”ひふみん”こと、加藤一二三さん逝く 86歳 猫好き・うな重・ミルクレープ…愛されエピソード満載の生涯

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「ひふみん」の愛称で親しまれた将棋棋士の加藤一二三(かとう・ひふみ)さんが22日、肺炎のため86歳で死去した。史上初の中学生棋士としてデビューし、「神武以来の天才」と称賛された。現役勤続年数や通算対局数で歴代1位の記録を樹立。引退後はバラエティ番組でも大活躍し、うな重、板チョコ、猫愛など、数々の愛されエピソードで多くの人々の心を掴んだレジェンドである。
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“ひふみん”加藤一二三さん死去、86歳 肺炎のため
将棋界で数々の金字塔を打ち立て、引退後は「ひふみん」の愛称でお茶の間に親しまれた将棋棋士・九段の加藤一二三さんが、2026年1月22日午前3時15分、肺炎のため東京都内の病院で死去した。86歳であった。所属事務所のワタナベエンターテインメントが同日、公式に発表した。戦前生まれ最後の名人経験者として、昭和から平成、令和の時代まで将棋界と社会に大きな足跡を残した巨星が、静かにその生涯の幕を閉じた。
事務所は「故人が生前に賜りましたご厚誼に対し、あらためて心より御礼申し上げますとともに、ここに謹んで哀悼の意を表します」との声明を発表。通夜は27日19時30分から、告別式は28日13時30分から、カトリック麹町聖イグナチオ教会(東京都千代田区)で執り行われる予定である。
62年間の棋士人生、数々の金字塔
史上初の中学生棋士、「神武以来の天才」
1940年(昭和15年)1月1日、福岡県に生まれた加藤さん。その名は、元旦生まれであること、皇紀2600年の「二」、そして三男であったことから「一二三」と名付けられたという。小学4年生で将棋の魅力に取り憑かれ、1954年8月、わずか14歳7カ月で四段に昇段。史上初の中学生プロ棋士の誕生であった。この記録は、2016年に藤井聡太現竜王・名人が14歳2カ月で更新するまで、62年間にわたり破られることのない大記録として将棋史に輝いていた。
その才能はとどまることを知らず、1958年には18歳3カ月でA級八段に昇進。「神武以来(じんむこのかた)の天才」と称され、将棋界の寵児として注目を集めた。
歴代1位の対局数、不滅の記録
加藤さんの棋士人生は、その長きにわたることでも特筆される。2017年に引退するまでの現役勤続年数は62年10カ月で、これは歴代1位の記録である。また、生涯の通算対局数2505局も歴代1位、通算1180敗も歴代1位という、まさに「戦い続けた棋士」であった。通算勝利数は1324勝で歴代4位を誇る。
タイトル獲得は名人1期(1982年、第40期)、十段3期、王位1期、棋王2期、王将1期の通算8期。一貫して居飛車党を貫き、数々の定跡の発展に貢献した棋風でも知られる。
愛されエピソード満載!ひふみんの魅力
うな重40年の愛、対局中は必ず「昼も夜も」
加藤さんといえば、何と言っても伝説的な「うな重愛」。東京・将棋会館での対局では、昼食も夕食も必ずうな重を注文することで知られていた。その理由は「対局中に食事で迷う時間がもったいない」というプロ意識からだった。
なんと昼は2匹のうな重、夜は3匹のうな重を注文したこともあるという。約40年間にわたり同じ店「ふじもと」のうな重を食べ続け、その数は優に1000食を超えると言われている。残り時間が10分しかない秒読みの中でも、平然とうな重を完食したというエピソードは、今も語り草となっている。
板チョコ8枚、カマンベール丸ごと!規格外のおやつ伝説
対局中のおやつも規格外だった。板チョコレートを8〜10枚、時には数枚まとめてかじる豪快さ。カマンベールチーズを丸ごと持参して食べることも。みかんを大量に注文し、1分間に3個のペースで食べたという伝説も残っている。
あるタイトル戦の朝食では「トースト8枚、2倍のオムレツ、ジュースとスープを2杯ずつ」を注文。おやつには「板チョコ6枚、ジャーいっぱいのカルピス」。その食欲と集中力の源は、将棋への純粋な情熱だった。
猫語を話す男!猫愛が止まらない
