『ありがとう浜村淳です』が最終回、52年の歴史に幕 1974年から続いたMBSラジオの番組、91歳・浜村淳の現在と後番組

時間がない人向けの30秒で理解ゾーン
MBSラジオの長寿番組「ありがとう浜村淳です」が9月26日(土)の生放送で最終回を迎えた。1974年4月8日のスタートから52年、パーソナリティーの浜村淳(91)は特別な演出を入れず、いつも通りの3時間半を届けた。最後の映画サロンを「どうぞ皆さん、いつまでもお幸せにお暮らしください、さいなら」と結び、番組はいつも通りの締めの言葉で終えた。10月3日からは同じ土曜朝8時の枠を、土曜早朝から時間帯を移す「福島のぶひろのサタデーモーニングリゾート」が引き継ぐ。
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最終回は9月26日、普段どおりの3時間半
最終回は9月26日午前8時から11時30分までの生放送だった。出演は浜村と、アシスタントの桜井一枝、波江野陽子、コーナーレギュラーの西川きよし(80)。芸能情報、競馬大作戦、映画サロン、西川きよしの今日も元気です!、私の好きな歌、ありがとう占いと、コーナーの並びもふだんの土曜日と変わらない構成だった。
番組は冒頭から湿っぽさを見せない。浜村は番組が始まった1974年(昭和49年)の出来事に触れ、その年のヒット曲だった中条きよしの「うそ」を流すと、「月日の経つのは早いもので…懐かしい思い出がよみがえってまいりました」と語り、長年のリスナーから届いたメッセージを読み上げた。
西川は「きょう52年のゴールですからね。気持ちって変わるものですか?」と水を向ける。浜村の答えは「いや、そんなことはない。どういう気持ちって?ないですね」。前日25日に取材を受けた際も、52年で何か変わったかと聞かれて「何にもないですけど」と返したと明かし、最後まで平常心を崩さなかった。
来年1月で92歳になることに触れて「これ以上生きててもしゃあないな」と冗談を飛ばし、西川から「何ていうことを言うんですか」とたしなめられる一幕もあった。SNSでも、最後まで普段どおりに終えた浜村をたたえる投稿や、52年間への感謝を伝える投稿が相次いだ。
最後の映画サロンは大阪が舞台の寅さん
名物コーナー「映画サロン」の最終回に浜村が選んだのは、山田洋次監督の「男はつらいよ 浪花の恋の寅次郎」(1981年公開)。大阪を舞台にしたシリーズ第27作で、マドンナは芸者役の松坂慶子が務め、芦屋雁之助もゲスト出演した作品だ。
「29歳、松坂慶子。当時いろんな映画に主演していた松坂さん、実に美しいですね」。浜村は台本を持たず、七五調のリズムで場面を描き、登場人物の会話を再現しながら40分あまりにわたって物語を語った。最後は「浪花の恋の寅次郎。どうぞ皆さん、いつまでもお幸せにお暮らしください、さいなら」で結んでいる。
山田監督とは長い親交がある。8月31日に放送した特番「ありがとう浜村淳ですSP~MBSラジオ52年の軌跡~」には、監督から「僕の映画に温かい批評をしてくださった。浜村さんに会うと大阪に来たんだな、という思いを何十年間も抱き続けてきました」とのコメントが寄せられていた。
西川きよしは「浜村淳は未完成」とエール
コーナーレギュラーの西川も、この日が最後の共演だった。スタジオに入るなり「浜村さん、今日はすばらしいゴールですからね。吉本の偉いさんみんな来てますよ」と声をかけ、手土産の「みかんだんご」に引っかけて「再出発をまたしてもらわなあかん。僕が浜村さんを思う気持ちは、まだまだ浜村淳は未完(みかん)成」とエールを送った。
思い出話は、西川が初めて参院選に出た1986年ごろにさかのぼる。「今から41年前」と振り返った西川が、選挙に出る前にあいさつへ行った浜村宅で「飲めや歌えの大騒ぎ」になったと話を振ると、浜村は「シャンパン10本ぐらいなくなりましたね」と応じた。ラジオにもかかわらずスーツにネクタイの正装で来たという西川は、「ゴールしたら一杯やりましょね!」と呼びかけていた。
「初めは2年だけの約束」から半世紀
番組は1974年4月、平日朝の帯番組として始まった。映画や音楽に詳しく、深夜ラジオで評判を集めていた浜村が抜てきされたのがきっかけだ。浜村は最終回を前に「初めは2年だけの約束だったのが、気づけば50年を超えていました。面白いだけでなく、『聴いてためになる』放送を目指してきました」と語っている。
土曜日は1972年から「ごめんやす浜村淳です」を放送しており、1977年に「ありがとう浜村淳です土曜日です」へ改題。ここから月曜から土曜まで浜村の声が関西の朝に流れる体制が続いた。
| 時期 | 主な出来事 |
|---|---|
| 1974年4月8日 | 平日の帯番組として放送開始 |
| 1977年 | 土曜版「ありがとう浜村淳です土曜日です」がスタート |
| 2023年9月25日 | MBSラジオが平日放送の終了を発表 |
| 2024年3月 | 平日放送が終了、土曜のみの3時間半の生放送に |
| 2026年7月10日 | MBSラジオが9月末での番組終了を発表 |
| 2026年9月26日 | 最終回 |
