中村奨吾、ロッテ退団で現役続行を希望「12年間、本当にありがとうございました」 2014年度ドラフト1位・元主将の成績を振り返る

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千葉ロッテマリーンズは9月30日、中村奨吾内野手(34)に来季の選手契約を結ばないと通知し、話し合いの結果、退団が決まったと発表した。本人は現役続行を希望している。2014年度ドラフト1位で入団し、ロッテ一筋の12年間で通算1268試合、1058安打。12年目の2026年は1軍出場がなかった。
球団発表と本人コメント全文
球団の発表は短いものだった。「中村奨吾選手に来季選手契約を結ばない旨を通知し、話し合いの結果、退団することになりましたのでお知らせします」。そのうえで「本人は現役続行を希望しています」と書き添えている。
中村は同じ発表の中で、次のコメントを寄せた。「入団から12年間、良いときも悪いときも応援していただいたファンの皆さま、ここまでサポートをしていただいた球団関係者の皆さま、スタッフ、チームメート、周りの方々の支えがなければ今の自分はありません。心より感謝申し上げます。マリーンズでプレーできたことを誇りに思います。またグラウンドで元気にプレーをしている姿をお見せできるように頑張ります。12年間、本当にありがとうございました」
タイトルにある「12年間、本当にありがとうございました」は、この球団発表に載ったコメントの結びの一文だ。感謝の言葉に続けて「またグラウンドで」と書いたところに、他球団でプレーを続ける意思がにじむ。
2026年は2023年から結んだ4年契約の最終年にあたった。1軍の公式戦には一度も出られず、ファーム・リーグ(東地区)で73試合に出場して打率.206、本塁打0、16打点。9月30日の発表時点で1軍出場がないシーズンは、プロ入り後初めてだ。
天理高から早大、ドラフト1位でロッテへ
中村は1992年5月28日生まれ、兵庫県出身の右投げ右打ち。天理高(奈良)から早稲田大に進み、2014年10月のドラフト会議でロッテから1位指名を受け、2015年に入団した。
1年目の2015年から1軍で111試合に出場した。ただ打率は.230で、翌2016年も108試合で打率.201と、出番を得ながら数字が伸びない時期が続く。3年目の2017年は85試合に減ったものの打率.275まで上げ、手応えをつかんだ。
転機は2018年に訪れる。井口資仁が監督に就いたこの年、中村は二塁のレギュラーに座り、全143試合に出場。157安打、39盗塁、打率.284を残し、初めてゴールデングラブ賞(二塁手部門)に選ばれた。ここから2021年まで4年連続で全試合に出場し、2018年から2023年まで6年続けて100安打以上を記録している。新型コロナウイルスの影響で1シーズン120試合に短縮された2020年も、全120試合に出た。
主将としてつかんだベストナイン
球団は2020年12月、中村を翌2021年からのキャプテンに指名したと発表した。井口監督の就任後に置いていなかったチームキャプテンを、4年ぶりに復活させた人事だった。井口監督は球団を通じて「チームの先頭に立って、存在感を見せて欲しい」とコメントしている。
主将1年目の2021年、中村は3番打者に定着し、143試合で打率.283、9本塁打、67打点。自己最多の36二塁打を放ち、パ・リーグの二塁手部門でベストナインに初めて選ばれた。ゴールデングラブ賞も3年ぶり2度目の受賞となり、二つのタイトルを同じ年に手にした。
主将は2023年まで3シーズン務めた。2023年1月には「毎試合、自分は出たいと思っているし、全試合に出て勝負したい」と語り、その年は137試合に出場して2年ぶり3度目のゴールデングラブ賞を受けている。一方で打率は.220にとどまった。4年契約の1年目を終えた2023年11月には「1年間チームに迷惑をかけ続けた。悔しいシーズンになった」と話していた。
年度別成績(1軍)
| 年度 | 試合 | 安打 | 本塁打 | 打点 | 盗塁 | 打率 | 主な受賞 |
|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 2015 | 111 | 62 | 5 | 21 | 4 | .230 | |
| 2016 | 108 | 56 | 6 | 25 | 4 | .201 | |
