木内彪凱、BMXレーシングのアジア大会銀を伊豆の国市長に報告 フランス拠点から地元に戻りロス五輪へ

時間がない人向けの30秒で理解ゾーン
愛知・名古屋アジア大会の自転車BMXレーシング男子で銀メダルを手にした木内彪凱(21)=日体大=が10月13日、出身地の静岡県伊豆の国市の市役所を訪れ、山下正行市長に結果を報告した。市長は「ぜひ五輪出場を目指してほしい」と激励。これまでフランスを拠点にしてきた木内は、アジア大会を機に伊豆の国市へ戻り、2028年のロサンゼルス五輪出場を目指す。
伊豆の国市役所で山下正行市長に銀メダルを報告
市役所を訪れた木内は、名古屋でつかんだ銀メダルを地元に報告した。迎えた山下正行市長も伊豆の国市の出身。同郷の21歳に「ぜひ五輪出場を目指してほしい」と言葉をかけた。
木内は銀メダルの理由を、地元開催の利点に求めた。「(自国開催で)コースの隅から隅までわかっていたので、うまくレース運びができたことが銀メダルにつながったと思う」。そう語ったうえで、先の目標もはっきり口にしている。
「五輪が小さいころからの夢なので、五輪という舞台でレースをすることがいまの自分の最大の目標」
ここ数年、木内の生活の中心は南フランスにあった。高校生の年代で海を渡り、フランスのクラブで腕を磨いてきた選手が、アジア大会を機に生まれ育った伊豆の国市へ戻り、2年後のロス五輪を目指すという。練習環境や所属チームとの関係など、新しい拠点の具体的な形はまだ明らかになっていない。
決勝は出遅れて4番手、最初のコーナーで2人抜き
レースは9月28日、名古屋競輪場の敷地内に設けられたBMXレースコースで行われた。前夜からの雨でコースの一部がぬれ、滑りやすい難しい状態だった。
BMXレーシングは、高いスタートヒルから最大8人が一斉に下り、起伏やカーブが続くコースを1周して着順を争う。選手同士の接触や転倒もあるため、「自転車の格闘技」とも呼ばれる種目だ。
予選は1組5〜6人で3本を走り、上位8人が決勝に進む方式。木内はラン1を31.067秒の3位で終えたが、ラン2を30.663秒、ラン3を30.111秒で走っていずれも1位となり、決勝へ駒を進めた。
一発勝負の決勝で、木内はスタートに失敗する。一時は4番手まで下がった。ところが最初のコーナーから一気に加速し、前の2人をまとめてかわして2番手に浮上。30.583秒でゴールし、銀メダルが決まった。
勝ったのは中井飛馬(26)=ビーズインターナショナル=で、タイムは30.103秒。予選から4レースすべてを1着で走り、2023年の杭州大会に続く2大会連続の金メダルとなった。日本勢のワンツーフィニッシュで、木内と中井の差は0.48秒だった。女子は畠山紗英が33.401秒で金メダルに輝き、日本はBMXレーシングで金2、銀1の計3個のメダルを手にした。
レース後、木内は「初めてのアジア大会で中井選手とのワンツーフィニッシュができて本当に嬉しい」と喜んだ。決勝の前には中井から「いつも通り行こう」とコース選びの助言を受けていたといい、5歳上の先輩の一言が力になったと明かしている。
関連記事:中井飛馬、アジア大会BMXレース2大会連続金 木内彪凱と日本勢ワンツー、女子は畠山紗英が金
6歳で見たジャンプが原点、伊豆から世界へ
木内とBMXの出会いは6歳のときだった。家の近くにあった日本サイクルスポーツセンター(静岡県伊豆市)で、大きなジャンプを軽々と飛ぶライダーの姿を見て心を奪われた。月3回の練習会に通い始めると、どんどん競技にのめり込んでいったという。
同センターは、2021年の東京五輪で自転車のマウンテンバイク競技が行われた場所でもある。知人の紹介で競技用の自転車を体験するだけのはずが、当時コースを管理していたエリートライダーの豪快な走りに引き込まれた。木内にとって、競技人生はこの場所から始まった。
9歳で本格的にレースへ出始めると、成長は早かった。21年には全日本選手権の年代別クラスで3連覇を果たし、22年にはマレーシアで行われたアジア選手権のジュニア男子で優勝。同じ年の全日本選手権でもジュニアの頂点に立っている。
悔しさも早くに味わった。初めて世界選手権に出たのは2017年、12歳のとき。BMX発祥の地とされる米国での大会で、海外のライダーとの差を思い知らされた。「もっと練習して、世界の強豪選手と対等に戦いたい」。この大会を自らのターニングポイントに挙げている。
全日本選手権で3連覇を決めた21年の大会は、雨で荒れたコースでのレースだった。木内は「最初から“勝利”だけを考え、攻める気持ちを貫いて走り続けました」と語っており、ぬれた路面で銀メダルをつかんだ名古屋の決勝と重なる。
当時、日本自転車競技連盟でBMXのヘッドコーチを務めていた三瓶将廣は、木内の長所を「決められた課題や取り組むと決めたことをコツコツと継続して自分のものにできる強み」と評していた。
転機は2022年だった。拠点を南フランスへ移す。23年からはフランスのクラブチーム「Team Sarrians BMX」に所属し、チームメートと練習も日常生活も共にしながら、世界各地のレースを転戦してきた。
日本体育大学スポーツマネジメント学部に籍を置き、学業との両立も続ける。卒業論文では「日本とフランスにおけるスポーツ文化の違い」をテーマに研究を進めているという。
競技の外での活動もある。自転車競技に取り組む学生を支える「JPF奨学金」の2期生に選ばれ、千葉市を拠点とする自転車競技PIST6のパンプトラッククリニックにも参加した。子どもから大人まで、自転車の楽しさを伝える側にも回った。木内は「自転車を始める“入口”となる環境づくりが重要」と話している。6歳で地元近くの練習会に通い始めた自身の経験とも重なる言葉だ。
五輪はまだ届いていない舞台、ロスへの2年が始まる
2025年シーズンはワールドカップで16位に入り、名古屋で開かれた同年11月のアジア選手権ではU23(23歳以下)男子で2位。26年は国内のJBMXF大東建託シリーズで、5月のつくば大会まで第2戦から3連勝を飾った。日本自転車競技連盟のBMXレーシング強化指定選手(U23)にも名を連ねる。
それでも、五輪のスタートゲートにはまだ立ったことがない。中井もまた、東京とパリの2大会で五輪の舞台に届かなかった選手だ。日本の男子BMXレーシングにとって、ロサンゼルスは2人そろって目指す場所になる。
アジア大会の直後、木内は「ロサンゼルス2028オリンピック出場に向けて、海外でも戦える力をさらにつけていきたい」と話していた。ロス五輪の出場枠を決める国際自転車競技連合(UCI)の予選ランキングは、2026年8月4日から対象期間に入っており、ワールドカップの成績などが積み上がっていく。
地元に戻った21歳が、そこからどう世界と向き合うのか。伊豆の国市で育った少年は、6歳で見たジャンプの先に、2年後のロサンゼルスを見ている。
[文/構成 by スポーツライター 疾風(HAYATE)]













































































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