吉見一起、中日投手コーチ就任で大筋合意 侍ジャパン投手コーチなどこれまでのコーチ歴

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中日OBの吉見一起氏(42)が、来季の中日の投手コーチに就任することで大筋合意したと10月15日に報じられた。本人も同日夕方のテレビ番組で「はい、本日、合意しました」と認めている。ただ、10月16日時点で球団の公式サイトにコーチ就任の発表は出ていない。引退後はトヨタ自動車のテクニカルアドバイザー、侍ジャパンの投手コーチを務めてきた吉見氏にとって、NPB球団でコーチを務めるのは初めてとなる。
吉見一起が投手コーチで大筋合意、球団の正式発表はまだ
報道によると、中日は10月15日、吉見氏を投手コーチ、森岡良介氏(42)を内野守備走塁コーチ、桂依央利氏(35)を育成・バッテリーコーチとして迎えることで大筋合意した。3人とも中日でプレーした経験を持つOBだ。森岡氏は今季まで楽天で内野守備走塁コーチを務めており、桂氏は中日を退団した後、社会人の日立製作所で選手兼コーチを務め、2025年からはバッテリーコーチ専任となっていた。
同じ10月15日、球団は工藤公康氏(63)の監督就任を正式に発表した。名古屋市内で就任会見が開かれ、背番号は「81」に決まった。新監督の就任が正式に決まったその日に、投手部門の中心となる人事も固まったことになる。
吉見氏はこの日の夕方、地元テレビ局の生放送番組にゲストとして出演していた。番組冒頭、アナウンサーから「ピッチングコーチになるという話がありますが」と水を向けられると、「はい、本日、合意しました」と答えている。
一方で、10月16日時点で球団の公式サイトには工藤監督の就任会見が掲載されているものの、吉見氏らのコーチ就任についての発表は出ていない。正式な契約や担当(1軍か2軍か)の発表は、まだこれからだ。
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中日のコーチ陣は入れ替わりが続く。10月13日には、松中信彦1軍打撃統括コーチ、落合英二投手コーディネーター、平田良介外野守備走塁コーチ、中村豊2軍外野守備総合コーチの今季限りでの退団が明らかになった。10月15日には浅尾拓也投手コーチ(41)の今季限りでの退団も明らかになった。投手部門では浅尾氏と落合氏が抜けるため、吉見氏の入閣は空いた枠を埋める人事でもある。
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侍ジャパンで投手コーチ、トヨタでも指導 引退後のコーチ歴
吉見氏が現役を退いたのは2020年。ユニホームを脱いでからの指導歴は、社会人の古巣と日本代表が二本の柱になっている。
最初の行き先は、プロ入り前に在籍したトヨタ自動車だった。トヨタ自動車は2021年1月13日、吉見氏が硬式野球部のテクニカルアドバイザーに就任すると発表し、吉見氏は同年2月から指導に加わる。就任時には「プロ野球で学んだことを選手に伝えて少しでも恩返しをしたい」とコメントしていた。
日本代表との関わりは、小学生の代表から始まる。2022年夏に台湾で開かれた第6回WBSC U-12ワールドカップで、井端弘和監督が率いるU-12代表のコーチとしてチームに加わった。井端監督とは中日時代の同僚で、ともに2010年と2011年のリーグ連覇を経験した間柄だ。
転機は2023年秋に訪れる。井端氏がトップチームの監督に就くと、NPBエンタープライズは2023年10月12日、同年11月のアジアプロ野球チャンピオンシップ2023に向けたコーチ陣を発表し、吉見氏を投手コーチに起用した。発表の際、吉見氏は「NPBでのコーチ経験はありませんが、U-12代表の投手コーチでの経験を活かし、選手にしっかり寄り添って全力で戦い抜きたいと思います」とコメントしている。
主な国際大会での歩みは次のとおりだ。
| 時期 | 大会・役職 | 侍ジャパンの結果 |
|---|---|---|
| 2022年夏 | 第6回WBSC U-12ワールドカップ(台湾)U-12代表コーチ | ― |
