西武渋谷店が9月末で閉店へ なぜ58年の歴史に幕を下ろすのか理由と跡地の行方を整理

時間がない人向けの30秒で理解ゾーン
そごう・西武は2026年3月25日、西武渋谷店(東京都渋谷区宇田川町)を9月30日で閉店すると発表した。1968年4月19日の開業から58年の歴史に幕を下ろす。閉店の直接原因は、土地建物権利者(地権者)から賃貸借契約の終了と明渡しを求める通知を受けたこと。地権者はA館・パーキング館の松竹映画劇場と、B館の国際の2社で、再開発に着手する方針を決めた。そごう・西武は存続を模索したが要望はかなわなかった。ロフト館とモヴィーダ館はそごう・西武が自社保有しており、西武の屋号を外した上で営業を継続する。
↓ 詳細が気になる方は、このまま下へ ↓
58年の歴史に幕──9月30日で営業終了
そごう・西武は3月25日付のプレスリリースで、西武渋谷店の営業を2026年9月30日で終了すると発表した。同店は旧セゾングループの旗艦店として1968年4月19日に渋谷駅前(スクランブル交差点付近)に開業し、58年にわたって営業してきた。
閉店の対象となるのは、婦人服・化粧品等を扱うA館(地下2階〜8階、1万6549㎡)、紳士服等のB館(地下1階〜8階・屋上、1万3749㎡)、およびパーキング館(1590㎡)の3館で、営業面積の合計は3万1888㎡。一方、隣接するロフト館(生活雑貨店「ロフト」が入居)とモヴィーダ館(「無印良品」が入居)は、そごう・西武が土地・建物を自社保有しているため、西武の屋号を外した上で営業を継続する。
閉店の経緯──20年にわたる再開発協議と地権者からの通知
西武渋谷店の土地と建物は地権者が所有しており、A館とパーキング館は松竹映画劇場株式会社、B館は国際株式会社がそれぞれ権利を持つ。西武の進出前には、A館の場所に「渋谷松竹映画劇場」、B館の場所に「渋谷国際」という映画館が建っていた。
そごう・西武はこの地権者2社との間で、20年近くにわたり30回前後の勉強会を重ね、西武渋谷店全体の再開発について協議を続けてきた。しかし2024年7月3日付で、地権者からA館・B館・パーキング館の再開発に正式に着手するとの通知を受領。さらに賃貸借契約の終了と明渡しを求める通知が届いた。2025年8月には「2026年9月1日から工事に入る予定」との連絡もあった。そごう・西武はその後も存続を模索して交渉を続けたが、同社のプレスリリースによれば「当社の要望を容れていただくことは叶わず、西武渋谷店営業終了の運びとなった」とされる。
そごう・西武と田口社長のコメント
そごう・西武はプレスリリースの中で「西武渋谷店は開店以来約60年の間、渋谷のみならず世界中の方に愛されてまいりました。これまで、西武渋谷店をご愛顧いただき誠にありがとうございました。営業終了に際しましては、お客さま、地域の皆さま、お取引先さま及び関係者の皆さまにご迷惑とご不便をおかけすることとなり、深くお詫び申し上げます」と述べた。
田口広人社長(4月1日付で会長に異動)はWWDJAPANの取材に対し「非常に無念であり、いろいろな思いが去来する。渋谷店は長く世界中から愛されてきた。長年ご愛顧いただいたお客さま、地域の皆さま、日本ならびに海外の取引先の皆さまに本当に愛していただいた。ご迷惑、ご不便をかけることに社長としてお詫びを申し上げたい」と語った。再開発後の建物への再入居の可能性についても「そうした可能性も模索してきたが、難しいと結論づけた」としている。
業績推移──ピークの967億円から大幅に縮小
WWDJAPANの報道によると、西武渋谷店の売上高(取扱高)は、業績ピークの1990年度にA館・B館・パーキング館・ロフト館・シード館(現モヴィーダ館)の5館合計で967億円を記録した。しかし2025年度の5館合計は400億円(ピーク比約41%)に縮小した。読売新聞の報道によると、2025年度の売上高は234億円まで落ち込み、ピーク時の約4分の1の水準となった。2016年度からは営業赤字が続き、近年はA館・B館・パーキング館の3館の収支で年20億〜30億円の赤字を計上していた。
WWDJAPANの取材に対し田口社長は「近年はアニメやゲームのIP(知的財産)の催事が好評で、特に土日にはたいへんな賑わいになっていた。収益も改善の傾向にあり、現場の努力が実を結びつつあった。再建への手応えはあったため、私たちとしては営業を続けたかった。だが、地権者の意向もあって撤退に至った」と述べている。
従業員230人の雇用は継続
プレスリリースによれば、西武渋谷店に勤務する社員は本社員96人、契約社員134人の計230人(2025年9月30日現在)。全員の雇用を継続し、社内で配置転換を行うとしている。
セゾン文化の拠点としての歴史的意義
西武渋谷店は、渋谷が「若者の街」「ファッションの街」と呼ばれるようになる上で先導的な役割を果たした。1970年代には編集売り場「カプセル」を通じて、三宅一生、山本寛斎、川久保玲、菊池武夫といった若手デザイナーが飛躍するきっかけを作った。当時パリ駐在事務所を通じて「エルメス」「イヴ・サンローラン」「ジョルジオ アルマーニ」など海外ブランドをいち早く導入し、「DCブランド」ブームの先駆けとなった。
1973年にはセゾングループ(当時は西武流通グループ)が渋谷パルコを開業。西武渋谷店から渋谷パルコに至る坂道(区役所通り)は「公園通り」と命名され、一帯に雑貨店「ロフト」、ファッションビルのシード館、劇場、映画館、ライブハウスなどセゾングループの施設が軒を連ね、渋谷の流行発信地としての地位を確立した。
渋谷から百貨店が消える
渋谷駅周辺では再開発に伴い、2020年3月に東急百貨店東横店が、2023年1月に東急百貨店本店がそれぞれ営業を終了している。いずれも複合ビルへの建て替えが進行中で、親会社の東急は百貨店の再出店を明言していない。西武渋谷店の閉店により、渋谷エリアから当面、百貨店が消えることになる。
そごう・西武にとっても、都内の店舗は西武池袋本店の1店舗のみとなる。池袋店は現在改装中で年内に全面オープンする予定だが、読売新聞の報道によると、ヨドバシカメラの出店に伴い百貨店の売り場面積は半減する見通しだ。
ニッセイ基礎研究所の久我尚子上席研究員は「一部の百貨店は、訪日客需要や外商で存在感を保っているが、若年層を中心にブランドや体験重視の消費行動が広がり、総合型業態は選ばれにくくなった。商業施設やエンタメが集積する渋谷では特に顕著だ」と指摘している。
跡地の再開発──詳細は未発表
A館・B館・パーキング館の土地・建物を所有する地権者(松竹映画劇場、国際)が再開発に着手する方針だが、具体的な計画内容や完成時期は2026年3月25日時点で公表されていない。なお、フォートレス・インベストメント・グループと提携するヨドバシホールディングスが関与しているのは西武池袋本店の改装であり、西武渋谷店の跡地再開発とは別の案件である。
[文/構成 by MEDIA DOGS編集部]


























































コメントはこちら