三原舞依、神戸ポートタワーのアンバサダー就任をインスタで報告 2022年GPファイナル覇者は神戸生まれ神戸育ち

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フィギュアスケートの2022年グランプリ(GP)ファイナル女王で、プロスケーターの三原舞依(27)が10月9日、自身のインスタグラムで「神戸ポートタワー公式アンバサダー」への就任を報告した。就任は10月1日付。同じ日、タワーで開かれたムーミンとのコラボ企画のお披露目会にも登壇し、「生まれ育った大好きな地元・神戸のシンボル」と喜びを語った。神戸市須磨区出身で、神戸のリンクから世界の頂点に立ったスケーターが、今度は港町の顔を務める。
三原舞依が神戸ポートタワー公式アンバサダーに 就任は10月1日付
三原は10月9日、インスタグラムを更新し、神戸ポートタワーのアンバサダーに就いたことをファンに伝えた。報道で伝えられた投稿文によると、三原は「幼いころからだいすきでずっと眺めている 神戸の素敵なシンボル 神戸ポートタワーの魅力をたくさんお伝えできたら嬉しいです!」と抱負をつづっている。
投稿には真っ赤なワンピース姿の写真が5枚並んだ。ムーミンの物語に登場する赤い服の女の子、リトルミイをイメージした服で、三原は「明日からムーミンコラボが始まります!」と紹介。「みなさまもぜひ ミイさんになってポートタワーにお越しください」と呼びかけた。
肩書きは二つある。ポートタワーの展望フロアなどを運営する株式会社フェリシモ(神戸市中央区新港町)の発表では、三原は2026年10月1日から「神戸ポートタワー公式アンバサダー」に就き、同じ10月1日付でフェリシモのアンバサダーにも就任した。神戸に本社を構える通販会社と、神戸の顔であるタワーの両方を、地元出身のスケーターが背負う。
お披露目会で語った「生まれ育った大好きな地元・神戸」
アンバサダーとして初めて臨んだイベントは、10月9日に神戸ポートタワーで開かれた「MOOMIN × KOBE PORT TOWER 〜ムーミン × 神戸ポートタワープロジェクト a part of KOBE〜」のメディアお披露目会だった。フェリシモの矢崎和彦社長とともに登壇した三原は、あいさつで次のように話した。
「生まれ育った大好きな地元・神戸のシンボルであるポートタワーのアンバサダーを務めさせていただき、とても光栄です」
ムーミンとの縁は、競技生活の中で生まれている。現役時代に大会でフィンランドを訪れた際、ファンからムーミンのぬいぐるみをたくさん贈られたという。この日は「今日も自宅から思い出のぬいぐるみを持ってきました」と明かし、「かわいいムーミンの世界観や大好きなポートタワーの魅力を、たくさんの方々に知っていただけるよう盛り上げていきたい」と意気込んだ。
会場にはムーミントロールも登場した。三原が手にしたのは、タワーに常設されているフォトスポット用のパネル「神戸ポートタワーに来とお」。神戸の言葉で「来ている」を意味する一言が入ったパネルを持ち、ムーミントロールと並んで撮影に応じた。
その後は館内を一足早く体験した。地上約100mの屋上デッキでは、ガラスの壁に描かれたムーミンのアートと、避雷針の部分に掲げられた特別なイベントフラッグを背に撮影。展望5階ではムーミンやリトルミイのフォトスポットと、10月10日から売り出す「神戸瓦せんべい」「記念メダル」などの限定グッズを見て回った。ムーミンのイラストが入った瓦せんべいは神戸らしい土産で、記念メダルはポートタワーだけで買える。展望4階の「光のミュージアム」では、壁に手を触れるとデジタルの花火とムーミンの仲間たちが動き出す期間限定の演出を楽しんだ。
「鉄塔の美女」神戸ポートタワーと52日間のムーミン企画
神戸ポートタワーは1963年11月20日、神戸港の中突堤に完成し、翌21日に開業した。高さは108m。所在地は神戸市中央区波止場町5-5で、中ほどがくびれた赤い鼓形の姿から「鉄塔の美女」と呼ばれてきた。
耐震補強などの大規模改修で2021年9月27日に営業を止め、約2年7カ月後の2024年4月26日にリニューアルオープンした。このとき初めて屋上デッキに入れるようになり、床が回る展望3階には、約30分で一回りするカフェ&バー「Ready go round」が新しく入った。
再開後の人気はすさまじい。リニューアルから1年間(2025年4月25日までの集計)の入場者は64万8667人に達し、年間60万人を超えたのは1993年度以来31年ぶりだった。2025年12月4日には再開後の総入場者が100万人を突破している。開業から60年以上、神戸港を見守ってきたタワーが、再び観光の入り口として人を集めている。
