MEDIA DOGS

伊藤大海の原点と生い立ち 祖父が遺したバッティングネットとタコ壺漁師の父が「大海」に込めた願いとは

伊藤大海の原点と生い立ち 祖父が遺したバッティングネットとタコ壺漁師の父が「大海」に込めた願いとは

時間がない人向けの30秒で理解ゾーン

北海道日本ハムファイターズの伊藤大海投手の強さの原点は、故郷・北海道鹿部町の自然と家族にある。タコ壺漁師の父が「大海原のように広い心を持つ男に」と名付け、亡き祖父が遺した手作りのバッティングネットで練習に明け暮れた。家族の絆と故郷への想いが、彼の不屈の精神を育んだ。

↓ 詳細が気になる方は、このまま下へ ↓

マウンド支える不屈の魂、ルーツは北の漁師町に

プロ野球・北海道日本ハムファイターズで、今やエースとしての地位を確立した伊藤大海(28)=北海道日本ハムファイターズ=。気迫を前面に出す投球スタイルと、勝負どころで見せる圧巻の投球は多くのファンを魅了する。その強靭な精神力の源流をたどると、生まれ育った北海道茅部郡鹿部町での日々と、彼を支え続けた家族の姿が浮かび上がる。

噴火湾に面した自然豊かな漁師町。ここで過ごした少年時代が、伊藤の野球人生のすべてを形作った。彼の物語は、家族の愛情と故郷の風景なくしては語れない。

「大海原のように」タコ壺漁師の父が名前に込めた願い

伊藤の父、清光さんは鹿部町でタコ壺漁を営む現役の漁師だ。夜明け前に船を出し、荒波の中で黙々とタコ壺を引き揚げる。そのたくましい背中を見て、伊藤は育った。「大海」という名前は、その父が授けたもの。『大海原のように広く、大きく。海を渡る』。その願いが、一文字一文字に込められている。

清光さんは、息子が野球を始めてから最大の理解者であり続けた。仕事で疲れた体でも、息子の練習に付き合う日々。父とのキャッチボールは、伊藤にとって野球の楽しさを知る原体験となった。漁師として自然の厳しさ、そして恵みと向き合う父の生き様は、マウンドでいかなる状況にも動じない伊藤の精神力と重なる。

祖父が遺した手作りネット、原点となった「宝物」

伊藤の野球人生を語る上で欠かせないのが、亡き祖父・清一さんの存在だ。清一さんは海に出ない日でも漁のことばかり考えているような寡黙な漁師だった。かつて息子の清光さんが学生時代に野球部に入ろうとした際、清一さんはそれに反対したという。しかし、孫の大海が野球に夢中になる姿を見たとき、清一さんの態度は違った。息子の夢を阻んだことを深く後悔していた清一さんは、「大海には一生懸命やってあげたい」と、今度は全力で応援する側に回った。母・正美さんがのちにそう明かしている。

その思いが形になったのが、手作りのバッティングネットだった。小さい頃、清一さんが伊藤にプレゼントしてくれたそのネットは、少年時代の伊藤にとって最高の練習場であり、家族の愛情の証だった。祖父が手作りしてくれたそのバッティングネットは、少年時代の伊藤にとって最高の練習場だった。

しかし、祖父・清一さんは、伊藤が中学を卒業する日、船の整備中に機械に頭を強打し、突然この世を去った。小さい頃に祖父がプレゼントしてくれたネットは、単なる練習道具ではなかった。それは家族の愛情の証であり、伊藤にとっては「宝物」そのもの。日が暮れるまで、祖父の形見であるネットに向かって白球を投げ込み、バットを振る毎日が続く。この場所が、伊藤大海という投手の原点である。

駒大苫小牧高校では、2年春に第86回選抜高等学校野球大会(2014年センバツ)の切符をつかんだ。初戦の創成館(長崎)戦、背番号15をつけた伊藤はマウンドに上がると、わずか3安打に抑える完封勝利を挙げ、その名を全国に知らしめた。しかし夏の甲子園には届かず、高校3年間で聖地に立てたのはこの一度きりだった。卒業後は駒澤大学へ進学し硬式野球部に入部するも、「4年間プレーするビジョンを描けなかった」として1年時の10月に中途退学した。故郷に戻り、苫小牧駒澤大学で再起。その後の活躍は周知の通りだ。

故郷・鹿部町の期待を背に「町のヒーロー」として

プロ入り後も、伊藤は故郷への感謝を忘れない。オフシーズンには鹿部町を訪れ、子どもたちと交流するなど、地域との絆を大切にする。人口約3,700人の小さな町にとって、伊藤は紛れもなく「町のヒーロー」だ。

町役場には応援の横断幕が掲げられ、登板日には多くの町民がテレビの前で声援を送る。彼の活躍は、鹿部町全体にとっての誇り。その期待と応援が、マウンドに立つ伊藤の背中を力強く後押しする。

原点を力に、目指すは球界の頂点

タコ壺漁師の父から受け継いだ不屈の精神。祖父が遺した愛情の証。そして、故郷・鹿部町の温かい声援。そのすべてが伊藤大海の血肉となっている。2025年シーズンには14勝を挙げて2年連続の最多勝に輝き、195奪三振で最多奪三振との二冠を達成。球団ではダルビッシュ有以来18年ぶりとなる沢村賞を受賞し、名実ともに日本を代表する投手へと上り詰めた。

2021年の東京オリンピックでは日本代表「侍ジャパン」の一員として金メダル獲得に貢献。2023年のWBC(ワールド・ベースボール・クラシック)でも中継ぎとして3試合に登板し防御率0.00の完璧な投球で世界一連覇に貢献した。そして今、伊藤は三たび日の丸を背負っている。2026年3月に開幕したWBC第6回大会で、侍ジャパンの主力投手として大会連覇に挑んでいる最中だ。沢村賞右腕として、今度は先発の柱としての役割も期待される。チームを世界一へ導くこと――大海原のように無限の可能性を秘めた右腕が、家族と故郷の想いを胸に、世界の舞台でマウンドに立ち続ける。

[文/構成 by さとう つづり]

コメントはこちら

*
*
* (公開されません)

日本語が含まれない投稿は無視されますのでご注意ください。(スパム対策)

ライフハック/実用

More

グルメ

More

エンタメ

More

社会/ニュース

More
Return Top