チョ・チョルヒョンさん死去、享年67 『王の願い ハングルの始まり』の映画監督、がん闘病の末

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韓国映画『王の願い ハングルの始まり』(2019年)で監督デビューしたチョ・チョルヒョンさんが、8日未明に亡くなった。67歳だった。今年2月にがんの診断を受け、闘病を続けていたと韓国の複数のメディアが伝えている。外国映画約600本を手がけた翻訳家として出発し、『王の運命 歴史を変えた八日間』の脚本でも知られた映画人だった。
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『王の願い』の監督、8日未明に67歳で
韓国の複数のメディアによると、チョ・チョルヒョンさんは8日午前1時ごろに息を引き取った。1959年生まれで、享年67。今年2月にがんの診断を受け、治療を続けていたという。
遺体はソウルの高麗大学安岩病院の葬儀場に安置された。出棺は10日午前7時で、ソウル追慕公園に葬られる予定だ。
訃報が伝わった翌日の9日は、韓国では文字の誕生を祝う「ハングルの日」にあたる。ハングルが生まれるまでを描いた映画で監督デビューした人が、その前日に世を去った。韓国メディアの中には、この巡り合わせに触れて訃報を伝えたところもあった。
翻訳から映画づくりへ、約40年の歩み
映画の世界に入ったのは1987年だった。この年から外国映画の翻訳を始め、韓国語に訳した作品は約600本に上る。韓国映画界を代表する翻訳家の一人だった。
やがて活動の軸は、作品を企画する側へ移る。イ・ジュニク監督、そして映画会社を率いた故チョン・スンヘさんと組み、3人は『三国志』の劉備・関羽・張飛になぞらえて呼ばれた。チョさんはそのうちの関羽にたとえられたという。
イ・ジュニク監督の作品とは縁が深い。『黄山ヶ原』(2003年)、『雲を抜けた月のように』(2010年)、『平壌城』(2011年)では企画・製作と脚本に関わり、『楽しき人生』(2007年)、『あなたは遠いところに』(2008年)では製作を担った。
脚本家としての代表作は、イ・ジュニク監督の『王の運命 歴史を変えた八日間』(2015年)だ。朝鮮王朝の英祖と、米びつに閉じ込められて命を落とした息子・思悼世子の悲劇を描いた作品で、韓国映画評論家協会賞、韓国映画製作家協会賞、春史映画祭で脚本賞を受けている。
初の監督作、ソン・ガンホが世宗を演じた
自ら監督したのは、2019年の『王の願い ハングルの始まり』の1本だけだった。原題は『ナランマルサミ』。朝鮮王朝第4代国王の世宗が、民のための文字を作ろうとする姿を描いた時代劇だ。
世宗をソン・ガンホ、文字づくりに力を貸す僧侶シンミをパク・ヘイル、王妃をチョン・ミソンが演じた。チョさんは脚本にも名を連ねている。
韓国では2019年7月に公開され、観客数は約96万人にとどまった。シンミ和尚の役割を大きく描いた点をめぐって、公開当時は「歴史をゆがめている」との批判も出ている。チョさんは公開直後の2019年7月29日、制作会社を通じて声明を出し、世宗をおとしめる意図はなかったと説明した。
日本では2021年6月、シネマート新宿などで公開された。邦題には、物語の中心にあるハングル誕生の題材がそのまま織り込まれた。
「近しい3人の葛藤」を描きたかった
デビュー作の公開直後、チョさんは韓国の映画誌「シネ21」のインタビューで、この映画の核心は最も近い3人の葛藤と衝突、そして和解だと語っている。『王の運命』の脚本を書き終えたあと、物語の運び方をもう一歩進めた作品を手がけたくなったとも明かした。
翻訳、企画、製作、脚本、そして監督。立場を変えながら、約40年にわたって韓国映画に関わり続けた。
翻訳で外国映画の言葉を韓国の観客に届けるところから始まり、最後は文字そのものが生まれる物語を撮った。世宗とハングルの映画は、その歩みの締めくくりとなる作品になった。
[文/構成 by エンタメライター 和泉ユウスケ]











































































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