ジェフリー・アーチャーさん死去、86歳 死因は明らかにされず、『ケインとアベル』で知られる英作家

時間がない人向けの30秒で理解ゾーン
小説『ケインとアベル』などで知られる英国の作家で、元下院議員のジェフリー・アーチャーさんが英国時間の10月5日(月)、自宅で亡くなった。86歳だった。出版元のハーパーコリンズによると、執筆の合間に「突然、安らかに」息を引き取ったといい、死因は明らかにされていない。最後の長編と位置づけていた新作『Adam and Eve(原題)』の英国での刊行日は、その翌日の10月6日だった。
↓ 詳細が気になる方は、このまま下へ ↓
新作刊行の前日、執筆の合間に自宅で
訃報を伝えたのは、アーチャーさんの著作を出してきた英出版大手ハーパーコリンズだった。同社の発表では、アーチャーさんは5日、自宅で書く作業の合間に亡くなった。死因は公表されていない。英国内の報道は5日夜(英国時間)から相次ぎ、日本では6日朝から共同通信やロイターなどが伝え、NHKも同日昼に報じた。
年齢は1940年4月15日の誕生日から数えて86歳。前日の10月4日(日)には、ロンドン中心部のレスター・スクエア劇場で司会者で作家のジャイルズ・ブランドレスとトークイベントに出演し、満員の会場で数百人のファンに本へのサインをしていた。
亡くなる24時間足らず前の出来事だった。
ブランドレスは自身のXで、新作を祝うイベントでアーチャーさんが「これが最後の小説だ」と話していたことを明かし、「最後まで偉大なストーリーテラーだった」と悼んだ。10月10日(土)にはチェルトナム文学祭で新作について語る予定も入っていた。
ハーパーコリンズUKの最高経営責任者で、担当編集者でもあったケイト・エルトンは、アーチャーさんの編集を務めたことを出版人生における大きな名誉の一つと語り、一語一語を磨くために原稿を何稿も書き直す働き者だったと振り返る声明を出した。
下院議員から借金、そして小説家へ
アーチャーさんはロンドン北部で生まれ、まもなくイングランド南西部サマセット州のウェストン・スーパー・メアへ移って育った。オックスフォード大学ブレーズノーズ・カレッジで教員資格の課程に学び、陸上競技でも英国代表として走った経歴を持つ。
政界入りは早かった。1969年12月の補欠選挙で、イングランド東部リンカンシャー州ラウス選挙区から保守党の下院議員に初当選し、当時29歳。だが、カナダの企業への投資が詐欺だったことで約50万ポンドの負債を抱え、1974年に議員を退いた。
借金を返すために書いたのが、1976年のデビュー作『百万ドルをとり返せ!』だった。投資詐欺で大金を失った4人の男が、仕掛けた相手から金を取り返す筋書きで、自身の体験を下敷きにした作品となった。この1冊がベストセラーになり、作家としての道が開ける。
1979年に刊行した『ケインとアベル』は、同じ日に生まれた2人の男の数十年にわたる対立を描く長編だ。一方はボストンの名家に生まれた銀行家の跡取り、もう一方はポーランドの寒村に生まれ、移民として米国へ渡りホテル王へ上り詰める男。米ニューヨーク・タイムズのベストセラーリストで1位になり、1985年には米CBSでテレビドラマ化された。同作の売り上げは世界で3000万部を超え、作家人生を通じた著作の累計は119カ国、49言語で3億部以上に上る。
名誉毀損訴訟の勝訴から偽証罪での服役まで
小説の成功と並んで、政界への復帰も進んだ。1985年、マーガレット・サッチャー首相のもとで保守党副幹事長に就いたが、翌1986年、売春婦に金を渡したとする大衆紙の報道を受けて辞任した。
アーチャーさんは、この女性と金銭を介して性的関係を持ったと報じた英紙デイリー・スターを名誉毀損で訴え、1987年の裁判で50万ポンドの損害賠償を勝ち取った。1992年にはジョン・メージャー首相のもとで一代貴族となり、「ウェストン・スーパー・メアのアーチャー男爵」として上院(貴族院)の議席を得ている。
転機は1999年に訪れる。2000年のロンドン市長選の保守党候補に選ばれた直後、1987年の裁判で虚偽のアリバイを用意していたと元友人らが告発したのだ。アーチャーさんは立候補を取り下げ、2000年2月には保守党から追放処分を受けた。
2001年7月、ロンドンの中央刑事裁判所は偽証と司法妨害の罪で禁錮4年の実刑を言い渡した。友人に偽のアリバイ証言を頼み、偽の日記を作ったと認定された。服役はベルマーシュ刑務所から始まり、刑期の半分を務めた2003年7月に仮釈放。獄中の日々は、のちに3巻の日記『A Prison Diary』にまとめている。
出所後は上院に戻り、2024年に引退した。
日本では新潮文庫で長く読み継がれる
日本では、新潮社が翻訳出版の中心を担ってきた。『ケインとアベル』は永井淳の訳で1981年5月に新潮文庫から上下巻で出た。2007年には改版も出ており、40年以上にわたって読まれてきた。デビュー作『百万ドルをとり返せ!』も永井の訳で同社から出版された。
2011年から英国で始まった全7部の大河小説「クリフトン年代記」は、戸田裕之の訳で第1部『時のみぞ知る』から新潮文庫で刊行。ロンドン警視庁の刑事ウィリアム・ウォーウィックを主人公とするシリーズも戸田の訳で、2020年の第1作『レンブラントをとり返せ』は新潮文庫から、第2作以降はハーパーコリンズ・ジャパンのハーパーBOOKSから出ている。2025年10月に『消えた王冠は誰の手に ロンドン警視庁王室警護本部』が出ており、続く『そして因果は巡る ロンドン警視庁国家要人警護特別任務』が10月25日に発売される予定だ。遺作となった『Adam and Eve』の日本語版は、10月7日時点で発表されていない。
カミラ王妃や保守党から追悼相次ぐ
カミラ王妃は6日に声明を出し、アーチャーさんを「欠点がないわけではなかった」としながらも、友人たちは人生のどの章でも抑えきれない活力を持った人として記憶するだろうと述べた。アーチャーさんは王妃が後援する読書推進の慈善団体を支えており、王妃は「次のページがどこへめくられても、シャンパンとシェパーズパイがたっぷりあるよう願う」と結んだ。自宅でのパーティーで客にシャンパンとシェパーズパイを振る舞うのが、アーチャーさんの流儀だった。
保守党のケミ・ベイドノック党首は6日朝のBBCの番組で「とても寂しくなる」と話し、5日にも本人から携帯にメッセージが届いていたと明かした。一代貴族に推したメージャー元首相は「現代で最も驚くべき人生の一つを生きた人を失った」とコメントしている。
1966年に結婚した妻メアリーとは今年、結婚60年を迎えていた。2人の息子と5人の孫がいる。
[文/構成 by MEDIA DOGS編集部]








































































コメントはこちら