| 2017 | 85 | 77 | 9 | 32 | 11 | .275 | |
| 2018 | 143 | 157 | 8 | 57 | 39 | .284 | ゴールデングラブ賞 |
| 2019 | 143 | 119 | 17 | 59 | 12 | .232 | |
| 2020 | 120 | 105 | 8 | 49 | 6 | .249 | |
| 2021 | 143 | 143 | 9 | 67 | 12 | .283 | ベストナイン、ゴールデングラブ賞 |
| 2022 | 138 | 128 | 12 | 68 | 15 | .257 | |
| 2023 | 137 | 112 | 11 | 48 | 3 | .220 | ゴールデングラブ賞 |
| 2024 | 120 | 88 | 4 | 27 | 2 | .234 | |
| 2025 | 20 | 11 | 1 | 3 | 0 | .186 | |
| 2026 | 0 | – | – | – | – | – | |
| 通算 | 1268 | 1058 | 90 | 456 | 108 | .248 |
本塁打のキャリアハイは2019年の17本、打点は2022年の68打点だった。通算1058安打のうち二塁打は214本。長打で一気に流れを変えるタイプより、二塁打と四球を重ねて打線をつなぐ打者だったことが、数字からも読み取れる。
三塁転向と腰の手術、そして1軍出場なしの12年目
2024年、中村は二塁から三塁へ移った。前年のシーズン後に吉井理人監督から「体の負担を減らして、バッティングに集中してほしい」と説明を受けての配置転換だった。本人は開幕前に「キャリアハイを出して、チームの勝利に貢献するのが目標」と話していた。
節目の一打は6月25日に生まれる。本拠地ZOZOマリンスタジアムでの楽天戦、3回に内星龍から右中間へ適時二塁打を放ち、通算1000安打に到達した。遠征先にも記念ボードを持ち込みながら足踏みが続いていただけに、「今日ここで、マリンで達成出来て良かったです」と喜んだ。ただ、この年は120試合で打率.234、4本塁打。2018年から続いていた規定打席到達は6年で途切れた。
2025年は本人の志願で二塁に戻ったが、出番はさらに減った。出場は自己最少の20試合で、打率は.186。腰の痛みを抱えたままプレーを続け、9月8日には福島県内の病院で腰部の鏡視下手術を受けたと球団が発表した。12月には「サブローさん、福浦さんにも相談させていただきました」と、当時1軍ヘッドコーチだったサブロー、2軍監督だった福浦和也ら首脳陣にも相談したうえで手術に踏み切ったと明かしている。
迎えた2026年は、サブロー新監督のもとで1軍に呼ばれることがなかった。ファームで73試合に出場しながら、1軍昇格はないままシーズン終盤を迎え、9月30日の発表に至った。
他球団でも相次ぐ契約見送り、34歳の次の舞台は
この時期は各球団が来季の編成を固める時期でもある。同じ9月30日には、DeNAも大貫晋一投手ら5選手と来季の支配下契約を結ばないと発表した。DeNAは前日29日の10人と合わせ、2日間で15人に通知している。
関連記事:大貫晋一、DeNAから戦力外通告 通算46勝の32歳を含む支配下5人、前日29日の10人と合わせ2日間で15人に
中村は二塁でゴールデングラブ賞を3度受け、三塁も守った内野手だ。主将を3年務めた経験もあり、若手の多いチームにとっては実績のある内野手として映る。一方で、2025年に腰の手術を受け、2026年は1軍出場がなかった。獲得を検討する球団は、ファームで示した状態とあわせて判断することになる。
12年間を過ごしたZOZOマリンスタジアムでは、10月6日にレギュラーシーズンのホーム最終戦セレモニーが予定されている。2015年に111試合から始まったプロ生活は、ロッテでは1268試合で区切りを迎えた。中村はコメントの中で「またグラウンドで元気にプレーをしている姿をお見せできるように頑張ります」と約束している。
[文/構成 by スポーツライター TAKU]








































































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