| 2023年11月 | アジアプロ野球チャンピオンシップ2023 投手コーチ | 優勝(決勝で韓国に延長タイブレークの末4-3) |
| 2024年11月 | 第3回WBSCプレミア12 投手コーチ | 準優勝(決勝で台湾に0-4) |
| 2026年3月 | 2026ワールド・ベースボール・クラシック 投手コーチ | ベスト8(準々決勝でベネズエラに5-8) |
2026年のWBCでは、能見篤史氏とともに投手コーチを務めた。1次ラウンドのオーストラリア戦の後には、投手陣について「一人でも欠けると本当に大変になるので、まずはコンディショニングですね」と語り、けが人を出さない管理を最優先に掲げていた。大会は3月14日(日本時間15日)の準々決勝でベネズエラに5-8で敗れ、WBCで初めて4強入りを逃している。
日本代表の投手コーチとして、短期決戦の継投と投手のコンディション管理を担ってきた。その経験を、今度は143試合を戦うペナントレースで生かすことになる。
「精密機械」と呼ばれた現役時代 最多勝2度、2011年は投手タイトル3つ
吉見氏は大阪の金光大阪高からトヨタ自動車を経て、2005年の大学生・社会人ドラフトで希望枠として中日に入団した。プロでの15年間、所属は中日だけだ。
持ち味は制球力で、「精密機械」の異名を取った。2008年に10勝を挙げて頭角を現し、ここから5年連続で2桁勝利を記録する。2009年には16勝を挙げてヤクルトの館山昌平と並ぶ最多勝を手にした。
頂点は2011年だった。26試合で18勝3敗、防御率1.65。巨人の内海哲也と並ぶ最多勝に、最優秀防御率と最高勝率(.857)も加えて、投手部門のタイトル3つを一度に手にした。この年、中日は球団史上初のリーグ連覇を果たし、エースとして優勝を支えている。
翌2012年も13勝を挙げた。しかし、2013年以降は登板が大きく減り、その後のシーズン最多は2016年の6勝にとどまった。2020年限りで現役を引退し、通算成績は223試合で90勝56敗、防御率2.94。2009年から2012年までの4年間で挙げた59勝が、通算勝利の3分の2近くを占める。
工藤公康新監督の下で始まる投手陣の立て直し
なぜ今、吉見氏なのか。
背景には、チームの苦しい成績がある。2026年の中日は60勝81敗2分、勝率.426でセ・リーグ最下位に終わった。井上一樹監督は成績不振を理由に辞任し、後任に選ばれたのが工藤氏だった。
工藤新監督は現役時代に西武などで通算224勝を挙げた左腕で、2015年から2021年までソフトバンクを率い、リーグ優勝3度、日本一5度に導いた。中日には選手としてもコーチとしても在籍したことがなく、球団にとっては外部からの招へいとなる。愛知県出身で、就任のあいさつでは「自分の故郷に帰って監督という素晴らしい責任あることを命じられた」と語った。
投手出身の監督の下で、投手コーチを任される形になる吉見氏。工藤監督との接点を問われると「まったく現役時代はなくて、解説で2度ほど」と明かしている。
それでも、指導の考え方には重なる部分が見える。工藤監督は就任会見で「強制的にあーしろ、こーしろということは今の時代においても監督の仕事ではない」と話し、選手やスタッフとのコミュニケーションを重視する姿勢を示した。吉見氏も番組の中で「選手はたくさん情報を持っている。いかに気持ちよくマウンドに上げられるようにするのかがわれわれの役割。しっかりコミュニケーションを取ってやっていきたい」と抱負を語っている。
2021年からは社会人の指導現場、2023年秋からは日本代表の投手コーチ。外から古巣を見てきた吉見氏が、初めてNPB球団のコーチとしてユニホームに袖を通す。担当や背番号は、球団の正式発表で明らかになる。
[文/構成 by スポーツライター 高瀬翔吾]














































































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