桶谷大が代表監督に選ばれた理由と知られざる経歴 腎臓病・単身渡米・叩き上げの30年を辿る

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バスケ男子日本代表の新監督に、Bリーグ琉球の桶谷大氏が就任した。トム・ホーバス前監督の電撃退任を受け、2028年ロス五輪を見据えた長期体制を託された。中学時代の腎臓病で選手を断念後、単身渡米しコーチングを学ぶ。国内で複数チームを率いて実績を積み、特に優れたマネジメント能力が評価されての抜擢となった。
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桶谷ジャパン始動、初陣は黒星も「マネジメント能力」に託された未来
バスケットボール男子日本代表は、新たな時代を迎えた。日本バスケットボール協会(JBA)は2026年2月2日にトム・ホーバス前ヘッドコーチ(HC)との契約終了を電撃発表。
翌3日の記者会見で、後任としてBリーグ・琉球ゴールデンキングスを率いる桶谷大氏(48)の新HC就任を発表した。48年ぶりに自力での五輪出場を決めたチームの変革は、多くのファンを驚かせた。
桶谷新体制の初陣は、2月26日に沖縄サントリーアリーナで行われた「FIBAワールドカップ2027アジア地区予選」の中国戦。前半を14点リードで折り返しながらも、後半に逆転を許し80-87で敗戦。ほろ苦いスタートとなった。
しかしJBAが桶谷氏に託したのは、目先の勝敗以上に、2036年までの約10年を見据えた中長期的なチーム強化の設計図を描くことだった。
JBAの伊藤拓摩強化委員長は、選任理由として桶谷氏の優れたマネジメント能力を挙げた。「本当にいろいろな人と一緒に仕事ができる。その人たちの力を最大限に引き出してチームを作り上げ、そして勝っている」。
NBAでのコーチング経験を持つ吉本泰輔氏(デンバー・ナゲッツ傘下GリーグAC)やライアン・リッチマン氏(シーホース三河HC)といった有能なアシスタントコーチ陣を束ね、「最強の布陣で、最高の一体感を作る」という新体制の構想。その中心に、叩き上げの指揮官が据えられた。
病乗り越え単身渡米、叩き上げの指導者人生
桶谷氏の指導者としての原点は、選手としての道を絶たれた過去にある。京都府出身。京都の古豪・山城高校でバスケットボール部のコーチを務めていた父・良さんの影響で、幼い頃からバスケットボールは「おもちゃ」代わりの身近な存在だった。しかし、中学1年の夏に腎臓病のネフローゼ症候群を発症。高校卒業まで入退院を繰り返し、「病気と一緒に青春時代を過ごした」と本人は語る。
プレーヤーとして大成する夢は断たれた。だが、バスケへの情熱は消えなかった。高校卒業後、指導者の道を志し、単身アメリカへ渡ることを決意。ツテも十分な英語力もないまま、アリゾナ州立大学の門を叩いた。
転機は、行動力で自ら掴み取った。学内の体育館で練習していた、後にNBAで活躍するエディー・ハウスの練習を手伝い続けたことで信頼を得て、チームのマネージャーになる道が開ける。そこで規律を重んじる米国のバスケットボール、特にディフェンスの重要性を肌で学んだ。この経験が、後の指導者人生の礎を築く。
挫折と進化の20年、名将から学び築いた「自立と共生」の哲学
2005年に帰国し、当時発足したbjリーグの大分ヒートデビルズでコーチとしてのキャリアを開始。2008年には琉球ゴールデンキングスのHCに就任し、1年目でチームを初優勝に導いた。
この頃、NBAの名将フィル・ジャクソン氏のコーチング論をまとめた自伝的著書「Sacred Hoops」に出会い、個に頼らずチーム全体で戦う思想に深く影響を受ける。主力を7、8人に絞るのが主流だった日本で、10人以上を起用するローテーションを導入し、選手のモチベーション維持とリスク分散を図った。しかし、その後の道のりは平坦ではなかった。
2015年から指揮を執った大阪エヴェッサ時代は、結果が出ずに苦しんだ。「自分が考えているバスケットが日本で一番いいと思っていた。それをできないのは選手が悪いと」。高くなっていた鼻を折られ、指導者として大きな挫折を味わう。この経験から、「選手とどう付き合うべきか」を自問し、ヒューマンマネジメントの重要性に気づく。
指導者としての進化は、仙台89ERS時代に結実した。選手一人ひとりが「どう成長したいか」を尊重し、その成長を促すスタイルへ転換。
練習の前後に選手同士が2人1組で目標や達成できたことを語り合う「ペアトーク」を導入するなど、対話を重視した。選手が自ら考え、チームに主体的に関わる「自立と共生」の哲学が形となり、チーム力は向上。2021年に復帰した琉球では、この成熟した指導法で2022-23シーズンにBリーグ初優勝という快挙を成し遂げた。
「彼の力は必要」新体制が示す変化への意思
新体制の発足会見で、桶谷氏は言葉を選びながらも、日本代表から遠ざかっている八村塁(NBAロサンゼルス・レイカーズ)について言及した。「世界最高峰で戦っている最高の選手。世界で戦う上では彼の力は必要だと思っている」。その経験をチームに注入してほしいと、復帰への期待を隠さなかった。
ホーバス前HCの退任理由の一つとして、一部で八村との確執が報じられたが、JBAの島田慎二会長は「そこが直接的ではない」と否定。一方で、新体制が八村の存在を重要視している姿勢は明確に示した。選手との対話と個々の尊重を掲げる桶谷氏の就任は、チーム作りのアプローチが大きく変わる可能性を示す。
新キャプテンに就任した富樫勇樹(千葉ジェッツ)は「監督が交代するタイミングは多いことではないので、(若手にとっては)チャンスだと思う」と述べ、チーム内の活性化に期待を寄せた。渡邊雄太(千葉ジェッツ)も「トム(前HC)が伸ばしてくれた思い切りの良さは引き継ぎたい」と前体制への敬意を示しつつ、「1日たりとも無駄にできる日はない」と、新体制での再出発に気を引き締める。
「バスケットを産業に」マネジメント型HCが描く未来
JBAが桶谷氏を選んだ背景には、世界のバスケットボール界の潮流がある。伊藤強化委員長によると、FIBAランキング上位20カ国のうち約8割のHCがクラブチームとの兼任だ。「バスケは日々すごいスピードで進化している。現場でPDCAを回し、コーチングへ反映できる」と、兼任の利点を強調する。Bリーグの最前線で戦い続ける「旬のコーチ」である桶谷氏の感覚が、代表強化に直結すると期待されている。
桶谷氏自身も、単なる指導者の枠を超えた広い視野を持つ。「最近、『バスケットを産業にしたい』という気持ちがすごく芽生えている」。試合の魅力を高め、ファンを増やし、バスケを通じて地域を活性化させる。琉球でその成功体験を積み重ねてきた指揮官は、日本バスケ界全体の発展を見据える。
初陣は黒星発進となったが、桶谷ジャパンの船出は始まったばかりだ。病による挫折から這い上がり、異国の地で学び、国内リーグで成功と失敗を繰り返しながら独自の哲学を築き上げた叩き上げの指揮官。その卓越したマネジメント能力で、多士済々の選手とスタッフをまとめ上げ、「五輪で勝てるチーム」を作れるか。その挑戦は、日本のバスケットボール界の未来そのものを占う。
[文/構成 by さとう つづり]




























































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