松本隆之介、DeNAから戦力外通告を受け現役引退を決断 度会隆輝が最終戦で登場曲を使用、横浜高出身投手の現在

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DeNAから9月29日に戦力外通告を受けた育成の松本隆之介投手(24)が、現役引退を決断したことが10月4日、日刊スポーツの取材で分かった。同じ日、横浜高の同級生でもある度会隆輝外野手は、阪神とのレギュラーシーズン最終戦の第1打席で松本の登場曲「24K Magic」を流した。1軍登板は2024年の1試合だけで、けがとの闘いが続いた6年間だった。
戦力外から5日、24歳左腕がユニホームを脱ぐ
DeNAは9月29日、小園健太、藤浪晋太郎、佐々木千隼ら10選手と来季の契約を結ばないと発表した。育成選手で対象となったのは4人で、松本はその1人だった。
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通告を受けた日、松本は報道陣の取材に応じ、6年間をこう表した。「6年間やって、怪我ばっかりだったので。ほぼ5年間くらいは怪我していたんですけど、そのなかでずっと野球をやらせていただいたので、ベイスターズには感謝しかないですし、結果を出せなかったので申し訳ない気持ちもあります」。この時点では今後について「いろんな方とお話しして決めていこうかなと思っています」と、答えを急がなかった。
出した結論は引退だった。松本は「隆輝と横浜スタジアムで一緒にプレーしたかったなという思いはありますけど、球団とサポートしてくださった方々に感謝したいと思います」と語り、ユニホームを脱ぐ決断をした。引退後の進路は、10月6日時点で明らかになっていない。
最終戦の第1打席に流れた「24K Magic」
10月4日、横浜スタジアムでの阪神戦。この日が24歳の誕生日だった度会は「1番・左翼」で先発した。初回、打席に向かう度会に合わせて流れたのは、Bruno Marsの「24K Magic」。度会がふだん使う曲ではない。
松本の登場曲だった。
試合前、引退を報告していた松本のもとに、度会からLINEが届いている。文面は「1打席目、登場曲使わせてもらうからよろしく! 親友」。言葉どおりに打席へ入る姿に、松本は「すごくうれしかったです」とかみしめた。
度会はこの打席で四球を選び、佐野恵太の右前適時打で先制のホームを踏む。第2打席は度会とドラフト同期の井上絢登の登場曲、BIGBANGの「BANG BANG BANG -JP Ver.-」で左前打を放ち、誕生日に安打を記録した。第3打席には西巻賢二の登場曲、The Greatest Showman Castの「The Greatest Show」を使っている。井上と西巻も、松本と同じ9月29日に通告を受けた選手だ。
試合後、度会は「3人には使わせてもらう前に連絡をしました」と説明した。松本については「隆之介は中学校のときから仲が良くて、高校に入ってからも毎日一緒にいました。まさかプロでまた同じチームで野球をやれるなんて思っていなかったので、3年間一緒にやれたのは僕にとってすごく幸せなことでした」と語っている。
チームは延長11回、2-1でサヨナラ勝ちし、レギュラーシーズンを71勝69敗3分けの3位で終えた。CSファーストステージは10月10日から東京ドームで巨人と戦う。
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中学から続いた度会との10年
2人の縁は中学時代までさかのぼる。横浜高にそろって進み、1年春からベンチに入った松本は、2年春の2019年センバツに出場した。大会後には2年生でただ1人、U-18高校日本代表の候補に名を連ねている。最速152キロの大型左腕として注目を集め、2020年ドラフト3位でDeNAに指名された。
度会の道は違った。高校3年の秋は指名されず、社会人のENEOSへ進む。そこで力をつけ、2023年ドラフトで3球団が1位指名で競合した末にDeNAへ入団した。2人は3年遅れで、再び同じユニホームを着る。
卒業後も、横浜高の仲良し4人組で毎年、年末年始に旅行へ出かける間柄だったという。戦力外通告の日、松本は度会について「本当にすごくいいヤツで、僕が怪我をしたときもすぐに連絡くれたり、すごく心配してくれている」と話した。一方で「一緒に1軍で投げられなかったのは後悔のひとつ」とも口にしている。
1軍登板は1試合、けがに阻まれた6年間
プロでの歩みは、故障の連続だった。
1年目の2021年は2軍で5試合の登板にとどまり、防御率は24.43。2022年には左肩のクリーニング手術を受け、育成契約に切り替わった。2023年4月に支配下へ戻ると、その年は2軍で9試合に投げて防御率1.29と結果を残す。ただ、14イニングで14四球と制球には課題を抱えていた。
待っていた日は2024年10月5日に来た。バンテリンドームでの中日戦でプロ初登板初先発。5回を投げて4三振を奪い、2失点で勝ち投手の権利を手にしてマウンドを降りたが、プロ初勝利はつかめなかった。NPBの記録では、通算成績はこの1試合、5回で防御率3.60のままだ。
翌2025年は4月2日のイースタン・リーグ新潟戦で、投球中に転倒して右膝の前十字靱帯を損傷する。4月24日に所沢市内の病院で再建手術を受け、1軍登板がないままオフに支配下契約を結ばないと通知された。2026年は背番号140の育成選手として再スタートを切る。
3月6日、春季教育リーグの日本ハム戦(鎌ケ谷)で338日ぶりに実戦のマウンドに立ち、3回を無失点に抑えた。リハビリ中に新たにナックルカーブを覚えたことも話し、「まずは支配下登録を目指し、前半から飛ばして結果だけを求めてやっていきたい」と意気込んでいた。だが、今季の2軍公式戦での登板は1試合に終わる。
「今でもケガのない野球人生だったらどうなっていたんだろうと思います」。引退を決めた松本は、そう打ち明けた。
地元・横浜で生まれ育った大型左腕の次の道
横浜で生まれ育った、身長188センチの左腕。中学、高校、プロと、野球人生のほとんどを地元で過ごした。通告の日には「生まれてからずっと横浜で野球ができたので、恵まれているなと自分でも思っています」とも語っている。
横浜スタジアムで度会と同じグラウンドに立つ夢は、かなわなかった。それでも、レギュラーシーズン最終戦で、自分の登場曲が本拠地のスタンドに響いた。度会は「隆之介もまた新しいところでお互いに頑張れたらなと思います」と話し、近く2人で食事に出かける予定だという。
DeNAは10月10日からCSに臨み、度会はポストシーズンの舞台に立つ。松本は24歳で、新しい人生へ歩み出す。
[文/構成 by スポーツライター TAKU]








































































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