『遥かな町へ』閉館迫るシネスイッチ銀座で初日舞台挨拶、大谷亮平「すごく心が洗われる」 物語の舞台・ロケ地は鳥取県倉吉市

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俳優の大谷亮平(46)が10月9日、東京・銀座のシネスイッチ銀座で主演映画「遥かな町へ」の公開初日舞台挨拶に立った。鳥取県出身の漫画家・谷口ジローの同名漫画を、錦織良成監督が鳥取県倉吉市でのロケで実写化した作品。大谷は「すごく心が洗われるような」作品だと語り、会場の映画館は10月25日で71年の歴史を閉じる。
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公開初日、銀座に主要キャストと鳥取県知事がそろう
舞台挨拶は10月9日、14時10分の回の上映後に開かれた。大谷のほか、滝藤賢一、戸田菜穂、及川桃利、磯谷萌々子、脚本・監督の錦織良成が登壇し、物語の舞台となった鳥取県からは平井伸治知事も駆けつけた。
物語は、48歳の建築デザイナー・中原博史(大谷亮平)が出張帰りに故郷の倉吉を訪れ、墓参りの最中に1963年の町へ迷い込むところから始まる。意識は48歳のまま、体は14歳の自分(及川桃利)。若き日の母・和江(戸田菜穂)や、やがて突然家を出て行方が分からなくなる父・与志雄(滝藤賢一)と、もう一度向き合うことになる。初恋の相手・長瀬智子は磯谷萌々子が演じた。
上映を見終えたばかりの客席を前に、大谷は「無事に初日を迎えられて、本当にうれしいです」と切り出した。先日倉吉を訪れた際に完成版を見直したといい、「見終わった後に、すごく心が洗われるような、ヒーリングも兼ねているような作品だなと思いました」と感想を明かしている。
大谷は昭和55年(1980年)生まれ。昭和をよく知る世代ではないものの、劇中の家のつくりや布団の柄、扇風機に懐かしさを覚えたという。「初めて行った場所なのに、ふるさとなんじゃないかと錯覚するような落ち着いた気持ちになれました」。撮影では共演者と同じ場面がほとんどなかったそうで、そろって登壇できた喜びも口にした。
71年の歴史に幕、シネスイッチ銀座で迎えた初日
会場のシネスイッチ銀座は、10月25日の営業をもって閉館する。前身は1955年(昭和30年)に開館した名画座「銀座文化劇場」。1987年に2館のうち1館を、洋画と邦画を切り替えて上映する「シネスイッチ銀座」へ改めた。館名の「スイッチ」はこの上映方式に由来する。
1989年公開の「ニュー・シネマ・パラダイス」は40週のロングランで27万人を超える観客を集め、単館興行の記録として今も語り継がれる。その後も「ライフ・イズ・ビューティフル」「かもめ食堂」などを送り出してきた銀座のミニシアターだ。
閉館を目前にした劇場での初日に、登壇者からも思いがこぼれた。滝藤は「今日は歴史ある素晴らしい映画館で皆さんと初日を迎えられることに感謝します」とあいさつ。錦織監督は「無くなってしまうのは残念。でもぜひ(今作を)最後の映画として」と語った。
平井知事も閉館に触れ、「昭和から続いてきたこの映画館なんですけれども、鳥取はまだ昭和です」と切り返して会場の笑いを誘った。
物語の舞台・ロケ地は鳥取県倉吉市
作品の舞台は、昭和の町並みが今も残る鳥取県倉吉市だ。撮影は倉吉市を中心に県内外で行われ、滝藤は「倉吉というとってもすてきな、もう漫画から飛び出したかのような素晴らしい場所で、1か月間撮影させていただきました。僕にとっても、とてもスペシャルな映画です」と語った。
撮影の中心になったのが、国の重要伝統的建造物群保存地区「倉吉市打吹玉川」の白壁土蔵群だ。公式サイトによると、土蔵群の前を流れる玉川沿いの道は、昭和30年代の風景に近づけるため、アスファルトを一時的に取り除いて土の道に整えた。「CGを使わず、当時そのままの道を撮影したい」という錦織監督の思いに倉吉市が応えたもので、撮影後は映画の雰囲気を受け継ぐ茶色の舗装に整備されている。
主人公の実家「中原洋服店」は、倉吉の魚町(うおまち)に当時の仕立て屋の空気を再現して作られた。建物は撮影後もそのまま残され、9月19日から一般公開が始まっている。魚町商店街の場面には約100人のエキストラが参加し、倉吉まちかどステーションが支度部屋、倉吉市役所が待合場所になった。町ぐるみで昭和の商店街を作り上げた撮影だった。
劇中には、江戸時代末期から続く伝統工芸「倉吉絣(くらよしがすり)」も登場する。出演者は織り手から直接手ほどきを受けて役づくりに臨んだという。
