上野由岐子、アジア大会ソフトボール7連覇をすべて経験 「4年後はもう投げていないかな」44歳の現役と今後

時間がない人向けの30秒で理解ゾーン
愛知・名古屋アジア大会のソフトボール決勝が3日にあり、日本が中国に7-0の5回コールド勝ちで7連覇を決めた。2002年釜山大会から全7大会に出場してきた上野由岐子(44)=ビックカメラ高崎=は、この決勝で登板しなかった。試合後は「さすがに4年後はもう投げていないかなって思っています」と語る一方、2028年ロサンゼルス五輪については「五輪を目指してませんよという意味ではない」と話している。
↓ 詳細が気になる方は、このまま下へ ↓
決勝は5回コールド、上野の出番は来なかった
決勝は愛知県安城市で行われた。前日の予選ラウンド最終戦でサヨナラ勝ちした中国との再戦で、日本は2回に2点を先行し、4回には代打・工藤の適時打と石川(トヨタ)の2点三塁打などで3点を加えて突き放した。5回は2死満塁から藤本麗(ビックカメラ高崎)が中前へ2点適時打を放ち、7-0。9月26日のフィリピン戦から続いた無傷の8連勝で、02年から続くアジアの頂点を守った。
先発した25歳の左腕、後藤希友(戸田中央)は5回を2安打5奪三振、68球で完封している。前夜に中国打線から6点を奪われた日本の投手陣の中で、緩急とコースを突く投球が光った。
上野は4回終了後にブルペンへ向かい、キャッチボールと投球練習を終えて5回裏の味方の攻撃中にベンチへ戻った。その攻撃で藤本の2点打が飛び出し、コールドで試合が決まった。「どっちにしても最後は点差が広がっても、投げる話ではあったので。コールドで終わるとは思わなかった。多分、監督も想定外だったと思います」。決勝のマウンドには、一度も上がらなかった。
02年の20歳から7大会、「神様からのご褒美」
上野は20歳だった2002年の釜山大会が初のアジア大会だった。そこから7大会連続で出場し、日本の7連覇をすべて経験したことになる。
本人の受け止めは控えめだ。「正直、7回も出るとは思っていなかったので。神様からのご褒美だと思って、しっかり受け取りたいと思います」。読売新聞オンラインによると、アジア大会に臨む心構えは「プライド」に近いといい、「絶対に負けられない試合で確実に勝てる、どんなに苦しくても最後は勝つ強さを見せないといけない」と話している。
今大会の役割も、マウンドの上だけではなかった。朝日新聞によると、上野は「私が後ろで準備しておくから、思い切りいってこい。そういう思いで待ち構えている」と語り、決勝では中国打線の特徴を踏まえて、後藤に球種や高さ、コースを伝えていた。
台湾戦と中国戦で見せた、44歳の救援投球
決勝で投げなかった分、上野が存在感を示したのは予選ラウンドだ。
10月1日の台湾戦では、0-0の3回表無死二塁で今大会初めて登板した。ワイルドピッチで先制点を許したが、日本はその裏に逆転。4回に適時二塁打で2-2の同点に追いつかれたものの、勝ち越しは与えず、7回までの5イニングを79球で投げ切った。日本は6回に2点を勝ち越し、4-2で勝っている。試合後には「流れ的に点を取ってもらってからの失点だったので、ふがいないなというか、申し訳ないなという気持ちでいっぱい」と悔しさをにじませた。
翌2日の中国戦は6-6の6回途中から登板し、1回1/3を無失点で抑えた。7回裏のサヨナラ勝ちにつながっている。1日には「これが20代だったら3連投できたけど、ちょっと今は厳しい」と笑っていたが、2日続けてマウンドを守った。
東京スポーツによると、中国のコーチを務めた山田恵里さん(42)は上野の投球を見て「年齢を感じさせないというか、何歳まででも投げれそうだなという印象だった」と驚き、「もう1回打席に立ちたいなって正直思ったぐらい」とも話した。2008年北京、2021年東京の両五輪で金メダルを分け合った元チームメートの言葉だ。
「4年後はもう投げていない」と、ロス五輪への思い
試合後の取材で、上野は自身のアジア大会について問われた。日刊スポーツの一問一答によると、答えはこうだった。
「4年後は考えていないです。そもそもこの7回目も考えていなかったので。どうなるかは分からないですけど、さすがに4年後はもう投げていないかなって思っています」
8連覇がかかる4年後のアジア大会について、朝日新聞には「スタッフとして出るんじゃないか」とも語った。現役選手として相手と向き合う姿は、今のところ思い描いていないという。
ただし、これは引退宣言ではない。東京スポーツによると、上野は「アジア大会としては集大成かもしれないけど、五輪を目指してませんよという意味ではない」と明言した。朝日新聞には、2年後のロサンゼルス五輪について「選手を続けられるか、勝負しながら時を待つ」と語り、今の心境を「今はモチベーションを引き上げるというよりは、やめるきっかけを失っているに近いです」と表現している。
2008年の北京五輪で悲願の金メダルを手にした後は、燃え尽き症候群になったという。ソフトボールは北京を最後に五輪から外れ、2021年の東京で復活した。次のロスは、2大会ぶりに実施競技へ戻る舞台になる。競技の置かれた状況が変わるたびに、上野の進退も揺れてきた。
後継者・後藤希友と、ロス五輪3連覇への道
決勝の主役は後藤だった。東京五輪の後は「上野の後継者」と呼ばれてきたが、本人は違う。「上野さんが現役である以上は、たぶん追い越すことはできない」。日刊スポーツによると、強化合宿ではマンツーマンの指導も受けてきたという。
この日の投球を、後藤は「上野さんを出すまでもないと思わせるようなピッチングができたら。今日は通過点」と振り返った。西日本新聞は、上野が決勝を0球で終えたこと自体が日本の成長の証しだと伝えている。
大会前の合宿ではイチロー氏と会い、初めてじっくり話し込んだ。上野は西日本新聞のOTTO!に「やっぱり超一流ってそういうことなんだな、みたいなことを肌で感じることができた」と語っている。帽子のつばには、そのサインが入っていた。
次の目標は、五輪出場権がかかる次のワールドカップだ。11月には最大のライバル、米国との日米対抗戦も控える。上野は「ここで満足してはいけない」と話し、「私がいなくても、もっと頼もしい全日本チームになってくれることに期待したい」とも語った。
44歳の現役は、アジアの舞台を降りても、まだマウンドを離れる気はない。
関連記事:上野由岐子、44歳で愛知・名古屋アジア大会のマウンドへ 台湾戦の0-0の3回表無死二塁から7回まで投げ、日本は4-2で無傷の6連勝
[文/構成 by スポーツライター TAKU]









































































コメントはこちら