佐野章二さん死去、84歳 『ビッグイシュー日本版』創業者、死因は膵臓癌とビッグイシュー日本が公表

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ホームレスの人が路上で売る雑誌『ビッグイシュー日本版』を創業した佐野章二さんが、2026年9月19日に膵臓癌のため亡くなった。84歳だった。発行元の認定NPO法人ビッグイシュー日本が10月5日、公式サイトで公表した。葬儀は近親者のみの家族葬で済ませている。
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9月19日に死去、10月5日に公表
ビッグイシュー日本は10月5日、雑誌『ビッグイシュー日本版』の公式サイトと、法人の公式サイトの両方に「創業者・佐野章二 永眠のお知らせ」を載せた。佐野さんは有限会社ビッグイシュー日本の共同代表として雑誌を立ち上げ、NPO法人ビッグイシュー基金では初代代表を務めた人物だ。2026年4月からは、統合後の法人で相談役に就いていた。
お知らせは、佐野さんが「2026年9月19日に膵臓癌のため84歳をもって永眠しました」と伝えている。亡くなってから公表まで、2週間あまりの間隔があった。
葬儀は近親者のみの家族葬で行った。香典や供花、供物は遺族の意向で辞退するという。お知らせは「謹んで故人に対する生前のご厚情を深く感謝申し上げます」と結ばれ、NPO法人ビッグイシュー日本の名前で出ている。お別れの会など、改めて人が集まる場の予定は10月6日時点で示されていない。
大阪生まれ、まちづくりの現場から雑誌づくりへ
佐野さんは1941年、大阪に生まれた。立命館大学法学部を出たあと、大学の職員や都市開発のコンサルタント会社勤務を経て、自らのコンサル事務所を営み、地域と住民の関係を考える仕事を長く続けた。1994年には『ボランティアをはじめるまえに』(公人の友社)を出し、市民が自分たちで公益を担う活動について発言を重ねてきた。
転機は2002年に訪れる。のちに編集長となる水越洋子が同年9月、スコットランドのグラスゴーを訪ね、『ビッグイシュー・スコットランド』の創設者メル・ヤングに会った。帰国直後の10月、水越は佐野さんとともに「ビッグイシュー日本版発行準備会」を立ち上げる。
だが、周囲の反応は冷たかった。ビッグイシュー日本の公式サイトによると、助言を求めた相手からは「反対する理由はトラック一杯分くらいある」「100%失敗する」と言われたという。若者の活字離れが進み、日本には雑誌を路上で買う習慣もない。無料の情報誌もあふれていた。
それでも2人は止まらなかった。2003年5月に有限会社ビッグイシュー日本を設立し、佐野さんと水越が共同代表に就く。6月には英国『ビッグイシュー』の創設者ジョン・バードが来日し、8月にはNPO法人釜ヶ崎支援機構の協力を得て、ホームレスの人向けの説明会を開いた。
創刊は2003年9月11日、場所は大阪だった。集まった販売者は19人。ロンドンから応援に駆けつけたバードとともに、日本版は最初の1冊を街頭に出した。
1冊500円のうち250円が販売者の収入に
雑誌の原型は、1991年に英国ロンドンで生まれた『ビッグイシュー』だ。ボディショップ創業者のアニータとゴードン・ロディック夫妻が、ニューヨークでホームレスの人が売る新聞を見かけたことが出発点で、ゴードンの旧友ジョン・バードが、チャリティではなくビジネスとして事業化した。日本版はその仕組みを受け継いでいる。
現在の定価は1冊500円。このうち250円が販売者の手元に残る。最初の10冊は無料で渡され、その売り上げ5000円を元手に、以降は1冊250円で仕入れる仕組みだ。販売者は顔写真と番号の入った身分証を身につけ、決められた場所で売る。寄付を求めることはしない、などの行動規範にも同意して街頭に立つ。
チャリティではなく、ビジネスの相手として向き合う。この考え方が、佐野さんたちの事業の土台になった。
発行は2004年に月1回から月2回へ増え、東京、横浜、名古屋、札幌、熊本などへ販売地域が広がっていく。2007年には、販売だけでは解決できない生活の問題を支えるため、会社を母体にビッグイシュー基金が発足した。佐野さんが初代代表を務めた基金は、その後、住まいの確保や若者のホームレス化を防ぐための調査、政策提案へと活動の幅を広げていく。
著書には『ビッグイシューの挑戦』(講談社、2010年)、『社会を変える仕事をしよう ビッグイシュー10年続けてわかった大事なこと』(日本実業出版社、2013年)がある。
22年半で1031万冊、販売者に17億円余
2003年9月の創刊から2026年3月までの22年6カ月に、有限会社ビッグイシュー日本が出した雑誌は523号、販売は総計1031万冊に達し、販売者に17億429万円の収入を出した。2026年8月17日付で佐野さんと水越が連名で読者に宛てたあいさつに記された数字だ。公式サイトによると、2025年9月時点で販売者として登録した人はこれまでに2100人、その時点で売っていたのはおよそ90人だった。
500号の発行に合わせた2025年3月31日のお知らせでは、雑誌の仕組みを使ってホームレス状態を抜け出し、次の仕事に就いた人が211人に上ると紹介している。創刊前に「100%失敗する」と言われた事業が、20年以上にわたり働く場を生み続けた。
最新号は10月1日発売の536号。佐野さんが亡くなった後も、雑誌は月2回のペースで路上に並んでいる。
会社とNPOの統合を見届けて
晩年の佐野さんが関わった大きな仕事が、会社とNPOの統合だった。2025年12月1日、有限会社ビッグイシュー日本は認定NPO法人ビッグイシュー基金との統合を発表し、支援を呼びかける文書を出している。署名は「水越洋子/佐野章二/スタッフ一同」。
文書は雑誌の発行を、ホームレスの人たちとともに「“今、すぐに、始められる仕事”をつくる事業でした」と表現した。リーマンショック、東日本大震災、コロナ禍、過酷な暑さといった困難を乗り越えてきた歩みも振り返っている。
統合は2026年4月1日に実現し、法人名は認定NPO法人ビッグイシュー日本に改まった。雑誌の発行と、相談支援や住まい支援、政策提案を一つの組織で進める体制だ。法人の公式サイトによると、10月6日時点の共同代表は稲葉剛と米本昌平。水越は理事に名を連ね、役員紹介では『ビッグイシュー日本版』編集長と記されている。
有限会社は2026年3月末で解散した。佐野さんと水越は同じ8月17日付のあいさつで、3月の決算が単年度黒字となり、過去の債務をゼロにできたと報告している。文面は「22年と6ヵ月ありがとうございました。これからもどうぞよろしくお願いします。」と読者への感謝から始まる。佐野さんが亡くなる約1カ月前のことだった。
佐野さんは新しい法人で相談役となり、半年足らずで世を去った。大阪の街角で19人の販売者とともに始まった雑誌は、創刊から23年の秋を迎えている。
[文/構成 by MEDIA DOGS編集部]







































































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