ヒロミ、『がっちりマンデー!!』で会社の社長交代を明かす「今は息子に全部」 息子が2代目社長に

時間がない人向けの30秒で理解ゾーン
タレントのヒロミ(61)が、10月11日放送のTBS系『がっちりマンデー!!』にゲスト出演し、自身の会社の社長を交代したと明かした。新しい社長は息子で、ヒロミは「今は息子に全部」と説明。今は「雇われてる感じ」だと笑顔で語った。
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加藤浩次の質問に「社長を交代しまして」
話が出たのは、MCの加藤浩次(極楽とんぼ)がヒロミに会社の近況を尋ねた場面だった。「ヒロミさんの会社はどうですか?」と振られたヒロミは、「僕の会社は34~5年やってますね」と答えたうえで、「社長を交代しまして」とさらりと切り出す。
加藤は「えっ?」と驚いた。画面には「今年は大きな変化」という趣旨のテロップが出ており、交代は今年のことだと読み取れる。
ヒロミは続けて「今は息子に全部」と明かし、息子が2代目社長に就いたと説明した。自分の立場については「雇われてる感じですからね。“これ仕事やれ”みたいなこと言われたら“あっ、はい!”みたいな」と、笑顔で語っている。
社長の座を譲った側が、指示を受ける側に回った。30年以上続けてきた会社のトップを退いたヒロミは、その変化を冗談まじりに口にしたのだった。
「社員が1人1億円以上稼ぐ会社」を特集した回
この日の『がっちりマンデー!!』は、日曜朝7時30分から8時までの30分番組だった。テーマは「社員が1人1億円以上稼ぐ会社」で、少人数で大きく稼ぐ会社の仕組みを紹介する内容となった。スタジオゲストとして、ヒロミと経済アナリストの森永康平が出演した。森永は2025年1月に67歳で亡くなった経済アナリスト・森永卓郎の長男で、証券会社や運用会社でアナリストを務めたのち、2018年に金融教育の会社マネネを設立している。
番組の告知によると、取り上げたのは3社だった。1人あたり2億円を稼ぐ木材商社は、社員1人が何足もの草鞋を履く働き方が稼ぎの秘密。「持たざる経営」で同じく1人2億円を稼ぐ中小企業専門の食品卸会社も登場し、選択と集中で稼ぐ姿が紹介された。若者に人気の美容品会社は1人8億円を稼ぎ、番組タイトルには「AI×コスメ」の文字が並ぶ。
少人数の会社が、どうやって大きな売り上げを出すのか。その答えを探る回で、自分の会社の話を振られたのがヒロミだった。
1992年に設立した個人事務所「ビィーカンパニー」
ヒロミの会社は、1992年に設立した個人事務所「ビィーカンパニー」だ。ヒロミ自身もこの事務所に所属しており、番組で語った「34~5年」という年数は、設立からの歳月とほぼ重なる。
ヒロミは1986年、ミスターちん、デビット伊東とお笑いトリオ「B21スペシャル」を結成した。3人は東京・新宿歌舞伎町のショーパブで一緒に働いていた仲間で、店で披露していたネタが芸能プロダクションの人力舎の目に留まり、デビューした。ミスターちんはのちにTBSラジオの番組で、3人が若いうちに人力舎を離れて個人事務所を立ち上げたこと、独立を切り出したのはヒロミだったことを明かしている。事務所設立の翌年、1993年にはタレントの松本伊代と結婚し、2人の息子が生まれた。長男は俳優の小園凌央だ。
小園は芸能事務所エープラスに所属し、俳優として活動する。2019年10月に始まったドラマ『あおざくら 防衛大学校物語』では、防衛大学校の学生・武井寅明役を演じた。2020年4月には同作の舞台版への出演も決まっていたが、新型コロナウイルスの影響で全公演の開催が見送られている。
番組で、社長に就いた息子が長男と次男のどちらなのかは明かされていない。息子の名前や就任した正確な日付、肩書きの詳細も、放送の発言からは分からなかった。
テレビを離れた時期と「雇われ業者」という考え方
ヒロミには、テレビから長く離れた時期がある。
2014年6月に出演したテレビ朝日系『ロンドンハーツ』では、2006年ごろから「6~7年」テレビに出なくなった理由を語った。40歳を過ぎたころから番組が次々と終わり、新しい番組が始まらなくなったという。番組スタッフから芸風を和らげるよう求められても応じず、「何ならオレ、やめてもいいよ」と口にしたところ、「はい、ご苦労様」とそのまま番組を降ろされた。本人はそう打ち明けていた。レギュラー番組は多い時で10本、最高月収は6千万円だったと、それまでにも語っている。芸能活動を再開したのは2013年の年末ごろで、そこから再びバラエティーの第一線へ戻った。
復帰後のヒロミを支えた柱の一つが、DIYだった。日本テレビ系の『ヒロミリホーム』は、ヒロミがDIYの技術で依頼者の悩みを解決する企画で、2025年12月31日には『ヒロミの大晦日リホーム』として18時から23時30分まで5時間半の生放送を行った。舞台は、台風の強風でテント屋根が壊れ、土俵で練習できなくなった子どもの相撲クラブ。築100年を超える古民家の改修やシャワーづくりにも挑み、SUPER EIGHTの横山裕が助っ人に駆けつけた。
2023年8月には日本テレビ系『24時間テレビ46』でチャリティーランナーを務め、58歳で102.3キロを完走した。ゴールは放送終了直前の午後8時50分前で、妻の松本伊代が代表曲「センチメンタル・ジャーニー」を歌って迎えている。ゴール直後の午後9時から生放送された『行列のできる相談所』で、ヒロミは番組の終了時刻を1時間遅く勘違いしていたと明かし、「最後の1キロ、2キロ、(放送に)間に合わねえ、って」と、終盤の心境を笑いまじりに語った。
テレビを離れていた2006年ごろからの数年間、ヒロミはスポーツジムの経営などに軸足を移していた。2022年に文春オンラインのインタビューに応じた際は、40歳くらいまでテレビでわがままを通していた自分が世の中に出てみると、一般社会のほうがはるかに厳しかったと語っている。若いころから「辞めるのは悪いことじゃない」と考えていたので、芸能界を一度離れることにためらいはなかったという。
同じインタビューで、ヒロミは芸能人の立場を「僕らは雇われ業者だから」と表現した。必要とされなければ仕事は来ない、という考え方だ。番組で口にした「雇われてる感じ」という言葉は、冗談の中にもこの持論と重なる部分がある。
社長を退いたあとのヒロミ
社長を交代したあとも、ヒロミのタレント活動は続く。この日の放送でも、ゲストとしてスタジオで経済の話題に加わっていた。
会社の経営は息子に任せ、自分はタレントとして仕事を受ける側に回る。創業者が身を引き、次の世代に会社を託す。芸能人の個人事務所について、その内情が本人の口から語られる機会は多くない。
「今は息子に全部」。短い一言だったが、34~35年続けてきた会社の大きな節目を、ヒロミはいつもの軽い口調で明かした。
[文/構成 by MEDIA DOGS編集部]



















































































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