加藤さんは大の猫好きとしても有名だった。自称「猫の気持ちが分かる」「猫語を理解できる」。NHKでは『ひふみんのニャンぶらり』という番組まで放送され、愛猫家のお宅を訪ねて猫と飼い主の悩み相談に乗る姿が話題となった。
自宅マンションで長年野良猫に餌やりを続けたことで訴訟問題にもなったが、それでも猫への愛情は変わらなかった。2023年の園遊会では、天皇皇后両陛下に唐突に猫トークを始め、雅子さまを笑顔にしたエピソードは、ひふみんらしさを象徴する出来事として多くの人の記憶に残っている。
「ウヒョー!」の雄叫び、7時間の長考
対局中の個性的な行動も、ひふみん伝説を彩る。1982年の名人戦第8局、詰みを発見した瞬間に発した「ウヒョー!」という雄叫びは、対局室から10メートル離れた控室にまで聞こえたという。それは42歳にして悲願の初名人を獲得した歓喜の瞬間だった。
1968年の十段戦では、1手に7時間という驚異的な長考を記録。その深い読みと最善手への執念は、プロ棋士としての真摯な姿勢の表れだった。
畳に届く長いネクタイ、相手の後ろから盤面チェック
トレードマークは「畳に届きそうなほど長いネクタイ」。「気分よく対局できた時のネクタイの長さ」を再現し続けた結果だという。対局中に立ち上がって相手側から盤面を確認する独特のスタイルも、加藤さんならではの光景だった。
旅館での対局中、人工滝の音が気になって集中できないと、旅館に滝を止めるよう依頼したエピソードも。すべては将棋に全力を尽くすためだった。
バラエティ番組で大人気!70歳過ぎて人気爆発
2017年の引退後、ひふみん人気が爆発したのは70歳を過ぎてからのこと。フジテレビ系『アウト×デラックス』に5年間レギュラー出演し、その独特のキャラクターと愛すべき個性で、お茶の間の人気者となった。
ドッキリ番組の仕掛け人を務めたり、数々のバラエティ番組に出演したり。将棋の普及だけでなく、タレントとしても活躍し、幅広い世代から愛された。2022年には文化功労者にも選出され、その功績が公式に認められた。
家族への深い愛
中学時代の同級生との運命の恋
加藤さんは愛妻家としても有名であった。妻・紀代子さんとは中学時代の同級生。学校を休みがちだった加藤さんに授業のノートを貸してくれたことがきっかけで交際に発展し、20歳で結婚した。
2017年の引退対局では、感想戦も行わずに「まず妻に感謝を伝えたい」と足早に帰宅したエピソードは、彼の深い愛情を物語る。その後の引退会見では、次のように語っている。
「長年にわたって私とともに魂を燃やし、ともに歩んでくれた妻に深い感謝の気持ちを表したい」
公私にわたり、その生涯は多くの伝説と愛情に満ちていた。
突然の訃報に広がる追悼の声
加藤さんの突然の訃報に、インターネット上では驚きと悲しみの声が広がっている。SNSでは「ひふみん、たくさんの笑顔をありがとう」「天国でも大好きな将棋を指してください」「うな重と猫に囲まれて幸せに」「一つの時代が終わった」といった追悼のコメントが相次いだ。
将棋界のレジェンドとしてだけでなく、一人の愛すべきキャラクターとして、いかに多くの人々に親しまれていたかがうかがえる。
伝説は永遠に
史上初の中学生棋士から「ひふみん」まで、加藤一二三さんはその生涯を通じて将棋界の発展に貢献し、同時にお茶の間に笑顔を届け続けた。60年以上にわたる現役生活で打ち立てた数々の記録は、将棋史に不滅の光を放ち続けるだろう。
うな重への愛、板チョコ伝説、猫語を話す姿、「ウヒョー!」の雄叫び、長すぎるネクタイ——。その愛すべき人柄から生まれた数々のエピソードは、勝負師としての一面とは異なる魅力を我々に示してくれた。
盤上での真摯な探究心と、盤外での人間味あふれる姿。その両面をもって、加藤一二三という棋士は、これからも多くの人々の心の中で生き続けるに違いない。
「天国でも将棋指してそう」——。多くの人が口にするこの言葉こそ、ひふみんへの最高の賛辞であり、愛情の表現なのだろう。
[文/構成 by MEDIA DOGS編集部]













































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