戸田は「1年前に倉吉市で、街の皆さんが親切にしてくださり、一丸となって作った映画です」と撮影の日々を語った。14歳の博史を演じた及川は、撮影後に町を訪れた際、地元の人から「お帰り」「桃利くん」と声をかけられたと明かし、「僕にとって倉吉市は、本当に故郷のような存在なんですよ」とひと言。「倉吉にお家が欲しいなって」と続けると、客席が笑いに包まれた。
及川と磯谷は、ともにオーディションで選ばれた2010年生まれの2人だ。磯谷は「この映画で倉吉の魅力がたくさん知ってもらえたと思うので、ぜひ訪れてみてほしいです」と呼びかけた。
地元では延べ3,000人が完成披露試写会へ
全国公開に先立つ10月4日、倉吉市のエースパック未来中心で完成披露試写会が開かれた。第1部・第2部ともに1,500人の席が埋まり、来場者は延べ3,000人。大谷が登場すると会場は大きな拍手に包まれた。
試写会の後、大谷は報道陣に「家族の大切さ、温かさを感じることができる」と作品の魅力を語っている。錦織監督は倉吉を「昭和の街並みがそのまま残っている。ここで撮れるのは奇跡的」と評した。地元で温まった熱気が、5日後の全国公開へつながった。
倉吉市内の映画館・倉吉シネマエポックも、10月9日から本作を上映している。同館は公開を記念し、錦織監督の過去作「たたら侍」「白い船」を1週間ずつ特別上映した。
原作は谷口ジロー、1998年発表の世界的名作
原作者の谷口ジローは1947年生まれ、鳥取市出身。「孤独のグルメ」(作・久住昌之)や「神々の山嶺」(作・夢枕獏)で知られ、2017年2月に69歳で亡くなった。フランス芸術文化勲章「シュヴァリエ」も受けている。
「遥かな町へ」は、谷口が自身のオリジナルストーリーで描き、1998年に発表した漫画だ。2003年にはフランスのアングレーム国際漫画祭でベストシナリオ賞などを受け、2010年にはベルギー、フランス、ドイツ、ルクセンブルクの合作で映画化された。日本の監督とキャストによる実写化は初めてとなる。原作は現在、双葉社のアクションコミックス版で読むことができる。
脚本・監督の錦織良成は、「RAILWAYS 49歳で電車の運転士になった男の物語」「たたら侍」「高津川」など、地域に根ざした物語を撮り続けてきた。舞台挨拶では「谷口ジロー先生の原作を読んで感動して引き受けました。原作をできる限り壊さないように、いかに実写化として表現するかということに尽きました」と明かし、「この手作りの映画を、皆さんに無事お届けすることができて感無量です」と結んだ。
「大ヒット間違い梨」知事が倉吉への旅を呼びかけ
平井知事は、かごいっぱいの鳥取県産の梨を手に登場し、「大ヒット間違い梨!」と監督とキャストに贈った。「映画の舞台と同じ町が昔のままございます」と話し、締めくくりには「いい映画、鳥取県、撮っとります」とだじゃれを重ねた。
鳥取県と倉吉市は、映画の公開に合わせて観光キャンペーンを始めている。映画チケットの半券などを持って白壁土蔵群を訪れると、先着1,000人に土蔵群で使える500円分のクーポンが渡る「映画を観て『遥かな町へ』行こう!キャンペーン」は、10月9日から2027年1月31日まで。倉吉市に泊まった先着4,000人に3,000円を割り引く宿泊キャンペーン「ちょっくら、くらよし」も、同じく2027年1月31日まで続く。
特急「スーパーはくと」で倉吉を訪れる先着500人には、2,000円引き相当の「鳥取中部プレミアム周遊クーポン」を10月31日まで配る。JR大阪駅の構内でも12月31日まで、ポスターやロケ地マップを並べて関西から倉吉への旅を呼びかける。
原作の世界にふれる展示もある。複製原画30点やロケ写真のパネルを並べた「谷口ジロー『遥かな町へ』を巡る展」は、10月14日まで倉吉市の鳥取県立美術館で、10月20日から11月11日までは打吹回廊で開かれる。入場は無料だ。
東京・新橋のアンテナショップ「とっとり・おかやま新橋館」でも、10月31日まで応援フェアが開かれている。館内の「ビストロカフェ ももてなし家」には、鳥取和牛の牛すじを使った「青春のカレーライス」や、倉吉の銘菓「倉吉どらやき 味蔵」を添えた「遥かな午後のティータイムセット」など、昭和レトロをテーマにした5品が並ぶ。
舞台挨拶の最後、大谷は「倉吉は本当にすてきな町で、食べ物もおいしい」と話し、「旅行先などで迷われている方がいらっしゃいましたら、ぜひ倉吉を訪れてみてください」と客席に語りかけた。主演と知事がそろって倉吉への旅を勧めた初日。スクリーンの中の町は、鳥取県の中部に今もある。
[文/構成 by エンタメライター 和泉ユウスケ]










































































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