鈴木誠也の経歴とは ドラ2右腕→”神ってる”→WBC辞退→3年越しの大舞台までを辿る

時間がない人向けの30秒で理解ゾーン
シカゴ・カブスの鈴木誠也が、3年越しの思いを胸にワールド・ベースボール・クラシック(WBC)に出場した。前回2023年大会を負傷で辞退した主砲は、初戦の台湾戦快勝を経て、7日宿敵・韓国との大一番に臨んでいる。2025年にメジャー自己最高の32本塁打を記録し、契約最終年で迎える今大会は、その真価を世界に示す舞台だ。
↓ 詳細が気になる方は、このまま下へ ↓
3年越しのWBC、初戦快勝の勢いで宿敵・韓国戦へ
侍ジャパンは2026年3月7日、ワールド・ベースボール・クラシック(WBC)1次ラウンドの第2戦で宿敵・韓国と対峙する。3年前に無念の辞退を経験した鈴木誠也(31、シカゴ・カブス)にとって、待ち望んだ大舞台での重要な一戦となった。前日6日の初戦、チャイニーズ・タイペイ戦ではチームが13-0で7回コールド勝ちを収め、最高の雰囲気で韓国戦を迎える。
鈴木は台湾戦に「3番・中堅手」で先発出場し、4打数1安打1四球を記録した。チームの勝利に貢献し、大一番へ向けて順調な滑り出しを見せた。3年前の雪辱を期す主砲のバットに、大きな期待がかかる。
「神ってる」からの苦悩とメジャーでの飛躍
鈴木の球歴は、決して平坦な道ではなかった。二松学舎大付高時代は投手として最速148キロを記録する逸材だったが、甲子園出場は果たせなかった。それでも、2012年のドラフト会議で広島東洋カープから2位指名を受け、野手としてプロの門を叩いた。
その才能が完全に開花したのはプロ4年目の2016年だった。6月の交流戦で2試合連続サヨナラ本塁打を放つなど、まさに神がかった活躍を見せた。当時の緒方孝市監督が鈴木を評した「神ってる」は、その年の「ユーキャン新語・流行語大賞」の年間大賞を受賞。一躍、時の人となった。
しかし、鈴木本人の心境は複雑だった。日刊スポーツの取材に対し「僕自身が言った言葉ではないので、どうやって喜んでいいのか分からない」と戸惑いを見せた。また、産経新聞には「(その後の活躍も)すべて『神ってる』になったので、まぐれみたいに聞こえて嫌だった」と本音を明かし、実力で評価されたいという渇望をのぞかせた。
その言葉通り、鈴木は広島の不動の4番として成長を続け、2019年には打率.335、出塁率.453で首位打者と最高出塁率の二冠を獲得。2021年オフ、ポスティングシステムを利用してシカゴ・カブスと5年総額8500万ドルという、当時の日本人野手史上最高額で契約を結び、メジャーリーグへと挑戦した。
キャリアハイの32本塁打、リーグ屈指の強打者へ
メジャーの舞台でも鈴木の打棒は通用した。移籍1年目の2022年は4月に月間最優秀新人に選ばれるなど、打率.262、14本塁打を記録。2023年には打率.285、20本塁打と成績を向上させ、日本人右打者として初のシーズン20本塁打を達成した。
この活躍が評価され、2023年、2024年と2年連続で打撃のベストナインに相当するシルバースラッガー賞の外野手部門で最終候補に選出された。そして迎えた2025年シーズン、鈴木はキャリアの頂点を迎える。151試合に出場し、打率こそ.245だったが、32本塁打、103打点をマーク。メジャーで自身初となる30本塁打・100打点を達成し、日本人右打者としても初の快挙となった。
2025年はシルバースラッガー賞の候補入りこそならなかったものの、32本塁打・103打点というキャリアハイの数字が、リーグを代表する強打者としての地位を証明した。
| 年度 | 所属 | 試合 | 打率 | 本塁打 | 打点 | OPS |
|---|---|---|---|---|---|---|
| 2016 | 広島 | 129 | .335 | 29 | 95 | 1.015 |
| 2019 | 広島 | 140 | .335 | 28 | 87 | 1.018 |
| 2021 | 広島 | 132 | .317 | 38 | 88 | 1.072 |
| 2022 | カブス | 111 | .262 | 14 | 46 | .770 |
| 2023 | カブス | 138 | .285 | 20 | 74 | .842 |
| 2024 | カブス | 132 | .283 | 21 | 73 | .848 |
| 2025 | カブス | 151 | .245 | 32 | 103 | .804 |
「出ないで後悔するよりは」WBC出場決意の裏側
メジャーで確固たる地位を築いた鈴木だったが、心には一つの悔いが残っていた。2023年の第5回WBCだ。大会への出場を表明し、調整を進めていたが、スプリングトレーニング中に左脇腹を負傷。大会開幕を目前にして、無念の出場辞退となった。当時の心境を、Number Webの取材に「ショックはデカかった」と語っている。
それから3年。カブスとの5年契約の最終年という難しい状況の中、鈴木は再び侍ジャパンのユニフォームに袖を通すことを決断した。そこには、3年前の経験から生まれた強い思いがあった。
日テレNEWSの取材に対し、鈴木は「なんとなく後悔が残りそうだなと思ったんで。出ないで後悔するぐらいだったら」と出場を決めた胸の内を明かした。ケガのリスクを背負ってでも、日本のために戦う道を選んだのだった。
契約最終年、侍ジャパンでの活躍が示す未来
今大会は、鈴木にとって単なる国際大会以上の意味を持つ。2026年シーズン終了後、カブスとの契約は満了を迎える。FA市場に出る可能性もあり、このWBCでのパフォーマンスは、彼の今後のキャリアを大きく左右する試金石となる。
甲子園未出場からプロの世界で頭角を現し、「神ってる」という流行語と共にスターダムを駆け上がった。メジャー移籍、WBC辞退という試練を乗り越え、メジャー自己最高の成績を引っ提げて3年越しの夢舞台に立つ。その一振り一振りが、侍ジャパンを世界の頂点へ導き、そして自身の未来を切り拓く。
[文/構成 by さとう つづり]



























































コメントはこちら