESPNにそう語った。ハワイ大はウォークオン(奨学金なしの入部)の枠を提示し、松澤は2023年に編入する。

■成功率75%から96.2%へ、メンタル改革が生んだ覚醒

ハワイ大1年目の2023年はレッドシャツ(練習生扱い)で公式戦に出場しなかった。この時期、練習で不調に陥った松澤に、シェフィールドは意外な指示を出す。「1週間フットボールに触るな。ビーチに行け」。松澤はリフレッシュして戻り、徐々にリズムを取り戻した。

2024年、正キッカーの座を手にする。全12試合に出場し、FG16本中12本成功、エクストラポイントは32本中32本。チーム最多の68得点を挙げた。だが成功率75%は、本人もスタッフも納得できる数字ではなかった。外したのはいずれも30ヤード前後の「決めて当然」の距離で、技術ではなくメンタルが課題だと松澤自身も気づいていた。

「プレッシャーをかけすぎていた。楽しむべきフットボールが、全く楽しめなくなっていた」。松澤はESPNの取材でそう認めている。

シーズン後、シェフィールドに促される形でスポーツメンタルの専門スタッフと取り組み始めた。結果を気にするのではなく、プロセスに集中する思考法を身につける。ノートに「自分は最高のキッカーだ。全てのキックを決める」と繰り返し書いた。シェフィールドはその様子を「バート・シンプソンが黒板に同じ文を書かされている感じだった」と笑う。

2025年、松澤は別人のように蹴り始めた。開幕戦のスタンフォード大戦、20対20で迎えた第4クオーター最終プレー。38ヤードのFGを沈めて23対20のサヨナラ勝ちを決める。ここからシーズン開幕25連続成功を記録し、1982年にワシントン大のチャック・ネルソンが作ったFBS記録に並んだ。

フレズノ州立大戦では自己最長の52ヤードを成功。ハワイ大のキッカーとしては約10年ぶりの長距離弾だった。シーズン通算でFG29本中27本成功、エクストラポイント40本中40本。合計121得点はマウンテン・ウェスト・カンファレンスの得点王に輝く数字だった。

成功率について聞かれた松澤の答えは意外なものだった。「シンプルに、チームメイトがたくさんボールを蹴る機会をくれたんです」。

■ハワイ大史上初のコンセンサス・オールアメリカン、グローザ賞最終候補に

成績が評価を呼んだ。松澤はAP通信、ウォルター・キャンプ財団、AFCA(全米フットボールコーチ協会)など主要選定機関から軒並みオールアメリカンのファーストチームに選出される。3つ以上の機関から選ばれる「コンセンサス・オールアメリカン」はハワイ大フットボール部の歴史で初めてだった。

さらに全米最優秀キッカーに贈られるルー・グローザ賞の最終候補3人に名を連ねた。同賞のファイナリストにハワイ大から選ばれたのは、のちにNFLで17シーズン活躍するジェイソン・イーラム以来、33年ぶりの快挙だった。マウンテン・ウェスト・カンファレンスのスペシャルチームズ年間最優秀選手にも選出されている。

学業面でも結果を残し、CSC(カレッジ・スポーツ・コミュニケーターズ)のアカデミック・オールアメリカンにファーストチームで選ばれた。スポーツマネジメントを専攻する松澤は、ハワイ大の歴史上4人目のアカデミック・オールアメリカンとなる。

レギュラーシーズン最終戦、ワイオミング大戦でのエピソードが松澤の人柄を映し出す。47ヤードを2本決めて25連続に到達した直後、26本目の30ヤードをわずかに右に外した。記録更新がかかった場面での失敗。ところがスタジアムの観客は全員立ち上がり、スタンディングオベーションを送った。キッカーがミスをしてブーイングではなく拍手が起きるのは、異例中の異例だ。

「とてもビューティフルなモーメントでした」。松澤は週刊プレイボーイの取材でそう振り返る。試合後、ティミー・チャンヘッドコーチは日本式のお辞儀をしてから松澤を抱きしめた。

■NFLコンバイン参加、手本のマイヤーズからは太鼓判

シーズン終了後、松澤はNFLのIPP(インターナショナル・プレイヤー・パスウェイ)プログラムに選ばれた。海外出身の有望選手がNFL入りを目指すための公式育成ルートだ。日本人のIPP選出は、2021年のRB李卓に続き2人目となる。

2026年2月にはインディアナポリスで開催されたNFLスカウティングコンバインに参加し、全32チームのスカウトの前でキックを披露した。3月末のプロデーでは約55ヤードのキックを成功させた一方、精度にばらつきも見せ、「結果がしっかり出せなかった」と日本経済新聞の取材に悔しさをにじませた。

ESPNのドラフトアナリスト、メル・カイパーJr.は松澤を今年のキッカーで5位にランクしている。キック専門指導者のセイラーは「NFLの全チームと毎年話すが、松澤はトップクラスの評価を受けている。キャンプに呼ばれないとしたら驚く」とESPNに断言した。

松澤がYouTubeで手本にしてきたマイヤーズは、2026年2月のスーパーボウルでFG5本全て成功のスーパーボウル記録を打ち立てた。アリーナフットボールリーグからNFLに這い上がった苦労人でもある。そのマイヤーズは松澤の存在を伝えられると、「きっと素晴らしいキッカーになるよ」と太鼓判を押した。スポーティングニュースが報じている。

■ドラフト当日、カリフォルニアで待つ「次の一本」

NFLドラフトは現地時間4月23日から25日まで、ピッツバーグで開催される。全7ラウンド、257人が指名を受ける。キッカーは例年指名数が少なく、ドラフト外のフリーエージェント契約でNFL入りするケースも多い。松澤にはIPP枠でのプラクティススクワッド(練習生)入りという選択肢も残されている。

松澤は現地入りし、指名を待つ。時事通信の取材に「ドラフトはNFLに入る過程にすぎないという認識。自分がコントロールできることに集中するのが一番」と平常心を口にした。FNNの取材には「20歳で競技を始めた時から、ここまで来られると信じてやってきた。初日と変わらぬ気持ちでプレーしている」と語る。

両親の渡米は未定だ。週刊プレイボーイの取材で「航空券が高くて」と笑った松澤は、毎日のように電話で家族と話す。内容はフットボールではなく、お笑い番組やテレビの話題。7年前にチケットをくれた父、貯金が尽きた時に「やりたいことをやりなさい」と背中を押した母との距離感は、太平洋を挟んでも変わらない。

「キックが良ければ評価してもらえるし、悪ければ終わり。そういう世界なので。とにかく次の一本を決めることだけ考えています」。週刊プレイボーイの取材に松澤はそう答えた。

千葉の公園で一人、YouTubeを見ながらボールを蹴っていた20歳の青年は、カリフォルニアの練習場で同じボールを蹴り続けている。

[文/構成 by 久遠(KUON)]

寄稿者

久遠(KUON)
WEBライター(主にスポーツ記事)経験7年。スポーツ、格闘技が好きで、ボクシング世界チャンピオンが主宰するジムに4年間在籍。自分でも練習を重ね、”3分”の過酷さと濃さを体で知る。観戦もライフワークで、会場には年4回ほど足を運ぶ。選手目線の実感とファン目線の熱量、その両方を武器に、試合の見どころやリングのリアルをライター経験を活かしてわかりやすく伝えます。

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