佐々木仁子さん、51歳で死去 初代J-GIRLSフェザー級王座の元キックボクサー

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元キックボクサーの佐々木仁子(ささき・さとこ)さんが9月24日に亡くなった。51歳だった。K-1実行委員会とKrush実行委員会が27日に公式サイトで発表し、かねて病気療養中だったと伝えている。初代J-GIRLSフェザー級王者で、Krushでは7戦全勝。通夜は29日、告別式は30日に東京都町田市で営まれる。
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K-1が27日に訃報を発表
佐々木さんの訃報は27日、格闘技団体K-1の公式サイトに「【訃報】 チームドラゴン 佐々木仁子さん 逝去のお知らせ」として掲載された。発表によると、佐々木さんはかねてより病気療養中で、9月24日に息を引き取った。享年51。病名は公表されていない。
発表の主体はK-1実行委員会とKrush実行委員会で、かつてチームドラゴンの所属選手としてKrushのリングに立った佐々木さんを悼み、「ご冥福をお祈りします」と結んでいる。現役を退いてから12年。女子キックボクシングの第一線を知るファンや関係者にとって、早すぎる別れとなった。
神奈川出身、J-GIRLSで初代フェザー級王者に
佐々木さんは1974年10月5日生まれ、神奈川県出身。身長158cmのオーソドックススタイルで、チームドラゴンに所属していた。
キャリアの柱となったのが、女子キックボクシングの大会「J-GIRLS」だ。2007年、その初代フェザー級王座に就いた。デイリースポーツは訃報の中で、佐々木さんを日本を代表する女子キックボクサーとして紹介している。
2009年12月には、J-GIRLSのリングでポーランドのヨアンナ・イェンドジェイチェクと対戦し、判定で敗れている。格闘技専門サイトのBOUTREVIEWが伝えた戦歴で、ヨアンナは後に総合格闘技のUFCで女子ストロー級王者になった選手だ。
プロのキック戦績は33戦24勝(4KO)8敗1分。K-1公式サイトの選手ページにも、同じ数字が残っている。
Krushで7戦全勝、後のUFC王者にも判定勝ち
2010年からは、立ち技イベント「Krush」(現在はK-1グループの大会)が主戦場となった。初出場は2010年9月のKrush.10で、以降2014年3月の引退試合まで7試合を戦い、一度も負けなかった。K-1公式サイトの記録では、7試合はいずれも判定決着となっている。
デイリースポーツやBOUTREVIEWが訃報で特に触れたのが、2013年12月14日のKrush.35だ。相手は中国のジャン・ウェイリー。佐々木さんは判定で勝利を手にした。
ジャン・ウェイリーはその後、UFCで女子ストロー級王座に2度就く。2020年3月には、佐々木さんがかつて拳を交えたヨアンナとUFCの王座戦で対戦した。後に世界の頂点に立つ2人と、同じ時代にキックのリングで向き合っていたことになる。
2014年3月、記念のベルトを手に引退
最後の試合は2014年3月8日のKrush.39。森田和美を判定で下し、Krushでの白星を7に伸ばしてグローブを置いた。
当時のKrushには、まだ女子の王座がなかった。BOUTREVIEWによると、引退の際には宮田充プロデューサーから記念のベルトが贈られ、佐々木さんは涙を流したという。
39歳での引退だった。J-GIRLSで初代王者となり、Krushでは一度も負けないまま区切りをつける。長く第一線に立ち続けたキャリアだ。
通夜は29日、告別式は30日に町田市で
K-1の発表によると、葬儀は次の日程で営まれる。
| 項目 | 日時 |
|---|---|
| 通夜 | 9月29日(火) 18時から19時まで |
| 告別式 | 9月30日(水) 12時から13時まで |
| 式場 | みなみ会館(東京都町田市旭町1-22-5) |
供花と供物については、「誠に勝手ながら、ご供花、ご供物の儀は固くご辞退申し上げます」と案内している。
初代J-GIRLSフェザー級王者として、そしてKrushで7戦全勝のまま現役を終えた選手として、佐々木さんの名前は女子キックボクシングの歩みに刻まれている。心よりご冥福をお祈りします。
[文/構成 by MEDIA DOGS編集部]








































































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