番組の顔は「さてみなさん、聞いてください」で始まる七五調の語り口、いわゆる”浜村節”だった。当日の朝刊から政治、経済、事件、芸能のニュースを独自の視点で読み解く「今朝の新聞から」は平日の看板企画に育ち、臨場感たっぷりに映画を紹介する「映画サロン」は、リスナーから「映画本編より解説の方が面白い」と言われるほどの人気を集めた。
ゲストの顔ぶれも豪華だ。アラン・ドロン、ソフィア・ローレン、高倉健、勝新太郎らが出演し、石原裕次郎が出番前に「しばらくでした」とあいさつした声が電波に乗ると、「裕次郎さんを早く出せ」という電話が鳴りやまなかったという。1983年に企画したハワイ旅行には約500人が参加し、2019年には約300人のリスナーと奈良へ向かう貸し切り列車から生放送を行った。
30年来番組を担当してきた中田陽子ディレクターは「番組構成、進行、言い回しを全く変えていない。一貫した『浜村スタイル』にリスナーがついてきてくれた」と話す。映画サロンに台本はなく、浜村は記憶を頼りに細部まで語り、ゲストとの対談でも資料に目を落とさない。MBSラジオによると、終了を控えた時期でも番組には毎週約1000通のハガキが届いていた。
平日終了から2年半、秋の改編で幕
大きな転機は2023年だった。MBSラジオは同年9月25日、50年の節目に合わせて2024年春で平日放送を終えると発表。当時88歳の浜村は記者会見で「せめて100歳まで続けたかった」としながら、「始まるものは必ず終わる。語り残したこともあるが、だらだら続けるよりは気分一新と考えた」と語った。平日版は2024年3月で終わり、土曜版だけが残った。
土曜の生放送は続いたが、体調面の不安が重なる。浜村は2025年10月18日の放送から休演し、大腸がんの手術を受けた。11月5日に退院し、11月8日の放送で復帰している。2026年に入っても3月7日、4月4日、4月11日に検査入院のため休演した。4月の検査入院中に脳内出血の疑いで手術を受けていたことは、浜村が4月21日に大阪市内で出演したイベントで明かしている。
MBSラジオが番組終了を発表したのは7月10日。「放送開始から50年以上にわたり多くのみなさまにご愛顧いただきましたが、今年秋の改編に伴い2026年9月末でレギュラー放送を終了します」と説明した。発表後には「寂しい」「映画サロンだけでも続けてほしい」「3世代で聴いていました」といったメッセージが番組に寄せられたという。
浜村自身は最終回を前に「番組は始まりがあれば必ず終わりがある。大層に儀式めいたりせず、普通に放送して終わると思います」と話していた。26日の放送は、その言葉どおりの内容だった。
京都生まれの話芸の人、91歳の現在
浜村は1935年1月10日生まれ、京都市出身。本名は塩濱眞で、同志社大学を卒業した。在学中から学生と司会者の二足のわらじで活動し、卒業後にプロの司会者として歩み始めた。
映画評論家としての顔も長い。名場面を積み重ねて筋を語る映画解説はラジオの外でも親しまれ、イベント「浜村淳のスクリーン・ポップ・コンサート」では司会を務めてきた。タレントとして初めて国立大学の和歌山大学経済学部で講師を務め、1994年には追手門学院大学文学部でも教壇に立っている。NHKラジオ第1「かんさい土曜ほっとタイム」のパーソナリティーも務め、著書には「さてみなさん聞いて下さい 浜村淳ラジオ話芸」「淳ちゃんの名作映画をありがとう」などがある。
「ありがとう浜村淳です」は終わるが、マイクの前から離れるわけではない。2024年4月に始まった「浜村淳の歌の宝石箱」(日曜午前5時30分)は継続し、テーマに沿った歌謡曲や映画音楽などを浜村の解説付きで届ける。
後番組は福島暢啓アナの「サタデーモーニングリゾート」
土曜朝8時の枠は、10月3日から「福島のぶひろのサタデーモーニングリゾート」が引き継ぐ。MBSの福島暢啓アナウンサー(39)がパーソナリティーを務める番組で、時間帯を移して午前8時から11時30分までの3時間半の放送となる。アシスタントは、所属事務所の発表によると出世凪沙が務める。
最終回はradikoのタイムフリーにも登録されており、8時台から11時台まで1時間ごとに4つに分かれている。radikoのタイムフリーは過去7日以内に放送された番組が対象で、再生を始めてから24時間以内、合計3時間までという聴取の上限がある。有料の機能を使わない場合、9月26日放送の最終回を聴ける期間は放送から7日以内に限られる(有料の機能では過去30日以内の番組が対象)。また、無料で聴けるのはMBSラジオの放送エリアである近畿2府4県にいる場合で、エリアの外から聴くには有料のラジコプレミアムへの登録が必要になる。
52年間、関西の土曜の朝を支えた番組は、届いたたくさんのメッセージに礼を述べたあと、いつもと同じ締めの言葉で幕を下ろした。「いろはのいの字に良く似た姿。淳と陽子でありがとう」。
[文/構成 by エンタメライター 真柴 ことね]









































































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