ムーミン企画の会期は10月10日から11月30日までの52日間。メイン会場の神戸ポートタワーを含め、北野の異人館、元町・三宮の街、メリケンパークやハーバーランドなどのウォーターフロントにまたがる22の施設・事業者が加わる。ホテルオークラ神戸や神戸元町商店街、北野の「ラインの館」、モザイク大観覧車、神戸市営地下鉄、港を巡る「ポートループ」のバスなど、地元ではおなじみの名前が並ぶ。後援には神戸市と神戸観光局が名を連ねた。
同じ10月10日には、神戸市立博物館で「トーベとムーミン展~とっておきのものを探しに~」も始まった。会期は12月13日まで。ムーミンの生みの親トーベ・ヤンソンの原画やスケッチなど約300点が並ぶ展覧会で、街全体でムーミンを楽しむ秋になる。
須磨で育ち神戸のリンクから世界へ GPファイナル覇者の歩み
三原は1999年8月22日生まれ。神戸市須磨区で育ち、神戸市立東須磨小学校2年でスケートを始めた。兵庫県立芦屋高校1年のとき、全身の関節が痛む難病「若年性特発性関節炎」と診断され、入院や車いすの生活も経験している。それでも約4カ月で氷の上に戻った。
その後は神戸市東灘区に本部を置く甲南大学へ進み、2022年3月の卒業式では学長表彰を受けた。同年4月に甲南大学大学院へ進学し、修士課程を修了。2026年4月からは社会科学研究科の博士後期課程で学ぶ。地元・神戸を拠点に、競技と研究を両立させてきた。
世界の頂点に立ったのは2022年12月、イタリア・トリノでのGPファイナルだった。ショートプログラム2位からフリーで1位となり、合計208.17点で逆転優勝。初出場での優勝で、日本女子として4人目のファイナル女王になった。四大陸選手権は2017年と2022年の2度制し、2022年大会では218.03点で頂点に立っている。
| 年 | 大会 | 結果 |
|---|---|---|
| 2017年 | 四大陸選手権 | 優勝(三原舞依) |
| 2019年 | ユニバーシアード冬季大会 | 優勝(三原舞依) |
| 2022年 | 四大陸選手権 | 優勝(三原舞依、218.03点) |
| 2022年 | GPファイナル(トリノ) | 優勝(三原舞依、208.17点) |
| 2023年 | FISUワールドユニバーシティゲームズ | 優勝(三原舞依、連覇) |
GPファイナル優勝の直後、兵庫県から感謝状を受け取った三原は「優勝できたのは、生まれ育った兵庫県のリンクで毎日練習してきたからこそ」と話している。地元への思いは、言葉だけで終わらなかった。
所属先のシスメックス(神戸市中央区)の家次恒会長は2025年6月、神戸市中央区脇浜海岸通に通年型リンク「シスメックス 神戸アイスキャンパス」が開業した日のあいさつで、2017年に坂本花織と三原から届いた手紙をきっかけに、通年型リンクの必要性を知ったと明かした。二人の選手が書いた手紙は、8年後に地元のリンクとして形になった。
開業記念のミニアイスショーで滑った三原は、建設中の建物を見ながら完成を待ち望んでいたと語り、「大きな夢が叶いました」と喜んだ。2024年1月には、地元で開かれた神戸ルミナリエを訪れ、所属チームのインスタグラムに「幼い頃からいつも練習の帰りに車から眺めたり、会場に観に行ったりしていた私にとって凄く特別な神戸ルミナリエ」とつづったこともある。子どものころから見てきた神戸の風景を、三原は大切にしてきた。ポートタワーについても、就任報告で「幼いころからだいすきでずっと眺めている」と書いている。
引退表明から約10カ月 11月15日には神戸マラソンのリレーにも挑む
三原は2025年12月18日、全日本選手権の開幕前日に、そのシーズン限りでの現役引退を表明した。「(競技人生)18年の集大成。納得のいく演技をして、笑顔で終えられたら」。同じシスメックス所属で神戸市灘区出身の坂本花織も、同じシーズン限りで競技を離れている。
引退後はプロスケーターとして活動を続け、シスメックスのアンバサダーも務める。地元での役目は、ポートタワーだけにとどまらない。
11月15日開催の「神戸マラソン2026」では、大会の実行委員会から「チャレンジアンバサダー」に起用された。約42kmを2人1組でたすきをつなぐリレーランに出場する予定で、マラソン大会への出場は初めて。三原は「トレーニングを積んで、感謝の思いを込めて走ります!」とメッセージを寄せている。
10月はタワーの顔として、11月は市民ランナーとして。神戸生まれ神戸育ちのスケーターの秋は、地元の行事で埋まっていく。ムーミン企画が続く11月30日まで、三原が勧める赤いワンピース姿の来場者がポートタワーに何人現れるか。港町の秋の楽しみが一つ増えた。
[文/構成 by スポーツライター 南條楓]










































































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